異世界は都合よくまわらない!

采火

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オージェ伯爵邸襲撃事件編

黒宵騎士団の砦にて3

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アンリはお弁当をぺろりと平らげると、自分で注いだお茶をぐびっと一気に飲み干した。

「ありがとう。おいしかったよ」
「お粗末様でした」

私はお弁当のバスケットを片付ける。その間にエリアが全員のお茶を淹れ直した。

「ユカの故郷の味って不思議だね。甘辛いというか甘じょっぱいというか」
「醤油を使うと、塩っけの強い味になるからね」
「ショウユってそのまま舐めると辛いから、ドレッシングには向かなさそうね。やっぱり煮込み料理かしら?」
「煮込み……煮物にするならやっぱみりんが欲しいところ……」
「ミリン?」
「甘い料理用のお酒。お米から作るの」

お茶を飲みながら三人でお料理談義をする。

アンリは普段、砦か詰所の食堂、もしくは酒場や定食屋で食事を取るらしい。好き嫌いなく食べるらしいけど、醤油を使った料理は初めてだったらしくまた作って欲しいとお願いされた。特に唐揚げ。

エリアは醤油を使ったレシピに興味津々で、今日の夕飯に煮込み料理をたのまれた。帰りに材料を揃えて帰ることにする。煮込み料理というか、作るのは煮物だけど。

ゆったりとお話ししていると、不意にアンリが扉の方に視線を向けた。カップを机の上に置く。

「どうしたの?」
「あー、いや……うん」

アンリがめんどくさそうに頭をがしがしとかき混ぜて立ち上がるのと同時、ドンドンと強いノックが叩かれた。

「入れ」

アンリの短い言葉と同時、扉が開かれる。

のそっと熊みたいな人が入ってきた。
短く刈り上げられた焦げ茶の髪に、三白眼にちょこんとある黒い瞳。髪と同じ焦げ茶の無精髭を生やして、騎士服を身に纏っている。身長はリオネルさんぐらい大きい。

「……失礼する……隊長、報告だ」
「なんだ、ガストン」
「……第二のロワイエ様の護衛」
「そういや朝出掛けるようなこといってたな。それで?」
「……行き先、マルスラン診療所だった、が」
「ん?」

ちらりと熊みたいな人がこちらを、特に私に視線を向けた気がした。

「……ユカ・イサワがここにいるということで、こっちに来る」

アンリが分かりやすく「げ」という顔をした。

「マジで?」
「……嘘をついてどうなる」
「うわぁ……ロワイエ様はともかく第二だろ……仕事やってないのバレたな……」

アンリがちらと書類が山になってる執務机を見た。
それからがっくしと項垂れる。

「あの、アンリ、私達長居したから帰ろうか? ロワイエ様とは別室用意してくれればそっちで会うから、お仕事頑張って?」
「……夕方まで待ってて。送ってくから」
「いいよ、お仕事大変でしょ」
「ユカの弁当で元気でたから」

アンリはポンと私の頭を撫でる。
それからエリアの方を見た。

「ユカを頼むよ」
「分かっているわ。精々、ロワイエ様に出し抜かれないように頑張りなさいな」
「ぐぅ」

熊みたいな騎士が、無愛想にこちらへ視線を寄越す。私はバスケットを持つと、アンリに手を振って部屋を出た。

さすが隊長さんだ。お仕事、頑張ってね。





熊みたいな騎士こと、第一部隊副隊長のガストンさんに案内されて、私とエリアは応接室へ入った。ガストンさんは扉近くの壁に控える。ガストンさんと並ぶように、細目で色白の、金髪を細く一つにくくった騎士も立っている。この人がロワイエ様の護衛かな?

応接室は貴族がゆったりと寛げるように、それなりの調度が飾られている。
顔をまっすぐ向ければ、部屋の中央、一人がけのソファにロワイエ様は座っていた。

「ユカ、お久しぶりですね」
「お久しぶりです。入れ違いになってしまったようで申し訳ありません」

メイド時代に養った、主人に対するお辞儀をする。お腹に両手を当てて、腰から曲げるという、日本式に近いお辞儀。ただし足がバレリーナみたいに、爪先と膝がちょっぴり外向きになってるけど。

「いえ、こちらこそ予定を事前に伝えておくべきでした。さぁ、こちらへどうぞお掛けください。エリア嬢も是非ご一緒に」

ふわふわと猫毛を揺らして、ロワイエ様が着席を促した。私とエリアは二人がけのソファに座る。扉の前に立っていた細目の金髪騎士がお茶を淹れてくれた。ありがたや。

「それにしても、どうしたのですか。診療所にいるとばかり思っていたのですが、まさかこちらにいらっしゃるとは」
「最近は色々なところへお出掛けしてるんです。今日は朝から体調も良かったのでアンリに差し入れをと」
「差し入れ、ですか」

ロワイエ様の目がスッと細まった。
なんだろうこの威圧感。
何かロワイエ様の気を損ねた。

「差し入れとは……いったい何を?」
「お弁当です。お醤油とお米が手に入ったので」
「オショーユ? オコメ?」
「先日、隣の大陸の食材を手に入れたので、ユカが作った料理の味見を兼ねて、それらを差し入れたのですよ」

ほう、とロワイエ様は片眉を器用に跳ねた。長い足を組み、ティーカップを揺らしつつ、にっこりと微笑む。

「大陸の食材ですか。ユカは料理が得意なのですか?」
「素朴なものですが、それなりに作れます。でも火加減が苦手なので、誰かに火を見てもらわないといけないんですけど」
「火、ですか」
「アンリへの差し入れを作るときも大変でした。ね、エリア」
「そうね」

私がエリアに話を振ると、エリアは苦笑した。

「ユカは一人で火をつけられません。火打ち石を使うのが下手なんですよ」
「それはまた……いったいどういう生活をして来たのか気になりますね」
「ま、マッチなら使えますよ!」

ロワイエ様が興味深そうにこちらを見てくる。

火打ち石で火をつけるのは生活の基本だし、電気のないこの世界は竈での火炊きが主流。スイッチ一つでガスコンロ、IH調理器具に慣れてしまっている私にそんな事が器用にできるとお思いか!
なお、マッチの存在を確認はしているけど、どうやら消耗品のわりに単価が高いらしく、貴族階級の人達が使うくらいらしい。

伯爵邸ではすぐに使えるようにとマッチを一箱貰っていたけど、すごい贅沢品だったらしいと診療所の生活で学んだ。そういえば料理長も石を使っていたなぁと淡い記憶も思い出した。

「ふむ……父上から貴女は庶民出身だと伺ってましたが……貴女の故郷は、貴族のような生活をする庶民が大勢いるような国なのですか?」
「そもそも貴族制度は百年も前に廃止されたので、私の国には貴族はいませんよ」

ただ、文明が進んでいようと、貧富の差は埋まらない。相対的貧困ってやつね。

「お手伝いさんがいらないくらい便利な国だったんですよ。料理にも、マッチとか火打ち石とか使わなかったですし」
「それでどうやって火をつけるのです?」
「スイッチをぽちっとします」

ちょっと投げやりかなとは思ったけど、それ以外の説明はできないので勘弁してくださいって感じだ。

「……すいっちおぽちっというのは、どういう道具なのですか?」
「スイッチです。ドアノブみたいなものですね。それを触るだけで火がつきますし、照明もつきますし、お水だって出るのです」
「何それ魔法じゃないの」

エリアもこれには驚いたようで、思わずぽろっと言葉をこぼした。

「不思議の国のユカ……」
「ちょっと、そんな事言うと、夢オチ期待しちゃうからやめて」
「ゆめおち、とは?」
「……現実だと思っていたら、夢だったって事です。私の国……でもないんですけど、故郷には『不思議の国のアリス』っていう、夢の中で不思議の国を冒険をする女の子の童話があるんですよ」

ちょこっと元の世界の事を話すと、ぽろぽろと色々出てくる。それを一々ロワイエ様が拾うから、私はそれを説明するという事を繰り返す。

「ユカにとっての夢の国はどちらなんでしょうね?」
「はい?」
「いえ、深い意味はないのですよ。今の会話で、エリア嬢は貴女の国を不思議の国にしましたが、貴女にとっての不思議の国は、このルドランスであり、未だ夢の中にいる心地なのでは、と思った次第です」

にっこりとロワイエ様が微笑んだ。

「そうではないのでしたら、目が覚めてるのに夢から覚めるのを期待するような言葉は出ないでしょう?」
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