異世界は都合よくまわらない!

采火

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ファウルダース侯爵家結婚編

王都へ1

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午後からアンリが来ると言われてちょっと微妙な気持ちになる。前回アンリと会ってから経った日にちを指折り数えてみると、両手じゃ足りなかった。

アンリが忙しいのは仕方ない。それは分かってるけど……でも、なんだか顔を会わせづらいのに変わりはない。

診療所にいた頃は、毎日のようにお見舞いと称して会いに来てくれていたアンリ。流石に大捕物の直後でそれが出来るとは思わない……何しろここは伯爵家だし。

毎日のように会っていた今までの方が特別だったんだ。

ミリッツァ様の言いつけ通り、ベルさん身支度を手伝ってもらって部屋に待機していると、一旦下がっていたベルさんが戻ってきた。

「アンリ・ファウルダース様がいらっしゃいました。応接室にお通ししております」
「行きます」

うん、と意を決してソファから立ち上がると、ベルさんの先導の元、応接室へ移動する。視界の端には落ち着いた青色がふわふわと私の歩調に合わせて揺れる。

はい、当然、ドレスです。
今までアンリと会ってきた時みたいな病人服でも、エリアから借りたカジュアルな服でもない。
歴とした、貴族のお嬢様が身に付けるようなドレス。舞踏会に出るような露出の高いものではなくて、ミリッツァ様のお茶会に着ていくときのような詰め襟タイプだ。今回の袖は広がらずにセーラー服のように手首でキュッと絞られている。

正直、アンリの前にここまでめかしこんで立つのは初めてだから、かなり緊張している。それに私自身不安を抱えているから、いっぱいいっぱいだ。

何を話に来たのかな。
ドレス、似合ってるって言ってくれるかな。
アンリの事、全部教えてくれるかな。
私の事、ちゃんとお嫁さんにしてくれるかな。

尽きない不安を抱えて、私は応接室の前に立つ。一つ呼吸すれば、ベルさんがドアを開いてくれた。

そっと中に入れば、最初に目についたのはダミエル様とミリッツア様。ダミエル様は相変わらず表情を変えないけれど、ミリッツア様は妖艶に微笑んで見せた。
二人が立ち上がって、退室していく。その際にミリッツア様が「ちゃんとお話しするのですよ」と耳打ちしてきた。

私と入れ替わりで出ていった二人の姿を隠すように扉が閉まる。私は小さく深呼吸した。

「ユカ」

背中からかかる、私の大好きな声。
絨毯を優しく踏んで、彼は私の側へと歩み寄る。

「アンリ」

ゆっくりと背後を振り向くと、アンリはあの太陽のような笑顔で笑いかけてくる。

「お手をどうぞ、お姫様」

そんな気障ったらしい言葉も、呆れるくらい似合ってる。なんだかアンリが私だけの王子様になったみたいで気恥ずかしい。ほんのり頬が熱を持つのは仕方ないと思う。だってほら、恥ずかしいんだよ。

私がアンリの手に自分の手を重ねると、彼は嬉しそうに口許を弛めてソファまでエスコートしてくれる。

「隣いい?」
「どうぞ」

二人がけのソファに、ドレスが広がらないようにして座る。隣に座ったアンリがしげしげと興味深そうに私のドレスを見た。

「すごく似合ってる。こういうの何て言うんだっけ、馬子にも衣装?」
「それ誉め言葉じゃないから」

顔がひきつってしまうけど今のはアンリが悪い! 円滑な人間関係を保つなら、そういう雑なとこは直すべき!

むぅ、と唇を尖らせてみれば「ごめんごめん」と軽く謝られる。
一応は謝ってくれたので許してあげることにして、私はアンリを上目遣いに見上げた。

「ねぇアンリ、今日はどうしたの。ずっと忙しかったのに、急に会いに来るって」
「うん、やっと仕事の方が落ち着いてきたからね。伯爵家に深く関わることだから報告も兼ねて来たんだ」
「そうなんだ。それで、事件はどうなったの?」
「んー」

アンリが困ったように眉を下げる。

「……とりあえず、君を狙っていた奴らは全員吊し上げたよ。伯爵家襲撃の事を含めて全員が無期懲役になった」

この国で死刑が下されることはほぼ無いらしい。伯爵家使用人大量虐殺ですら死刑にされないなら、一体どんな時に死刑判決が下されるのか不思議なんだけど……まぁ私が判決を下しているわけじゃないので、気にするだけ無駄かな。

「そっか……もう、私に関わってこないならそれで十分」

ふと、香売りの男を思い出した。いつも陽気でたまにからかってくる人。あの人の事も、信用してたんだけどなぁ……。

ロワイエ様といい、香売り男といい、私って本当に人を見る目がない。それでも誰かを信用しないと、頼らないと、私はこの世界でにっちもさっちもいかなくなってしまう。

私は隣に座ったアンリを見上げて、無理矢理に微笑んでみる。

「ねぇ、アンリだけは、私に嘘をつかないでね。隠し事も、しないで」

私、アンリにまで騙されちゃったら、どうしたらいいのか分からなくなる。

すっごくめんどくさい女でごめんなさい。
でもね、アンリ、私、やっぱり不安なの。

今だってそう。

笑うのもつらくて、視線を下げてうつむく。すると、下げた視界でアンリが動いたのが見えた。
ぐっと腰を引き寄せられて、体が前のめりになる。

「大丈夫だ。僕はユカに嘘をつかないし、隠し事もしない」
「嘘」
「本当だって」
「ほら、もう嘘ついた」
「え?」

アンリの腕の中でアンリを見上げる。

アンリが本当に心当たりが無さそうに、心当たりを一生懸命探してる顔をする。……こういう顔を見ていると、まだ十代って感じがするなぁ。いや、もう二十だっけ?

狼狽したアンリがちょっとだけ私から体を離して、私の肩に手を置いて視線を合わせてくる。

「……心当たりが何にも無いんだけど、どれのこと?」
「……はぁ」
「え、何んだいそのため息!」

やっぱりアンリはアンリということかなぁ……。
皆に散々雑って言われていたことがよく分かる。

私はやんわりと肩からアンリの手を離して、両手で包むと私の膝の上に置いた。

それから大きく深呼吸する。
今聞かないと、ずっと私はもやもやしたままだから。

私は意を決すると、再度アンリに視線を合わせた。

「私、アンリが貴族だって知らなかったんだけど」
「………、……………………あ~」

あ~、じゃないんだけど!?

「想像してください。何も心構えもなしにダミエル様にさらりとアンリが貴族で、しかも伯爵家より上の家格の人だって聞いたときの私の気持ち。また何かの陰謀にでも巻き込まれるのかと思ってここ最近ずっとやきもきしてたんだよ!?」
「な、なんか、ごめん。言った気がしてた」
「アンリも誰も、言ってくれなかった」

じろっと睨み付けてやると、アンリは狼狽えながらも言い訳をしてくる。

「……え、でも、年末僕、王都に戻るって言わなかった?」
「なんでそれがアンリが貴族な事とつながるの」
「だって騎士団の地方支部は基本的に地方出身の人ばっかりなんだよ。その内、中央から飛ばされてくるのは物好きな貴族子弟くらいなものなんだって」
「それで私が分かると思ったの?」
「……その通りです」

聞いた覚えがあるような、ないような……でもそれで私がアンリが貴族って気づくには無茶があると思う……!

後アンリ、自分で自分の事、物好きのくくりにいれたね?? 薄々気づいていたことだけど、アンリ、あなた結構脳筋でしょ!?

はぁ、ともう一度ため息をつく。いつの間にか握っていた手がするりと抜かれて、私の手がアンリの両手に包まれる。

「ユカ……貴族の僕は、嫌かい?」
「!」

少しだけ顔を寄せられて、私はドキリとする。
今更ながら、包まれた手と、アンリとの距離に頬が火照ってしまう。

私は、アンリが貴族でも、貴族じゃなくても、好き、だけど……。

「……本当に、私はアンリのお嫁さんになってもいいの?」
「もちろん。だって僕からもお願いしたんだから」

アンリが私の指をすくって、そっと口元に寄せる。
……え?

「ユカ、僕の側にずっといてよ。幸せにしてあげるからさ」

ちゅ、と手の甲に濡れた感触。

私は思わずアンリに口付けられた指先を凝視してしまう。

アンリは悪戯めいたように笑うと、今度は私の手をひっくり返して、手の平にもキスをした。

「な……っ!」
「何度だって口説くって言ったじゃないか。それに、ユカだって僕のプロポーズに答えてくれたんだろう。今更、逃がすつもりはないからね」
「~~っ!」

無邪気に笑いながらも、アンリは私の手首にまでキスきてくる。いつぞやのキス魔事件を思い出して、私は慌てて手を引っ込めようとすると、アンリがその腕に引かれるようにして、私と顔を近づける。

どこか熱のある、蕩けるようなアメジストの瞳に見つめられて、息が詰まる。心臓が痛いぐらいに跳ねている。

「ユカ、目、つむって」

アンリの耳に心地いいアルトの声に、私は逆らえない。
言われるがまま、目を閉じてしまう。

静かな衣擦れの音。それから、アンリが近づく気配。

唇と唇が、柔らかく触れ合う。
優しく、押しつぶすようにゆっくりと唇に圧が加わって、私は息を止めた。

「……はぁっ」
「あはは、息、止めなくて良いのに」

顔を話したアンリが笑うけど、アンリのその余裕っぷりがなんだかむかつくっ! 私はいっぱいいっぱいで、今にも叫んで逃げ出したいくらい恥ずかしいのに!

恨めしげに睨み付ければ、アンリは良い笑顔で私の目元におまけのキスをした。

「やっぱユカは可愛い」
「ちょっと、アンリ! 私、まだあなたに怒ってるの
よ!」
「うん、知ってる知ってる。ごめんって」

そういいながらも、今度は反対の目元にキスをしてくるから今度は私が狼狽える。

あ、アンリがまたキス魔になってしまった……!

「あのさ、ユカ」
「なぁに」

むっとしながらアンリからのキスを無心で受け止めていると、アンリが言った。

「もうすぐ社交シーズンだ。伯爵について社交界に出るのなら、僕にエスコートさせてくれ。今日はそのお願いに来たんだ」

え? 社交界?
たぶん、この世界の文化を考えるに、それは中世ヨーロッパで行われていた所謂舞踏会とかの類いを想像すれば良いんだよね。

なんとなく想像してみた社交界でのエスコートという申し出に、私は困惑した。

「えっと……、私、ダミエル様達には何も言われてないから、出る可能性は限りなく無いと思うけど……」
「オージェ伯爵夫人にマナーとかダンスについて何も言われなかった?」

そう言えば、貴族としての最低限の事は学ぶように言われたけど……。いやでも、社交界に出るなんて一言も聞いてないよ?

「マナーについては言われたけれど、私に貴族の義務は押しつけないって言われたよ」
「そうか……いや……あの、さ。頼みにくいんだけど、今年だけで良いんだ。王都の社交界に、一緒に出てほしい」
「え?」

突然のアンリの申し出に、私は目をぱちくりさせる。

この流れからたぶん、社交界に出てほしいって言われるんじゃないかとは思ったけど……本当に言われるとは。

「両親にも会わせたいし、結婚後の事も相談したい。一度社交界に出てもらえれば、婚約もスムーズに行くし、君を正式にオージェ伯爵の娘として周知もできるんだ。だから少し面倒だと思うけど……僕と一緒に一度だけで良いから夜会に出てほしい」

正直貴族の事情なんてさっぱりなので、アンリの言葉を鵜呑みにするしか無いんだけど……。
でも、私は素直に頷けなかった。

アンリと一緒にパーティーに出たくないわけじゃない。こうやってドレスを着て、アンリと素敵な会場で踊れたら、って思う。それってどこのシンデレラかな?

シンデレラになりきるにはちょっと年増な気もするけど……ミリッツァ様だってあんな豪奢なドレスを着こなしてるんだもん。この世界ではあれが普通。

だからちょっと憧れる気持ちはある。
あるんだけど……。

「王都のお屋敷には、ロワイエ様が……」
「ああ」

アンリの顔がスンと真顔になる。え、真顔?

「そういえば王都にいたんだっけ……オージェ伯爵達と一緒に行くとなると、泊まる場所は自然と王都の別邸……接近禁止令が出ているとはいえ一つ屋根の下はちょっとなぁ」

段々と険しくなっていく表情。

アンリの言う通りなんだよね。
王都にはロワイエ様がいる。夫妻と一緒に王都に行くことになれば、当然泊まるのはロワイエ様が取り仕切っている別邸になるでしょう? たぶんミリッツァ様が私に社交界のお誘いをしないのはその辺りの事情もあると思うの。

アンリのご両親には是非ともご挨拶したいけど……でも、私は王都に行きたくない。ロワイエ様に会いたくない。
特に今は。

だから決心がつかずに唇を引き結んでいると、アンリが「うん」と爽やかな笑顔で笑いかけてきた。

「だったらユカ、僕の家に滞在すれば良いよ」
「……え?」
「どのみち両親にも挨拶しないといけないし、婚約後とか結婚後とかいちいちやり取りするのに時間の都合をつける必要もないし。ロワイエ様から離れるにはこれ以上ない場所だと思わないかい?」
「え? え?」

アンリの突然の提案に、私は驚く。
え、アンリの実家にお泊まりってこと?
ご両親への挨拶すらまだなのに決めちゃって良いの?

「それになんといっても、僕がユカと一緒にいられるからね」

どこの太陽かとみまごうばかりの目映い笑顔をいただきまして、私は考えることを放棄した。
うん……まぁアンリが喜んでるなら良いや。私もアンリと一緒にいられる時間が増えるのは嬉しいし。

「ユカ、それでいい?」
「う、うん……?」
「そう。それならそういう風に家に伝えとく。伯爵の方にも僕から説明しておくから安心してくれ」
「え、それぐらい自分でするよ?」
「駄目。これぐらいは男の甲斐性さ」

ここにエリアがいたら十中八九「アンリの口から甲斐性なんて出るとは……」とか言われそうな台詞を言ってるけど、頼もしいことには代わりない。

年下の男の子が頼もしすぎて、思わずぎゅうっとその手を握る。

「よ、よろしくお願いします」
「うん、任された」

にっこり笑うアンリの笑顔が今日も眩しい。
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