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一章 孤児院卒業編
26話 決着
しおりを挟む身体の至る所が燃えているローズクイーンは、全ての茨の鞭を地面に突き刺して、先程までは見せていなかった挙動を取った。
バリィさんは何が起こるのか警戒しながら、青色のポーションを飲んで最終局面に臨む。
「バリィさん、息は持ちそうですか……?」
私の問い掛けに対して、彼は若干苦しそうな表情をしながら、それでも小さく頷いた。
息を止めている状態でポーションを飲んだから、余計に苦しくなったよね……。
少しだけスラ丸を貸し出そうかと、私が提案しようとしたところで、広範囲の地面に幾つもの亀裂が走り、緑色の光が迸った。
次の瞬間、亀裂から緑色の棘が、無数に生えてきたよ。
一本一本がローズクイーンの茨に匹敵するほどの大きさで、更にその棘のあちこちから、枝分かれするように大小様々な棘が生えてくる。
棘から棘が生えて、更にまた棘が生える。それが幾度となく繰り返されて、棘が縦横無尽に空間を埋め尽くしていく。
その結果、無数の棘は大きな結界を突き破り、森を侵蝕するように広がった。
周辺に集まっていたアルラウネたちは、その棘に突き刺されると、瞬く間に干乾びて死んでしまう。
恐らく、スキル【暴君】によって、ローズクイーンの養分にされたんだろうね。
バリィさんが【移動結界】を動かして、急いで上空に逃れたから、私たちは無事だった。
しかし、大森林は無事ではない。大きな結界がなくなったことで、火災が燃え広がってしまったんだ。
森を守りながら、私がテイムするアルラウネを残すという目標は、もう達成出来そうにないよ。
私たちは花粉がない場所まで移動したので、バリィさんが結界を張り直して、空気の換気を行った。
「クソっ、これが【刺殺領域】ってやつか……!!」
「予想以上の範囲攻撃ですね……。うぅっ、私のアルラウネが……」
ローズクイーンを中心に、半径五百メートルくらいまでの空間が、緑色の棘に侵蝕されている。
棘の集合体を上空から眺めると、埒外の大きさの球体になっているよ。その内部では、ローズクイーン以外の全ての物体が、刺殺されていると思う。
そして──これだけ膨大な数の棘が、数分と経たずに燃え尽きた。
ドラゴンパウダーの炎が、効き過ぎているみたい。
私たちの眼下では、ローズクイーンがこちらを睨み付けている。
その身体はもう、大部分が炎に包まれているけど、まだまだ力尽きる様子がない。
これからどうするのか、私がバリィさんに視線を向けてみると、
「まあ、普通は放置だな……。ローズクイーンは放っておいても燃え尽きるし、森林火災は止められなくなったんだ。これ以上、あいつと戦う意味がない」
「そうですよね……。あの、『普通は』って言いましたけど、バリィさんは普通ですか……?」
「……これは完全に、俺の我儘なんだが、あいつが燃え尽きるまで戦いたい。相棒、付き合ってくれないか?」
どうやら、バリィさんは普通じゃなかったらしい。
こういうの、戦闘狂って言うんだろうね。彼の職業レベルを考えたら、然もありなんって感じだよ。
ちらりとローズクイーンを見遣ると、『まだ負けていない!』『勝負は続いている!』と、そんな心の声が聞こえてくるようだった。
これを無視したら、物凄く恨まれそう。
「……ああもうっ、分かりました! 付き合いますよ!! 付き合えばいいんでしょう!?」
「ハハッ、そう来なくっちゃな!!」
私の中の、ローズクイーンに対する同情心が、バリィさんに付き合うことを選ばせた。
大自然の中で、必死に生き抜いてきたのに、突然の理不尽に晒されて死んでしまう。
その最期が呆気ないものだったら、可哀そうだよね……。
──ここから先の戦いは、更に苛烈を極めた。
ローズクイーンは自壊するほどの勢いで、茨の鞭を我武者羅に振り回し、バリィさんはポーションのストックを全て飲み干して、きちんと応戦する。
私はバリィさんの隣で体育座りをしながら、スラ丸をぷにぷにして現実逃避だ。
もうね、本当に一寸先は死だよ。
結界越しとは言え、すぐ真横を馬鹿みたいな威力の一撃が、掠めていくんだもの。
それも、一回や二回じゃない。数えるのも億劫になるほどの回数だ。
しかも、熱い。ローズクイーンが燃えているから、その熱が結界の内側に伝わってくる。
焼死するほどの熱は、結界が遮ってくれるけど、真夏の猛暑くらいの熱は入ってくるよ。
バリィさんの集中力が落ちて、私たちを乗せている【移動結界】が砕かれることもあった。
その度に私は宙を舞って、バリィさんが雑に回収してくれる。有難くて、ギャンギャン涙が出たね。
こんな目に遭っても、アルラウネはテイム出来ないだろうし、もう踏んだり蹴ったりだ。
「ああ……。空が明るいなぁ……」
私はバリィさんの隣で、死んだ魚のような目を上空へ向けた。
森が盛大に燃えているので、夜なのに空が橙色だよ。
このタイミングで、私のステホにルークスからの連絡が入る。
『──あ、もしもし? あのさ、アーシャが食べるはずだった夕食、シュヴァインにあげてもいいかな? それとも、残しておいて明日の朝に食べる?』
「食べて貰っていいよ。私に明日があるのか、ちょっと分からないし」
ルークス……。私は一足先に、大冒険を堪能中だよ。
出来ることなら、変わってあげたい。きっと彼なら、こんな状況も楽しめるはずだから。
──ローズクイーンが燃え尽きたのは、空が僅かに青みを帯び始めた頃だった。
森は随分と燃えちゃったけど、湿地帯の上にある場所だから、全焼とまではいかない。三割くらいは残っているよ。
「相棒のスキルって、マジで凄いな……。正直、ここまで戦い抜けるとは思わなかったぞ」
「ポーションだけだと、魔力が足りませんでしたか?」
「ああ、確実に足りなかった。こんなに貢献してくれたのに、アルラウネをテイムさせてやれなくて、本当にごめんな……」
「いえ、こればっかりは仕方ありませんよ」
バリィさんに謝られたけど、元より彼を責めるつもりはなかった。
ローズクイーンが強すぎたのは、誰のせいでもないからね。
「──さてと、戦利品を探しに行くとするか! 俺と相棒で山分けだ!」
バリィさんが気を取り直して、そんなことを言い出した。
山分けだなんて、嬉しいことを言ってくれる。
……でも、私たちの眼下にあるの、灰の山だよ。
「戦利品なんて、あるんですか……? どう見ても、全部燃え尽きた感じですけど……」
「魔石なら、残っているはず……!! というか、残ってないと困る!! ポーションを使い果たして、依頼も失敗しちまったから、大赤字なんだ……」
アルラウネの巣を駆除するという依頼は、なんとか達成されたけど、前提条件として森を守らないといけなかった。
この場合は、違約金こそ支払わなくて済むものの、報酬が貰えないらしい。
……まぁ、自前のポーションを使い果たしたのは、バリィさんの自業自得だけどね。
途中からは戦わずに、ローズクイーンが燃え尽きるのを待つことも、出来たんだから。
「うーん……。そういうことなら、私は戦利品なんて受け取れませんよ。無理を言って付いてきた挙句に、足も引っ張っちゃいましたし」
「足を引っ張る以上に、貢献してくれただろ? 半分は受け取ってくれ、相棒」
「その『相棒』って言うの、気に入りましたか……?」
「まあ、ちょっとだけ、な……。ずっとソロだったから……」
お金、地位、名声。これらを手に入れたバリィさんだけど、仲間には恵まれなかったらしい。
……言っておくけど、私がこんな大冒険に同行するの、今回限りだよ? 私はそういうの、求めてないからね。
だから、相棒は今日でお終いなんだけど……それでもいいなら、貰っておこうかな。
半分も貰うのは申し訳ないので、せめて四分の一かな。
その条件で合意したところで、私たちは灰の山から、魔石を探す作業を始めた。
バリィさんは【移動結界】を使って、上手いこと灰を退かしているよ。
私も手作業なんて馬鹿らしいことはせずに、スラ丸の【収納】を利用することにした。
「スラ丸、適当に灰を退かして。魔石を見つけても、食べたら駄目だからね」
「!!」
スラ丸は私の指示に従って、灰をモリモリ回収していく。まるで掃除機みたいだ。
回収して、回収して、回収して──ちょっと待って。
いつになったら、別の場所に吐き出しにいくの?
スラ丸が回収している灰の量は、明らかに【収納】の容量を超えていた。
「スラ丸……? そんなに【収納】の容量、ないよね? どうなっているの?」
「!!」
スラ丸が身体をプルプルさせて、遠方に身体を伸ばし、何かを訴え掛けてくる。
ふむ、ふむ……。ふぅん……。なるほど……。へぇ……!!
「うん、分かんない。何が言いたいの?」
「!?」
スラ丸は愕然として、ベチャっと潰れた。……いやだって、分かる訳ないでしょ。
「まぁ、灰を退かせるなら、文句はないよ。続けて」
私の指示に従って、スラ丸は再び灰を回収していく。
どれだけ回収しても吐き出さないのは、やっぱり不自然だね。
容量が無限になった? いやまさか、そんな訳がない。スラ丸はそんなに凄くないよ。
一応、ステホでスラ丸を撮影してみたけど、スキルに変化はない。
今後もお世話になる便利なスキル、【収納】の謎。それを放置しておくのは躊躇われるので、私はウンウンと頭を悩ませる。……けど、皆目見当が付かない。
「スラ丸二号の【収納】にも、何か変化があったりする……?」
そういえば、二号の様子を暫く確認していなかった。あの子、元気にしているのかな?
私は何気なく、スキル【感覚共有】を使って、二号の様子を確認してみた。
すると、聖女の墓標にいる二号が、ゾンビたちに向かって大量の灰を噴射していたよ。
「…………えぇっ!? ど、どういうこと!? ちょっと待って……っ、まさか!! 繋がってるの!?」
私はスラ丸に飛び掛かって、ぷにぷにモチモチと尋問を始める。
スラ丸は震えるばっかりで、やっぱり何を言っているのか分からない。
ただ、灰の回収をやめさせると、スラ丸二号が灰を噴射しなくなった。
「やっぱり、繋がってる……!!」
スラ丸たちの【収納】は、中身が繋がっているんだ!!
え、待って。これ、凄いことじゃない? 二か所に一匹ずつ配置したら、遠くの物を瞬時に移動出来るってことでしょ? 物流に革命が起こるのでは?
──あっ、それより!! スラ丸が世界中のコレクタースライムと繋がっていたら、どうしよう!?
「スラ丸っ!! 【収納】に入れているものっ、今すぐ全部出して!!」
私が焦りながら急かすと、スラ丸はおずおずと私の財産を取り出した。
聖なる杯とか、白金貨とか、私が入れていたものは全部ある。
スラ丸二号が聖女の墓標で拾ったと思しき、錆びた剣やら銀のお皿やら、幾つかの戦利品もある。
……これだけ? うん、これだけらしい。なら、一安心かな。
多分だけど、分裂したスラ丸同士の【収納】が繋がっているだけで、スラ丸以外のコレクタースライムと、繋がっている訳じゃない。
もしも、全てのコレクタースライムの【収納】が繋がっていたら、スラ丸が吐き出すものはもっと多いと思う。
私が進化の情報を売ったことで、コレクタースライムは量産されているはずだからね。
他人に私の財産を持ち出される心配はない。一先ず、それは良かったけど……コレクタースライムの【収納】の仕組み、もっと早く知りたかったよ。
「うぅぅ……っ、この情報込みで売れば、もっとお金が貰えたかも……!!」
便利なコレクタースライムを分裂させる人は、そう遠くない内に必ず現れる。
というか、既に分裂させている人がいるかもしれない。
そうなれば、この仕組みに気が付くのは、時間の問題だろうね。
「──相棒! あったぞ!! 魔石があった!!」
「あ、はい! 今行きます!!」
過ぎたことは仕方ない、かな……。スラ丸が思った以上に便利だって、把握出来ただけでも、良しとしよう。
私は気持ちを切り替えて、バリィさんが見つけたローズクイーンの魔石と対面する。
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