68 / 239
三章 スライム騒動編
67話 捨てられた美少年
しおりを挟む──季節は夏。湿地帯に囲まれたサウスモニカの街では、湿度が高くて寝苦しい夜が続いていた。
そんな街の、冒険者ギルドの近くにある雑貨屋。そこで店長をしているアーシャこと私の朝は早い。
まだ太陽が顔を覗かせていない早朝に起床して、それなりに自慢の黒髪を櫛で整える。
腰まで伸びているこの髪は、光が当たる角度次第で綺麗な濃紺色に見えるから、今の私は異世界人なんだと実感してしまう。
前世の日本での生活が、恋しくなることもあるけど……こっちでの生活も随分と安定してきたから、未練は大分薄れてきたよ。
まだ寝ている同居人のフィオナちゃんを起こさないように、私はそっと寝室がある二階から下りて、一階の店舗スペースに移動する。
一緒に寝ていたスラ丸とティラも起床して、のそのそと私に付いて来た。
「むっ、おはようなのじゃ! 今日も一日、張り切って繁盛させるのじゃぞ!」
一階では、私よりも早く起きていたローズが、商品を棚に並べてくれていた。
「おー! って、気合を入れたいところだけど、のんびりでいいよ」
「アーシャは店長なのじゃから、もっと覇気を漲らせて欲しいのぅ……」
ローズは両手を使って、ふにゃふにゃしている私の頬をぺちぺちと叩き、店長としての自覚を促してきた。
私としても、お店を切り盛りすることには意欲的なんだけど、まだソウルイーターと戦ってから、あんまり月日が経過していないんだ。
肉体的な疲れは残っていないけど、精神的な疲れは残っている……気がする。そんな訳で、のんびりしたい。
とりあえず、私は開店前に軽く店内を掃除して、ブロ丸とタクミを布で磨いた後、最近の日課になっている運試しをすることにした。
「タクミ、今日もお願い。今日こそは凄いやつ、期待してるからね」
銅の宝箱に擬態している魔物、ブロンズミミックのタクミは、お宝を作れるスキル【宝物生成】を持っている。
一つのお宝を作るだけでも、魔力が沢山必要になるけど、私はアラサーメイジ──もとい、レベル30の魔法使い。魔力が沢山あるんだよね。
従魔と魔力を共有するスキルもあるし、タクミに一日一個のお宝を作らせることくらい、今なら余裕だよ。
タクミは口をもごもごさせてから、ペッとお宝を吐き出した。
それは、中身がない革の水筒……。私は懐からステホを取り出して、どんなものか調べるために撮影する。
「どうじゃ、今日こそは当たりを引けたかの?」
「うーん……。残念、マジックアイテムじゃないみたい……」
革の水筒は特殊な効果が備わっていない、頑丈なだけの道具だった。
タクミが作れるお宝はランダムで、当たり外れが激しいんだ。
当たりはマジックアイテムで、外れはそうじゃないものだね。タクミは運が悪いのか、それとも私の運が悪いのか、中々当たりを引き当てることが出来ない。
……まぁ、生活に困窮している訳じゃないし、一日一回のワクワク感が得られるだけで、タクミをテイムして良かったって思える。
私はステホを覗き込んできたローズに水筒を渡して、商品棚の一角にある『タクミの気紛れ商品コーナー』に置いて貰った。
失礼なお客さんが、ガラクタ置き場という扱いをしている一角だけど、格安だからきちんと売れているよ。
「さて、そろそろ開店──の前に、朝食だね。ちょっと買ってくるよ」
「妾は葡萄ジュース! 葡萄ジュースがよいのじゃ! 買って来てたも!」
ローズの注文に頷き、私はスラ丸とティラを引き連れて表通りに出た。
屋台で色々な料理が売られているし、酒場だって近くに幾つもあるから、自炊をしようとは思えない。別に出来ない訳じゃないんだけど、私は街の一員として経済を回さないといけないから、しっかり散財しないと。
まだ早朝だけど、営業中のお店は結構多い。みんな働き者だよ。
もうすっかりと顔馴染みになった店主さんたちに、私は愛嬌を振り撒いて挨拶していく。
そして、串焼き、野菜スティック、柔らかいパン、葡萄ジュース等を適当に買い集めていると──突然、スラ丸が勝手にコロコロと転がって、広場の方へ移動してしまった。
「ちょっ、待って! スラ丸っ、どこに行くの!?」
スラ丸は色々なものを異空間に仕舞えるスキル【収納】を持っているから、私のお財布兼荷物持ちだよ。そんなスラ丸がいなくなったら、お買い物が出来なくなっちゃう。
慌てて追い掛けると、広場の中央にある噴水の前で、スラ丸は一人の少年の頭によじ登っていた。
その少年の髪色はアイスブルーで、怜悧な瞳は灰色。縁が細いお洒落な眼鏡を掛けていて、とっても見覚えがある。
……けど、私が知っている彼の髪は背中まで伸びていたのに、今は毛先が肩に掛かる程度の長さになっている。服も高価なものを着ていたはずだけど、今は一般市民と遜色ない格好をしているよ。
「あ、あの……ニュート様、ですよね……?」
「ああ……。アーシャか、久しいな……」
彼の名前は、ニュート=サウスモニカ。
この街を中心に、アクアヘイム王国の南部を支配しているのが、サウスモニカ侯爵家。ニュート様はその家の嫡男だから、歴としたお貴族様だよ。
そんな人が護衛も付けないまま、一人でこんな場所にいるのは不自然だ。
「もしかして、お忍びで庶民の暮らしぶりを視察しに来た、とか……?」
「いや、そういう訳ではないが……」
以前のニュート様は良くも悪くも貴族らしくて、相応の覇気があったんだけど……今は雨の日に捨てられた子猫みたいに見える。雨、降ってないのにね。
「あっ、また何かの事件に巻き込まれて……!?」
「いや、そういう訳でもないが……」
歯切れの悪いニュート様は、なんの事情も説明してくれないまま、しゅんと項垂れてしまった。一先ず、事件ではないみたい。
私ね、お腹が空いたし、もう帰りたいんだけど……このまま立ち去るのは、心象が悪いよね……。
さて、どうしたものかと悩んでいると、ぐぅっとお腹の虫が鳴った。私じゃないよ、ニュート様のお腹だ。
彼はますます力なく項垂れて、なんかもう見ていられない。
「ニュート様っ、事情は分かりませんが、とりあえず朝食をとりましょう! お腹を満たせば、元気が出ますよ!」
「それは……無理だ……。ワタシは、金銭を持っていない……」
「じゃ、じゃあ、ご馳走します! 全然豪華なものじゃないし、お口に合うかも分かりませんが……」
私はニュート様の頭の上に乗っているスラ丸を回収して、ぷにぷにしている身体の中に腕を突っ込む。こうすることで、【収納】を使って仕舞ったものを取り出せるんだ。
串焼きと葡萄ジュースを取り出して、ニュート様に差し出したけど……何故か、受け取ってくれない。
「ワタシには、返せるものがない……。故に、受け取る訳には……」
「えっと、見返りなんて、気にしなくてもいいですけど……」
私が食べ物を差し出したまま、十秒、二十秒、三十秒と経過したところで、再びニュート様のお腹が鳴った。
これ以上の空腹には耐えられないのか、彼はおずおずと食べ物を受け取る。
「すまない、恩に着る……。ところで、ナイフとフォークはどこだ?」
「串焼きを食べるのに、そんなものは使いません。気にせずガツガツ食べてください」
「くっ、なんという辱め……ッ!!」
「日常的な庶民の食事風景です」
ニュート様は渋々と、串焼きをそのまま口に運び始めた。
こんな食べ方には慣れていないらしく、串焼きのタレで口の周りをベタベタにしている。
完食後にハンカチで拭いてあげると、彼は気恥ずかしそうに頬を赤らめて、そっぽを向いてしまった。
「ニュート様、お屋敷までお送りしますよ。一人では危ないと思うので」
私がそう申し出ると、彼は小さく頭を振って、お屋敷に帰れない事情を話し始める。
「ワタシはもう、侯爵家の人間ではない……。先の大事件の責任を取らされて、勘当されたのだ……」
「えっ、勘当!? さ、先の大事件って、ソウルイーターの……?」
「ああ、そうだ……。ドラゴンの魔石を宝物庫から持ち出したのは、ワタシだからな……」
体長が三百メートルもあった大怪獣みたいな魔物、ソウルイーター。
奴はマンティスというカマキリの魔物が、ドラゴンの魔石を食べたことで爆誕した。だから、ニュート様が魔石を持ち出さなければ、確かにあんな大事にはならなかったよ。
でも、私はニュート様を擁護したい。
「あれって、悪いのはセバスですよね? ニュート様はスイミィ様を助けるために、仕方なく……」
事の発端は全て、セバスの悪事が原因だ。それなのに、ニュート様が勘当されるなんて、ちょっと酷な話だと思う。
「結果論だが、ワタシが悪手を打ったことは明白だ。あれが原因で、ガルムたちが死んだ……。幾ら嫡男だったとは言え、お咎めなしとはいかない……」
「そんな……。そ、それなら、これからどうするつもりですか……? 生活とか……」
「冒険者として活動し、日銭を稼ぎながら暮らそうと思っていたが……」
ニュート様は遠い目をしながら、自分の腰に手を持っていく。
以前まで、そこには強力なマジックアイテムの細剣を佩いていたのに、今はなんにもない。
「武器、取り上げられちゃったんですね……」
あの細剣──『一刺しの凍土』は、ニュート様の母親であるリリア様の形見だよ。それを取り上げられたのは、嘸かし無念だろうね。
今のニュート様には、マジックアイテムもなければ武具もない。頼りになる護衛もいないし、仲間だっていない。
こんな状況で冒険者になるのは自殺行為だから、途方に暮れていたのかな。
「支度金を手に入れる当ては、あったのだが……。ワタシとしたことが、騙されてしまった……」
「だ、騙されたって、穏やかじゃないですね……。何があったんですか?」
「売れるはずだった髪を騙し取られた」
ニュート様の髪が短くなっている理由が判明した。
この世界にもウィッグというお洒落アイテムが存在するから、素材になる綺麗な髪は高く売れるんだ。
ニュート様は良い生活をしていただけあって、髪の状態がとても良かったから、順当に行けば相当高く売れたはず……。
「その、取り返すのに、協力しましょうか……?」
「いや、必要ない。盗人は子供で、随分と困窮している様子だった。髪を取り返せば、あの者は飢え死にするかもしれん」
「あれっ? ニュート様って、そんなに庶民のことを気に掛ける質でしたっけ?」
孤児が道を譲らなかったら、平気で斬り捨てようとする人だったのに、盗人に情けを掛けるなんて意外すぎる。
「自分が貧しくなって、初めて同情した。空腹の苦しみなど、ワタシは今まで知らなかったのだ……」
後悔の念を滲ませながら、ニュート様は脱力して空を見上げた。
うーん……。もっと踏み込んで手助けしようか、どうしようか、悩ましいところだよね。
彼に対して、私の中では蟠りがある。職業選択の儀式のときに、トールを斬り殺そうとしたからだ。
あのときはトールがニュート様の道を塞いで、挑発するように睨み付けたから、罰を与えられても仕方のないことだった。けど、殺すのはやり過ぎだって、今でも思う。トールが無礼で生意気だって言っても、まだまだ子供だし。
でもなぁ……。そんな蟠りがあっても尚、今のニュート様は助けたい、かも。
自分が困窮しているのに、他人に価値のあるものを譲ったんだ。これって、尊いことだよ。それに、ニュート様は妹思いという、憎めない一面も持っている。
小動物とか善人を見捨てるのは、やっぱり寝覚めが悪いし、今の私には余裕がある。
諸々の事情を加味して──よしっ、決めた!
一から十まで面倒を見るつもりはないけど、一から三くらいまでは面倒を見てあげよう。
106
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる