異世界は都合よくまわらない!

采火

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オージェ伯爵邸襲撃事件編

オージェ伯爵の宝2

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シュロルムの町から少し離れた場所にある伯爵邸の門を騎士団所有の馬車がくぐる。
がたごとと揺れて、馬車は玄関ポーチの前につけられた。

アンリが先に降りて、私に手を差しのべる。さながら王子さまみたい。ちょっとドキドキするな、心臓の音聞かれないかなとか思ったところで、アンリって騎士様じゃん! 女の子の憧れじゃん! と思い至り、さらに悶絶したくなった。
内心で悶絶してることなどおくびにも出さずにアンリにエスコートしてもらう。馬車から降りて、お屋敷へと入った。

広い玄関ホール。正面には2階へ上がる大きな階段。
階段を背に、二人の男性が私たちを出迎えた。

「おっ、着いたか」

黒色の騎士服を着てにっかりと笑う一人はリオネルさんだ。今日も黄金色の髪がツンツンしていて勇ましい。

「お待ちしておりました。貴女が父上の言っていたメイドですね?」

そしてもう一人。伯爵譲りのアッシュグレーの猫毛をふわふわと浮かせた二十代半ばくらいの、左目の目元の黒子が色っぽい男性がいた。
私は怯みそうになるのを、ぎゅっとアンリの手を握って耐えた。知らない男性だ。美人なんだけど、アンリみたいな中性的な美人ではなくて、男らしさのある色気を隠しもしないような人だ。

顔がそっくり。普段は王都にいるという伯爵の一人息子だと確信する。

「……はい。ユカ・イサワと申します」
「私はロワイエ・オージェ。よろしく頼みますね」

ロワイエ様。お名前はかねがね聞いている。間違いなく旦那様のご子息だった。

自己紹介がてら流し目を受けて、私はぐっとつまってしまった。ささっとアンリの背に隠れる。
なんだろう、見られているだけなのに背筋がぞわぞわして、胃がむかむかする。気持ち悪い。

さっき会ったばかりのユーグさんはわりと平気だったのに。

「ユカ?」
「おや?」

ぎゅうっとアンリの背中にしがみつく。

ああ、やめて。
私を見ないでほしい。

「あーっと……嬢ちゃん、大丈夫か? これからロワイエ様と行動してもらわんといかんのだが……」
「リオネル、ユカが怯えてるから近づかないで」

アンリが震える私に気づいて、心配して近寄ってきたリオネルさんを牽制した。
それからアンリはロワイエ様の方にも視線を向ける。

「ロワイエ様、申し訳ないが彼女にはなるべく近づかないようにお願いします」
「話は聞いていましたが……少し残念ですね。可愛らしい人の近くに侍られないのは。怯える子猫をいじめる趣味はありませんから、そんなに警戒しなくてもよろしいですよ」

茶目っ気たっぷりに視線を寄越される。ぞわぞわっと鳥肌が立った。

分かった、ロワイエ様に拒否反応が出る理由。
普通の男性以上に、なんか私を見る目がいちいちいやらしいからだ!

自意識過剰かもしれない。でも、あんまり見つめられていたくないというのは私の心以上に体が拒否反応を起こしている。
初対面の人に、しかも恩人の伯爵のご子息にたいしてかなりひどい偏見だけど、体感的にそう思ってしまったのはどうしようもない。それが第一印象というものだし。

「ユカ、大丈夫? 落ち着いた?」

アンリが体の向きを変えて、あやすように私の頭を撫でる。大きな手に撫でられるうちに安心してくる。だんだんと震えもおさまって、粟立っていた肌も元に戻った。
私は深呼吸をして、こくりと頷く。
ロワイエ様には悪いけど、しばらくは近寄らないでおこう。

その様子を見守っていたリオネルさんが咳払いをして、注目を集めた。

「それじゃ、さくさくっと終わらせるぞ。ロワイエ様、目録をお持ちになられてましたな?」
「ええ。大半は美術品として飾られてますから、順に見てまわりましょう」
「了解した。嬢ちゃんも、ロワイエ様について見ていってくれ。その時に何か気づいたことがあったら教えてくれ」

リオネルさんが少し離れた距離から声をかけてくれる。この距離感を申し訳ないと思いつつ、こくりとうなずいた。

「アンリちゃんはしっかりと嬢ちゃん見といてやれよ」
「アンリちゃん言うな」

リオネルさんが強ばってしまった空気をほぐそうとアンリを茶化すと、アンリは不機嫌そうに言い返した。

その様子に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。





ロワイエ様を先頭に屋敷の散策を開始する。

屋敷は思っていたよりも綺麗だった。
覚悟していた血の痕とかがない。アンリが言っていたみたいに、本当に簡単な掃除をしたみたい。
場所によっては高価な花瓶や壺が割れていたり、絵画の額縁がズレていたりしたけれど、あの日の夜の惨状を思わせるようなものはほとんど無かった。

屋敷を巡りながら、ロワイエ様が目録とおぼしき紙の束に細かく目を通して何やら書き込みをしていく。付けペンじゃないペンもあるんだなぁ、私もあのペン欲しいなぁと暢気にそれを見ていると、アンリが私に話しかけてきた。

「ぼんやりしてるけど大丈夫?」
「大丈夫だよ」

ぼんやりとしてるのはわりといつものことだから気にしないでほしい。気にしてくれてるんだと分かっているから、わざわざ言わないけど。

「ふふ……貴女としてはここにいるだけでも苦痛でしょうけれど、今しばらくは辛抱してくださいね」
「いえ、本当に大丈夫です」

もー! アンリのせいでロワイエ様にまで気遣われちゃったじゃない!
調査の邪魔にならないように大人しくしてるだけだから構わないでほしい。

恐縮して肩を竦める。目録に目を通しているロワイエ様には見えていないだろうけど。

目録にある品々のチェックを最優先するべく、客間やら、旦那様の私室等を順に見ている。今はちょうど、旦那様の執務室で領地に関する情報があれこれ集まる場所だ。
目録も美術品とは別に領地経営関連の書類の項目があるらしく、ロワイエ様は引き出しの一つ一つ、本棚の一つ一つを開けて丁寧にチェックしていく。こういうのは機密に触れるから、下手にさわらず次期当主様にお任せするべき。旦那様も家令以外に触れさせなかったから。

目録と書類を粗方精査したロワイエ様が、「おや?」と不意に首を捻った。

「どうしましたか」
「いえ、本が一冊足りなくて……父上が最近入手した貴重な本らしいのですけれど」
「ほう。なんという本なんですか」

部屋を見回していたリオネルが目録を覗きに行く。
目録の項目で足りないものがあるのか。それも本。本一冊まで項目に記載するなんて、どれくらい貴重な本なんだろう。

アンリの服の袖を握ろうとして触れると、気づいたアンリが私の指を絡めとってぎゅっと握った。にこっと笑いかけられる。

「ロワイエ様のところに行くかい?」
「……うん」

私の思考を読んでるのかと思うくらい、私がやりたいことを正確に把握してるアンリ。ぎゅっと握った手やら読まれやすい考えやらが恥ずかしくて、アンリからそろりと目をそらしてうなずいた。

そろそろと、旦那様の執務机の前で首を捻るロワイエ様に近づく。
近づいた私とアンリに、リオネルさんが気がついた。

「なぁ嬢ちゃん、この『ユカの詩集』ってなんだ? 嬢ちゃんの名前ついてるけど」
「ぅえっ?」

思わないところででた名前に、声が裏返る。
え、旦那様それ目録に乗せたの? なぜ?

なんと言えば良いのか困ってしまって視線を泳がせていると、ロワイエ様が目を細めつつ、ペンの尻で目録の束をトントンと叩いた。

「父上には、ここの執務室に一冊残してきたと仰っていたのですが……見当たりませんね。どういう本か、知りませんか?」
「……何冊目か、分かりますか?」
「何冊目? この一冊以外にもあるということですか?」

首を捻るロワイエ様から、私は視線をそらす。すると頭上で「ははぁ」と一人納得いったようにアンリが頷いた。

「ユカの詩集ってそのままか」

ぎくり。
うわ、アンリこれ正確に理解してる。
というかそうだよ! 私、アンリに例のノートを見られているよ!

「アンリ、なんか知っているのか?」
「あぁ、うん。それ、そのままだよ。ユカが書いた詩のことじゃないか?」
「嬢ちゃんの詩集を伯爵が持ってるのか?」
「貴女は詩人なのでしょうか?」

リオネルさんとロワイエ様が食い気味にこちらを見てくる。その迫力に私は後ずさって、さっとアンリの背中に隠れた。

「ちょっとリオネル、ロワイエ様。ユカが怯えるから近づくなってば」
「あー、すまん」
「申し訳ありません。父上が気に入るほどの詩集をお持ちということで、興味がひかれたのです。許してくださいね?」

素っ気なく謝るリオネルさんと違い、ロワイエ様は私から視線をそらさない。興味津々といった様子で目を輝かせてる。……さすが貴族様というべきか。この食いつきよう、文化人なんだろうなぁ。

「えっと、あの、許すので……その詩集、何冊目かは分かりますか?」
「そんなに沢山あるのですか?」
「私が字の練習のために故郷で覚えた詩を書き綴ったものなんです。一年分ある上に一冊が薄いので、それなりの冊数になってます。私の私室にある一冊以外の六冊は旦那様がお預かりになっているはずです」

何やら歌詞に出てくるこの国にはないものが気になるようで、回収された詩集をくまなく読まれたあと、質問づけにされるという事がよくあった。
ほんと色々聞かれたよ。花火とか自転車とかコンクリートとかクリスマスとかシンデレラとか。

質問をされる度に、Jポップの歌詞の多様さ、生活との密接さが伺えて、日本を思って帰りたくなることもしばしばあった。そういう時は部屋に戻ったあと、一人でその歌を歌って自分を慰めていたものだ。

「七冊分もの詩を覚えているのですか……父上もこんな素敵な詩人を使用人として雇うだけだなんて野暮なことをするものですね」
「あの、私は詩人じゃないです」
「そんだけすらすらと詩が出るのにか? 俺なんか口説き文句用の詩を三つ知ってるだけだぞ?」
「私も詩集を読みますが、そらじる事ができるのはわずかですね」
「あの、詩というのも、私が考えたものじゃなくて、歌の歌詞ですから覚えやすいんです」

リアル詩人にされちゃあたまらない! そう思って付け足した言葉が、さらに状況を悪化させた。

「歌というと、吟遊詩人ですか? ますますここで囲い混んでいる父上が信じられません。素晴らしい詩人は文化の宝だというのに、こんなところで独り占めとは……王都へ戻ったら問い詰めねばなりませんね」

ぺろりと舌なめずりをするロワイエ様。この人、どうやら生粋の文化人なのかもしれない。しかも私の立ち位置がグレードアップしてる気がする。

そんなロワイエ様の横ではリオネルさんがちょっと興奮して、期待に溢れた目を向けてくる。

「吟遊詩人ってことは嬢ちゃん楽器引けるのか」

楽器が引けたらどうするというの。
でも残念ながら私の音楽の成績は中学止まりなのです!

「無理です! リコーダーと鍵盤ハーモニカとカスタネットぐらいしかできません!」

まぁこれらは弾けるうちに入らないけど! 必修だからね!

「りこーだー?」
「けんばんはーもにか?」
「かすたねっと?」

三人の男達が、私のあげた楽器たちに首を捻る。
あうっ、墓穴掘った気がする。

ロワイエ様がさらに口を開こうとしたのを、無理矢理ねじ伏せるように声をあげた。

「私の国は歌が娯楽として溢れてるので、皆もっと沢山の歌を皆覚えています。詩だって、きちんと伝統的な型のあるものがあって、そちらは教養の高い人が覚えるものです」
「それならユカも詩を覚えてるの?」

行きの馬車で私が学校に長く通っていたことを知っているアンリが、何気なく聞いてきた。
私は首を振る。

「すごいうろ覚えだよ。誰でも知ってるくらい有名な詩を幾つか知ってるだけ」
「え、でもあれだけ色々勉強してるのに?」
「教養が高いってのは一般教養以上ってこと。私が知ってる詩は一般教養に入ってる分だけなの」

私とアンリの会話を聞いていたロワイエ様が、驚いたように目を丸くしたあと、感心したようにうなずいている。

「父上はこんな人材を隠し持っていたとは……今の会話を聞くに、貴女の国とやらはかなり勤勉な国なのでしょうね。その証拠に、貴女自身が教養が高いと思われる。一般教養の水準が高いのでしょう。貴女が今回の事件で生き残ってくれたのは行幸でしたね。父上がわざわざ詩集をこの目録に書き足すほどですから、この詩集には貴女の国の進んだ文化、我国にはない発想があるのでしょう。どさくさに紛れて紛失するには惜しいものです」

私の書いたただの歌の歌詞がそこまで価値と意味に溢れたものだとは思わないけど……でも詩っていうのは社会を反映するものだからね。風刺が過ぎれば規制がかけられるけど、当時の文化を知るにはちょうどいい。まさに国語の勉強で習ったことだ。

そう思うと、旦那様に回収された私の勉強ノートにも価値があるのかもしれない。ただの娯楽として見られていたとばかり思っていたけど、考えを改めた方がいいかも?

「なんか嬢ちゃんが思った以上に大物な気がしてきたのはいいんだが、それでその肝心の詩集はどこ行ったんだ?」

そうです、それを話してたんでした!
ようやく会話の起点に戻ってきたので、私は一つの可能性を示す。

「もしかしたら書庫の方かもしれません。執務室はメイド長と執事長で掃除をしていらっしゃったので、書庫に片付けられてしまったかもしれません」
「書庫か」

ふむと頷いたリオネルさん。
ロワイエ様が目録をざっと束ねて、ペンを胸元のポケットに納める。あ、なんかデキるサラリーマンみたい。

「詩集以外のこの部屋にあるものはチェックできましたので、次に行きましょうか。書庫には貴重書もありますから目録がまた別にあります。最後に回しましょう」

そうして再びお屋敷を巡り出す。
美術品が飾られている場所を中心に見て、ロワイエ様は次々と目録に目を通していった。真剣にお仕事をされているロワイエ様には嫌悪感は湧かない。第一印象で鳥肌をたててしまって申し訳ないくらいだ。

一日がかりで美術品関係の目録のチェックを終えると、その日はそれで終わる。
私は病み上がりで体力がないせいか、歩いているだけだったのに途中でくたくたになって動けなくなってしまったのを、アンリにお姫様だっこで持ち運ばれてしまった。
それをリオネルさんが「甲斐甲斐しいなぁアンリちゃん?」とからかうもんだから、恥ずかしくてしかたがなかった。
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