陰陽少女・和歌ちゃん

采火

文字の大きさ
1 / 1

魔法少女・和歌ちゃん

 京都観光名所といえば、祇園に鴨川、清水寺。金閣、銀閣、伏見稲荷。嵐山、二条城に、北野天満宮。
 挙げても挙げてもキリがない。
 そんな沢山ある観光名所は、小中高と定番の修学旅行の行き先になりがちで。
 私が通う高校も、当然のように修学旅行の行き先は京都だった。
 別にいいけどね、京都っておいしいご飯もデザートも沢山あるし!
 その中でも今回の修学旅行で、私がわざわざ自由行動を当ててやって来たのは、晴明神社というところ。
 安倍晴明っていう、実写映画でも一躍時の人となった時代の人が祀られている神社で、お母さんの好きな俳優さんが出ているらしく「せっかく行くなら厄除けのお守りが欲しいわ」とお使いを頼まれたのだ。
 ま、私の本当の目的は、この晴明神社のすぐ側にある人気カフェなんだけど!
 そういうわけで、私は友達と一緒にカフェに入った後、お使いをするべく友達を引き連れて晴明神社の鳥居をくぐったんだけど……。

「ま、迷子……!?」

 ついでに本殿へお参りしたり、お母さん用に安倍晴明ゆかりの名物をあちこち写メしていたら、友達とはぐれた末、気づいたら雑木林の中にいた。
 そんなに遠く神社から離れていないはずなのに、四方を見渡しても、木、木、木。

「嘘じゃん……!? なぜに!?」

 慌ててスマホを見る。
 さっきまで一緒にいた友達に連絡を取ろうとしたら。

「圏外じゃん!」

 うっそだぁ! ここ京都市中だよ!? 圏外になるわけないよね!?
 私はごくりと喉を鳴らす。
 ここは晴明神社。
 かつて平安時代、あやかし退治を生業にしたという安倍晴明を祀る場所。
 うすらと霧のようなものが濃く出始め、私はとりあえず来たであろう方へと全力で走り出した!

「絶対にこれはっ! よくない気がするっ! 私の野生の感が告げている!」

 でも人って焦っている時ほど、悪い方へと転んでいくもので。
 私は何かに足を引っかけて、転んでしまった。

「あたっ! あたたぁ~……なによもう!」

 涙目で私を転ばせてきた物を睨みつけた。
 それは石だった。
 大中小の三つの石だった。
 ちょっと平たくて、重ねれば私の脛くらいにはなりそうな石。
 足元が隠れるくらいの草に紛れていたせいで、これにつまづいたらしい。

「こんな所にこんな石おかないでよ!」

 私はえいっとやけっぱちに一番小さい石を遠くに投げた。
 その瞬間だった。
 目の前に青い稲妻が走る。
 バチンッと何かが焼き切れる音がした。

「なんの音……?」

 不安になる。
 霧が徐々に晴れていって、視界がクリアになる。
 見通しがよくなるのはとてもありがたい。
 突如出てきた霧が晴れてくれるのなら、帰り道だってすぐに分かるはずだから。
 でもなんでだろうね?

「嫌な予感しかしない……」

 昔からこういう予感だけは当たるんだよ、私。
 虫の知らせとでもいうのか、第六感とでもいうのか。
 とにもかくにも。
 背後で、ズシン……っと重たい音が響き、私は振り返ってはいけないような気がしつつも、振り返ってしまった。

「ひっ……!」

 目の前にいたのは、優に二メートルはあるだろう大きな怪物。
 人間のような身体は筋肉質で、肌は赤黒く、目がぼこぼこと顔中にくっついていた。

「……ぁ」

 腰が抜ける。
 これはホラー映画ですか?
 それとも年齢指定入りのグロ映像でも見ているんですか?
 へたん……と足から力が抜けたまま、私は動けない。
 逃げなきゃ。
 このままじゃきっと殺される。
 でも私の足は、動いてくれなくて。

「なんでっ、なんでっ、なんで……っ!」

 焦る。
 焦る。
 すごく、焦る。
 焦れば焦るほど動けなくなるのは頭では分かっているのに動けなくて。
 頭上が陰る。
 顔を上げれば、無数の目と合った。

「いや……っ!」

 恐怖のあまりに顔を背けた、瞬間。

「オン・アビラウンケン・シャラクタン!」

 誰かの透き通るような声と、まるで心が洗われるような空気がどこからか吹いてきた。

「だれ……?」

 泣きべそをかきそうになりながら、私は声がした方を見る。
 そこにはまるで、お母さんが好きだと言った映画から出てきたような男の人が立っていた。
 黒くて長い帽子に、白く袖の広い和服。青いリボンを袖口からひらめかせ、深い紺の袴をはいている。
 まるでその姿は、今私がいるこの神社の祀り主を彷彿とさせる姿で。
 私が目を見開いてじっと見ていると。

「……あかんわ」

 その人はそう言った。
 あかんわ。
 え?
 ……あかんわ?

「霊力足りん」

 そう言うと、ぽんっと姿がかき消える。
 は?

「立ちぃや。まだ調伏できてへんのや」
「えっ?」

 ガサガサガサと草の根を掻き分けてやって来たのは、子猫サイズの……キツネ?

「ほれ、後ろ」

 キツネがしゃべる。
 条件反射で振り向く。
 目玉と視線が合う。

「いやぁぁぁ!」

 とりあえず私はその場の勢いで立ち上がれたから、そのまま一目散に走り出した!

「たわけ! そっちはあかんて! 人がおる!」
「ひ、ひぇぇぇ!」

 いつの間に肩に飛び乗ったのか、キツネが私に駄目出しを出してくるしぃっ!

「結界の森が切られとるはなぁ……あのぼんくら息子ども、なにしよっとったんねん……あ、止まり。これ以上行くと森を出る。人とはち合うんはまずいやろ」
「森っていうより林じゃん!」

 確かに目と鼻の先にはアスファルトが見えて、林から出ちゃうけど!

「このまま人を呼んだ方がいいんじゃ……!」
「阿呆言え。オニは常人(ただびと)にどうこうできるもんじゃない」
「お、おに……!?」
「せや。自分みたいに超優秀な陰陽師じゃなきゃ無理や」
「じゃあなんとかしてよ!」
「無理や。やろうとしたら霊力が足りんかった。ながーい封印で霊力を使い果たしとる」
「そんなー!」

 じゃあどうしろと!?
 あのまま、あの化け物を野放しにしろと!?
 私が絶望しかない未来を想像してぷるぷるとしていると、キツネは私の肩から飛んで、近くの木の枝にうつる。

「まぁ、一つだけ方法はあるで」
「それは何!?」

 未だに思考がちゃんとまとまらない私は、とにもかくにも希望があるならすがりつきたかった。
 だってしゃべるキツネという不思議生物よりも、あの怪物の方が怖いんだもん!
 食いついた私に、キツネが問いかける。

「お主、名は」
「な……? 名前? 野宮(のみや)和歌(わか)だけど……」
「ほな、和歌。自分と契りを結ぼうか。お主の霊力なら充分、あのオニを倒せれるで」
「ほ、ほんと?」
「ほんまや。嘘やと思うなら、この手を握ってみい?」

 私は言われるがまま、手を伸ばす。
 もし私が後悔するとしたら、後先考えず、目先の簡単な解決策に飛びついてしまったこの瞬間かもしれない。
 キツネがにたりと、それはそれは、人間らしく笑った。

「───天地開闢し時より幾星霜、我が身に定められし宿命をここに解き放ち、後継・野宮和歌へと譲渡する」

 キツネが何かを呟き始めた。
 歌うような旋律と共に、キツネが光出す。
 しかも、私の名前が聞こえたと思った時には私の身体も光りだして。

「え、えええっ!? ちょ、光ってる! 光ってるよ!? 大丈夫なの私!」
「和歌!」
「はいぃ!」
「想像せよ、百鬼を縛り、千邪を伏し、万魔を調伏する己の姿!」
「へっ? え!?」
「古より封じし黄泉への瘴穴(しょうけつ)は今再び解き放たれた! 覚悟せよ、新たなる要石(かなめいし)となる己の定め!」

 なんかよく分からないこと言ってるよー!?
 キツネの言葉の意味を飲み込む前に、目も開けていられなくなるくらいに光は増していって。

「安倍晴明の名の元に命ず! 野宮和歌、豊葦原中津国(とよあしはらのなかつくに)と根之堅州国(ねのかたすくに)を隔てし千引岩(ちひきのいわ)となれ───!」

 カッと光が目を焼いて、私の身体に熱い何かが流れ込んできた。
 熱い何かは全身に広がると、ふっと蒸気のように蒸発してしまう。
 その頃には、眩すぎるほどの光もなくなっていて。

「な、何が起きたの……?」
「ほーう、ほうほうほう。なるほどなぁ。お役目姿としてはなかなかのもんやの」
「お役目姿……?」

 キツネの言うことが分からなかったけど、キツネと手を繋いでいた手元を見てぎょっとした。
 黒い指ぬきの手袋みたいなものに、さっき見た男の人と揃いの白い和服。肩と腰に切れ込みがあって中からは赤い着物と、赤いプリーツスカートがのぞいている。
 袖口には赤いリボンも閃いて、頭には小さくて細長い帽子がちょこんと乗っている。

「な、なななにこれぇ!」
「それがお主の、陰陽師としてのお役目姿やな。修行もしてへんやろう小娘が陰陽術が使えるわけもない。わしの残りの力をつこうて、その力を引き出せるようにしてやったわ。よろこびぃ、これでお主も陰陽師やで!」

 胸を張るキツネ。
 私はひくりと顔が引きつる。
 いや、陰陽師って。
 言葉の意味も知ってるし、そのお仕事も知ってるし、千年前にはこういう格好をしていたことも知ってるけど。
 変身して。
 悪者を倒すとかさ。

「こんなの私がやったらただの魔法少女じゃん!!」
「まほー……しょうじょ?」

 私の心からの叫び声が、雑木林の中へと響き渡った。






「和歌、よく聞け。わしは安倍晴明。陰陽師であり、この森に封印をかけた張本人や」
「へ、へぇ……」
「あ、その顔、信じとらんな?」

 コスプレみたいな格好をした私と、しゃべるキツネ。
 しゃべるキツネは自分のことを安倍晴明と名のり、封印がどうのこうのとか話し出す。

「いいか? この森はな、人間の住む地上界と、鬼や魔の住む地界を結ぶ『道』がある。わしはその『道』が繋がらんように封印をしていたんや。そこまでは分かるか?」
「は、はぁ……?」
「だーがー! どこぞのたわけが封印結界につこうていた石塔を壊したらしい! あれは常人(ただびと)には触れられんようにしていたが、霊力のある奴には触れる仕組みになっとる。この意味が分かるか?」
「お、おっしゃる意味が分かりません……」

 私が恐縮しながら素直に答えると、自称・あべのせーめーなキツネは、すっと右前足を自分の身長の耳くらいにまで手を伸ばす。

「これくらいの高さにつまれた石三つ。見覚え無い?」
「あ~~~! あるある! それで転んで腹が立ったから石投げた!」
「それやたわけーーー!」
「きゃうん!」

 キツネの等身くらいのボリュームがある尻尾が私の顔に直撃する!
 これは痛い!

「いいか、和歌。これはお主が引き起こしたことなんや。つまりな、これはお主に責任があるっちゅーことや」
「う……はい」
「その責任を身体で果たしてもらうからの。覚悟としときぃや……」

 コンコンコン、と不穏な笑い声を立てるキツネ。
 か、身体で払うといったって……!

「私にどうしろと!」
「そのためのお役目衣装や。お主には霊力があることは間違いなし。やけどそのド素人振りからおそらく霊力の使い方は知らんのやろ?」
「う、うん」
「そんなお主でも霊力が引き出せるのがそのお役目衣装や! お主の中の霊力を無理やり引き出して、触れたもののケガレを削ぎおとしてくれる!」
「つ、つまり!?」
「あのオニを殴ればいいんや!」
「は、はぁぁぁぁ!?」

 そんな無茶苦茶な!?

「むりむりむり! 私運動神経良くない! それにあんなの触りたくない!」
「つべこべゆーとる暇はない! あいつが外に出ぇへんうちにキリキリ動きぃ!」
「そんなこと言われても!」

 そっと木の影からあの怪物……キツネ曰く『オニ』というものの様子を見る。
 一歩、一歩、着実にこちらへ歩き寄ってくる『オニ』。
 その顔面にくっついている無数の目が目玉が、三百六十度、滅茶苦茶に向いていて。

「むりむりむり! やっぱ無理だってぇ!」
「無理やない! さっさと行きぃや!」
「ひぃんっ」

 キツネが思いっきり私の身体に体当たりをしてくる。
 そ、そんなことしたら……!
 ガサッと。
 私はオニの前へと、姿を表すことに。

『グルァァァァ!』
「きゃぁぁぁぁ!」
「逃げんなたわけぇ! 殴れい!」

 踵を返そうとしたら、キツネに怒られる。
 そ、そんなこと言ったって!

「私普通の女子高生だもん! グロ耐性なんて持ち合わせてないもん! 体育の成績だって下から数えた方が早いもん!」
「いいからはよう!」

 オニが私の方に近づく……と、思ったら。
 ある一定のところでオニは足を止め、方向を変える。

「へ……?」
「たわけ! その衣が呪具やと気づかれたんや! 自分にとって嫌なもんに近づこうとしないのは向こうも同じなんや! このままやと人が居る方に行ってまう!」
「え……!?」

 そ、それはそれでまずい気がする……!?
 でも、でもでも! 私には無理だよ! 殴るなんて!
 一人でぐるぐるぐるぐる考えていると、キツネがまた私に怒鳴る。

「お主がやったことやろ! 自分の尻は自分で拭え!」
「そ、そんな怒らなくても良いじゃん……!」

 私だって知らなかったんだもん。
 お母さんのために写メを撮ってただけなんだもん。
 封印とか、オニとか、こんな現代でこんなことが起きるなんて、誰も思わんじゃん!
 もう訳が分かんなくて、泣きそうになっちゃって、唇を噛んだ時だった。

「和歌ー? どこー?」
「なんか変な音しなかった?」

 一緒に行動していた友達の声が聞こえた。
 声が聞こえるくらい、すぐ側の距離にいるの……?

「あかんわ……!」

 オニが顔をあげる。
 目玉が全て、声のする方へ。

「だ、だめ……!」

 そっちの方向には友達がいるの!
 私は夢中で走った。
 身体がいつもよりちょっとだけ軽く感じられて、走る足には力が漲って。
 ほんの少し走るだけで、オニにはあっという間に追いついた。

「……っ!」

 とりあえず手では触りたくないので、オニの脇腹を蹴った。

『グァッガッ!!』
「いいで!」

 オニの脇腹から、何かが抜けていくように、しゅうしゅうと黒い煙が上がった。

「こ、今度は何!?」
「あれは瘴気や! 迂闊に吸い込んだらあかんで!  やればできるやないか! さぁ和歌、あの黒いのが出なくなるまで殴りぃ!」
「う、うん!」

 目に見て明確な目標が分かれば、どうにかなるような気がしてきた!
 柔道も、空手も、合気道も、私は何にもやったことない。
 だから私の弱々しいパンチやキックだって、この大きな身体をしたオニをよろめかすことはできない。
 触れば良いなら、と思ってソフトタッチしてみたりしたけれど、それじゃあ黒いもやは出てこない。
 キツネが言うには、衝撃を与えないことには瘴気は出てこないという。

「オニの身体の皮がケガレや。オニに流れる血が瘴気。わしみたいにすごい術で一撃でオニを調伏できんのなら、オニのケガレを物理的に削いで、瘴気もある程度薄めとく必要があるんや!」

 仕組みはよく分かんないけど、安倍晴明だって豪語するキツネがそう言うならそうなんだろうね!
 とりあえずキツネの言うまま、叩いたり蹴ったりして、黒いもやをオニの身体から追い出していく……けど!

「あ、ぐっ!」

 オニもただじゃやられてくれない。
 私をその太い腕で、なぎ払うように殴りつけてきた。
 格好が変わったって、ちょっとだけ身体能力が上がったって。
 私には、避ける、なんて器用なこと、できなくて。

「う……、いた……い……っ!」

 殴られると認識した瞬間、とっさに腕で顔は守れたけれど、左腕が折れたように痛む。

「和歌! 大丈夫かいな!」

 これを見て大丈夫だと思う?
 痛いんだよ。
 殴られたんだよ。
 怖いんだよ。
 私、普通の女の子だもん。
 暴力沙汰なんてとんと縁が無かったんだよ。
 でも、キツネがやれって言うんだもん。
 それに、この林の向こうには友達がいるんだもん。
 私と同じで、普通の女子高生で、普通に修学旅行に来ている友達に、こんな痛い思いをさせるのは嫌だもん。
 なら、私が頑張らなくちゃ、でしょ?

「へい、き……!」
「和歌……!」

 胸元で揺れていた、金色の星飾りが輝く。
 それと同時に、オニから溢れてた黒いもやも、段々と消えていく。

「……! 和歌、今や! 刀印(とういん)を組みぃ!」
「な、なにそれ!?」
「知らんのかい!?」

 いやさも当然のように知っていると思わないでくれませんか!?
 キツネは私が叫び返すとちょっと面を食らったような声を出す。
 でもすぐにどうすればいいのかを教えてくれて。

「右手で拳を握りーや! 人差し指と中指だけ伸ばす! 二つの指は揃えてくっつけるんや!」

 私は左腕の痛みに耐えつつ立ち上がり、キツネが言う通りにじゃんけんのチョキを作って、人差し指と中指をくっつける。

「刀印が組めたら五芒星を宙に!」
「はぁ!?」
「これも知らんのかーい!」

 慌て出したキツネがうろちょろと足下を這うが、はたと気づいたように、さっき金色に光った私の胸の星飾りを指差した。

「それや! それ! 五芒星!」
「星マークのこと!?」

 それならそうと言ってくれれば良いのに!
 小難しい言葉を言われたって分かんないよ!
 私はもういっぱいいっぱいだ。
 でも、これがラストスパートなんだってことは、何となく分かる。
 だから、頑張れる。
 私は刀印を組み、宙へと五芒星を描いた。
 私がなぞる星形の軌跡が、手持ち花火の残像のようなものを産み出す。
 一筆がきの五芒星。
 始まりの頂点と、終わりの頂点を結んだとき、自然と脳裏に言葉が生まれる。
 それは言霊。
 力ある言葉。
 私は力一杯、その言葉を叫んだ!

「万魔調伏(ばんまちょうふく)───!」

 五芒星が輝き、視界を白一色に染め上げた。






「ほれ、これで痛みは和らぐやろ。清めもなんもしとらん紙と筆やから痛み止にしかならんからの。ちゃんと後で薬師に見せーや」
「あ、ありがと……」

 私が石を壊してしまった場所まで戻ると、自称・安倍晴明のキツネが、私が逃げる時にそのままにしていた鞄からノートとペンを使って、癒しの呪符というものを作ってくれた。
 いつの間にか変身がとけていた私は、ブレザーを脱いで、ブラウスの袖をまくり、キツネに言われるまま呪符を腕に貼る。
 変身していても身体へのダメージは残るらしくて、殴られた場所は思いっきり青あざができていた。

「うわ……私よく死ななかったね……?」
「あんなんに手こずってたら、この先やってられへんで」

 キツネの不穏な口ぶりに、私ははたと思い留まった。

「え、ねぇコンちゃん」
「安倍晴明や!」
「じゃあ、セイちゃん」
「セイちゃん!?」

 何やら私の呼び方が気にくわないらしいキツネは、およよと泣き崩れるように地面に突っ伏す。

「京の都を、引いては日の本を守って約千年……。そんな希代の大陰陽師・安倍晴明をつかまえてセイちゃん!? ちょいお主、調子のってへんか? 頭ぅが高ぅありまへんか??」

 ごろんと転がり大の字になるキツネ。
 別に調子には乗ったつもりはないけども!?
 だけどそれじゃ進む話も進まないので、私は言いたいことをぐっと堪えた。

「じゃあセイさん」
「セイさんかぁ~……いや、わしも大人や。別に神と崇めろと言うわけやないしな。様まではさすがに要求しないでおく優しさを見せてやらんとあかんわな」
「それでさ、セイちゃん」
「セイさんんんん!」

 じたばたと両足を動かすセイちゃん。
 もうめんどくさいのでセイちゃんです。
 キツネだし、うるさいし、ちっさいし、マスコットだし、セイちゃんで充分だと思うんだ!
 顔を前足で覆ってべそべそするセイちゃん。
 セイちゃんが本当にすごい人だっていうんなら、もうちょっとちゃんとして欲しいんだけど……?
 まぁ、それはさておき。

「この先って言ったけど、それ、どういう意味? まさか、あんなのが沢山いるだなんて言わないよね?」
「まさかがまさかなんやが? まだ瘴穴封じとらんしの。少なくともわしが今追跡できとるんだけでも七体おるで」
「あ、あと七体も……!?」

 さっきの一体を倒すのだけで、こんなに痛い思いをしたのに、これが、後、七体……?
 私は膝が汚れるのも構わず、土の上で土下座した。

「まじで勘弁してください。私が悪いのはよぅく分かってます。だけど無理です。こんなに痛いの無理です」

 セイちゃんが向くりと起き上がって、両手足を揃えて、ちょこんと座った。
 さっきまで騒がしかったセイちゃんが急に静かになる。
 私がそろりとセイちゃんを見ると、セイちゃんは思いの外真面目な顔をしていて。

「堪忍して欲しいのはわしなんやで。本当なら封印が解けたところで、わしが全て調伏できなあかんかったんたんや。やけどな、千年にも渡る長い封印のなかで、わしの霊力も枯渇してしもうた。本来なら封印の森が蓄えていた霊力がそれなりにあったはずなんに、森がかなり拓かれて、それもあてにはできず。この時代じゃ空気も悪い。霊力の回復も遅くて、オニの一匹も調伏できん。わしがこんなんやから、お主に頼むしかないんや」

 セイちゃんはそう言うと、私に頭を下げた。
 ついさっきまであんなにも尊大だったセイちゃんが頭を下げてきて、私は戸惑う。

「すまんのぅ、和歌。稀代の大陰陽師も、霊力が無ければ、何もできひん人間なんや。どうにかわしを助けてくれんかの……?」

 セイちゃんが私の様子を伺ってきた。
 私もそんなセイちゃんに、流されそうになるけど。
 助けるって言ったって無理がない?

「私じゃむしろ、足手まといにしかないと思うよ」
「大丈夫や! 和歌はさっきも動けとった! そりゃ誰しも最初からうまくいくわけない。ちょっとずつでいいんや、和歌。おそらくやけど、残りの七体はこの森から出たときに太陽の光を直に受けとる。天照大御神(アマテラスオオミカミ)の偉大なる陽の力は、オニにとっては天敵や。しばらくは猶予あるはずや。弱ってる今を狙うも良し、その怪我が治ってからでもええんや。頼む、和歌。わしに力を貸してくれ」

 そこまで言わてしまえば、私も無理だ嫌だを繰り返せれなくなってしまう。
 セイちゃんずるい。
 そんな風に言われたら、私がやるしかないじゃん。

「頑張るけど……期待はしないでね?」
「その息や和歌! ありがとう! お主はやればできる娘や! そのついでに結界を直してしまおか!」

 にっこにこで私をおだてて、もみ手までするセイちゃんが、唐突に何やら新たな無茶振りを発揮してきた。

「えっ、結界の直し……?」
「せや。自分で壊した結界、自分で直すんや」
「は?」

 わ、私がやるの!?

「や、やったことないよ!? 無理だよ!?」
「やったことないと無理はちゃうんやで。大丈夫や、ほれ教えてやるから」

 言われるまま、されるがまま、私はセイちゃんの言うことに従ってみる。

「この石塔は、全部で五つある。結界が破れた衝撃で全ての石塔が崩れとるはずやからの。まずはそれを組み直すんや」

 まず最初に、私が蹴りくずした石を三つ、積み上げる。
 その後、こっちや、こっちとセイちゃんに、誘われながら、数えて四つの石を積み上げた。

「本当に全部崩れてるんだね」
「衣と同じや。一つ糸がほつれると他もほつれるんや」

 よく分かるような分からないような答えに、わたしは首を捻りながらセイちゃんが示すところまで歩く。

「よし、ここやな。ここが五つの石塔の中心や。ここでまずはお役目衣装になりぃ」
「またさっきの恥ずかしい格好するの!?」

 思わず口を滑らせれば、セイちゃんは私をじとりと見た。

「お役目衣装が恥ずかしい、やと……?」
「いやだってっ! あんなんじゃ、どう考えたって魔法少女のコスプレだよ! ああいうのが許されるのって小学生まででしょ!」
「言うとる意味は分からんがさっさと変化しぃや!」

 びたーんとボリュームのある尻尾で私の顔面を狙い撃ちするセイちゃん。
 ひどい! さっきまであんなに素直だったのに!

「……うぅ。いやでも待ってセイちゃん。私これ、変身の仕方分かんない」
「あぁん? ほれそこ、そこにあるやないか」

 そう言って私の利き手を指差すセイちゃん。
 いつの間にか私の右手首には、赤い紐を金の星に結んだだけのシンプルなブレスレットがはまっていて。

「いつの間に?」
「変化がとけた時やろ。それを身につけてればいつでも変身できる! 変化の言霊はこうや!」

 セイちゃんはそう言うと、右手を高く突き上げた。

「へ~~ん」

 そのまま、円を描くように右手を徐々に下ろしていき。

「げ!」

 ビシッと決めポーズ。

「どうや!」
「あ、うん。却下」
「なんでや!?」

 セイちゃんは知らないと思うけど、ちょっと大人の事情的に無理だなー、それ。

「……しゃーないのぉ。ほれ。右手で刀印を組みい」
「こう?」

 さっき教えてもらった、チョキっぽい形を作る。
 するとセイちゃんは真面目な顔になった。

「いいか。今から教えるんは九字や。正確には九字護身法言うてな。基本の中の基本にして、最強の護身術にもなる。お主の場合はその術を可視化したもんがお役目衣装と思ったらええ」
「う、うん」

 難しいことを言い出したセイちゃんだけど、その護身術って奴を使えば変身ができるんだよね?

「それで、どうやるの?」
「呪文を唱えながらこうするんや」

 セイちゃんは横、縦、横、縦……と網目を作るように何回か手を振った。

「それだけ?」
「呪文を唱えながら言うとるやろ」
「呪文は?」
「『臨める兵闘う者、皆陣列べて前に在り』」
「え? 今なんて言ったの?」
「くぅ、物覚え悪いな和歌!」

 びたーんとセイちゃんが大きな尻尾で地面を叩いた。
 私はムッとする。

「初めて聞くんだもん。一回で覚えられるわけないじゃん。そんなに言うなら、私、覚えない」
「あああ、悪かった! わしが悪かった! だからお願いやー! 京の都を見捨てへんでくれぇ!」

 ぷいっとそっぽを向いて背中を向ければ、セイちゃんは慌てたように私の前へと回り込んできて、足下をちょろちょろと動いた。

「もっと簡単なのはないの?」
「簡単と言われてもな? 言葉には言霊ゆーてな。それぞれの音に意味を持っとるんや。だからそんなほいほいと変えれはせんのや」
「そっか。なら頑張って覚えるしかないね」

 セイちゃんが「へ~~んげ!」とか言ってたから何でもいいのかと思ったんだけど、そうでもないんだね?

「まぁええ。今日のところはわしの真似しい」
「うん」

 そう言ってセイちゃんがお手本をしてくれる。
 私はそれを真似した。

「臨(のぞ)める兵(つわもの)闘(たたか)う者(もの)皆(みな)陣(じん)列(なら)べて前(まえ)に在(あ)り!」

 縦横に手を切れば、星飾りのブレスレットから光が溢れだし、私の姿はさっきと同じお役目姿へと変わる。

「できた!」
「やればできるんや! ほれ、結界張るで! わしの真似をしい」

 セイちゃんが二回、拍手をする。

「掛けまくも畏(かしこ)き、伊邪那岐の大神。筑紫の日向の橘の、小戸(おど)の阿波岐原(あわぎはら)に、禊(みそ)ぎ祓(はら)へ給(たま)いし時に、生(な)り坐(ま)せる祓(はら)へ戸(ど)の大神たち……」

 私も真似をして拍手をし、輪唱するように、セイちゃんの言葉を追いかけるように呪文を唱えていく。
 言い回しが古くて噛みそうになったりするけれど、セイちゃんは私がちゃんと追いかけられるようにゆっくりと唱えてくれるから、なんとか言えてる……かな?
 唱えるうちに、霧がうっすらと出始める。
 さっきまで晴れだったのに霧が立ち込めた雑木林は、少し先すら白く塗りつぶしてしまう。

「祓(はら)へ給(たま)い清(きよ)め給(たま)へともうすことを聞こし召せと、恐(かしこ)み恐(かしこ)みももうす───」

 呪文を唱え終わる頃には、すっかり前後左右も分からないくらいの霧が、雑木林を支配していた。

「うわぁ、真っ白」
「よぉし、さすがや和歌! 完璧に結界が張れとる! これで後はオニを倒してしまいや!」
「良かった~」

 私はほっと一息をついた。
 これでしばらくは怖い思いをしなくて済む。
 私が地面に置いておいた鞄を拾うと、するりと糸がほどかれる用にお役目衣装は制服へと変わる。着るときは気合いいれなきゃだけど、脱ぐ時は結構あっさりなんだね?

「一段落したなら私、戻らないと」
「戻るってどこにや?」
「友達のところ。はぐれちゃったから皆心配してると思うんだ」
「それは大変や。はよう戻ってやり」

 セイちゃんはそう言うと、ぴょんっと私の鞄のミニポケットに潜り込んだ。

「ちょっ、何勝手に入ってるのさ!」
「何言うとるねん。これからわしと和歌は一心同体。わしがいなきゃ、残りのオニの位置も分からんやろ」
「だからって私に着いてこなくとも!」
「ええやないか。こちとら千年ぶりの都なんや。和歌のその破廉恥な格好といい、なかなか千年後の大和は刺激が強いと見たわ!」
「んなっ……!? こ、このエロキツネ! それが目的なら帰れ!」

 どこまでも我が道を往くセイちゃん。
 私が力一杯叫んでも、コンコンコンと笑ってどこ吹く風だし。
 あぁ~も~!

「和歌ぁー?」
「どこー?」

 うだうだしている間にも、時おり聞こえる私の名前を呼ぶ友達の声がどんどん不安そうなものになっていくし。
 私は大きくため息をつくと、セイちゃんを鞄のポケットに入れたまま、声のする方へと駆け出す。
 白い霧と摩可不思議な雑木林を越えて、私は友達の元へと帰る。

「ごめん! ここー!」
「和歌!」
「もうどこに行ってたの~!」

 友達に心配されながらも、終わってしまう修学旅行での自由時間に気がついて、あちゃーと天を仰いだ。
 お土産買えてないよ~!
 私は友達と慌てて神社を後にし、お土産を買いに行く。
 だけどお土産を買う最中も、私は鞄のポケットが気になってしょうがない。
 自称安倍晴明なキツネ、セイちゃん。
 まるであれだよね、小さい頃アニメで見ていた魔法少女についてる定番ペット。
 信じがたいことに学生生活もあと一年な私が魔法少女みたいに変身して、オニ退治だなんて。

「人生わけわかんない~!」







 end.
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

「お従妹様の看病で五年、夜会に出ておりませんの」

歩人
ファンタジー
侯爵令嬢イレーネは婚約者アーロンの要請で、五年にわたり彼の「病弱な従妹」クレアを看護してきた。夜会も社交も諦め、毎晩クレアの枕元で看護した。だが二十三歳の誕生日、医師会の抜き打ち健診でクレアは「むしろ同世代で最も健康」と診断される。イレーネが見せてもらった五年分の薬代明細には、存在しない薬品と架空の処置が並んでいた。アーロンは慌てる。「誤解だ。クレアは本当に弱くて……」イレーネは微笑んだ。「では、五年分の看護費と、わたくしが失った社交時間を、具体的な数字にして頂戴いたしましょう」。医師会長が断言する。「詐病誘導と医療費架空請求。司法に回します」。