異世界は都合よくまわらない!

采火

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ファウルダース侯爵家結婚編

重ねた約束と重なる言葉4

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「あぁ、そうだ。ユカ様に是非にも見ていただきたいものがあるのです」

 そうエンゾ様は切り出したのは、随分と天降りについて話がはずんだ後だった。
 エンゾ様は立ち上がると、私達に断りを入れて一度退室していく。
 そこで少しだけ、ほんの少しだけ、息をついた。

「大丈夫かい?」
「平気。大丈夫だよ」
「それならいいけど……」

 なんだか歯切れの悪いアンリを見やると、アンリは複雑そうな顔をしていた。

「なぁに? 言いたいことがあるなら言って」
「……いや、大したことないし」
「大したことなくても。言いたいことがあるなら言ってほしい。言葉にしてくれないと、不安になるから」

 言葉を飲み込まないでほしい。
 アンリが思ってること、私にちゃんと伝えてほしい。
 そう思いを込めて訴えれば、アンリは気まずそうに口を開いた。

「ユカはもしかしたら、オルレットの方が過ごしやすいのかもって思って」
「どうして?」
「壁紙も、お茶も。ルドランスにはないものだけれど、ユカはすぐにそれに目が向いた。シュロルムでも王都でも、ユカが目を引かれるものってなかった気がする。しかもそれが天降りのものだと言うし……」

 あぁ、私やっちゃったのか。
 たぶんアンリが感じているのは、私とアンリの間に静かに横たわる見えない壁だ。
 私がアンリに貴族というフィルターがかかるように、アンリにも私へ天降り人というフィルターがかかってる。
 そのフィルターが、強く色づいて見えたんだ。

 私はアンリの手を取った。
 ぎゅっと握って、熱を伝える。
 こういうのはちゃんと、アンリには伝えないといけない。

「確かにこのお部屋には私の世界につながる物が沢山ある。でもそれはどれも私の故郷のものじゃないよ。それに私は、ルドランスを第二の故郷にするって決めたから」

 ルドランスはこの異世界での私の家族がいる場所だ。
 私を見つけてくれたメイド長。
 保護してくれたオージェ伯爵夫妻。
 そして、これから家族になってくれるアンリ。

「だからそんなに不安に思わないで。それにここの天降りは私が育った故郷の国の文化とは全然違うから、そんなに懐かしさもないかな」
「本当か?」
「うん。お屋敷に帰ったら、私の故郷の話をしてあげる。アンリだけに、特別に」
「……そっか」

 アンリの大きな手が私の小さな手を包み返す。
 話をする約束をしただけで笑顔になるのだから、アンリって本当に単純。それにつられてほだされる私も、大概単純だけどさ。
 そうして見つめ合うことしばし。
 扉がきしむ音がして、私とアンリはお互いに手を離した。

「お待たせしました。申し訳ありませんが、この場にもう一人同席させてもよろしいでしょうか?」

 エンゾ様と一緒にもう一人、男の人が入ってくる。
 黒髪に黒目。私と同じ、色の人。
 エンゾ様に似て顔たちもどこか、アジアっぽい人。でも違うのは、背が高くて、研ぎ澄まされた剣のような雰囲気のある人だと思ったこと。
 エンゾ様が紹介してくれる。

「こちらはトビ・ソレイユ。香の大家のご直系のご嫡男です」
「トビ・ソレイユと申す。突然申し訳ない。このエンゾがフーミャオの日記を持ち出そうとしたもので、少々気になったゆえ、同席させていただきたい」

 フーミャオの日記?
 そんなものがあるの?
 アンリを見る。アンリは少しだけ渋い顔をしたけれど、結局は快諾した。

「いえ。大事なものを見せていただけるようですので、こちらは気にしませんよ」
「ありがとうございます。では僭越ながら私から紹介させていただきますね。トビ、こちらはアンリ・ファウルダース侯爵子息とユカ・オージェ伯爵令嬢です」
「お見知りおきを」

 アンリが手を差し出し握手を求める横で、私はカーテシー。
 まじまじと突き刺さる視線が、痛い。

「見事な黒髪だな」
「でしょう? 天降りのことにも関心が強く、彼女ならばと思ったのです」
「そうか」

 エンゾ様とトビ様が、何やら意図のくめないお話をされている。何の話か分からずに首をひねっていれば、アンリが二人を席に促した。
 四人で向かい合って座ると、トビ様が一冊の本を取り出した。

「これは写本だが、一般にフーミャオの日記と呼ばれているものだ」

 手にとって良いと言われたので、おそるおそる手にとって見る。
 革の表紙でできた重厚なその本は、分厚くてかなりのページ数があることが分かる。
 その革の表紙をめくってみて、息を呑んだ。

 ―――我愛你。

 誰から誰への言葉だろう、なんて分からない。
 フーミャオさんが愛した人へ向けた言葉なのか、日記を記す自分自身への言葉なのか、それともいつかこの日記を読むだろう誰かに向けた言葉なのか。

 たった三文字の、その言葉を指輪でなぞる。
 フーミャさんは、どんな思いでこの三文字を最初に綴ったんだろう。
 涙が出そうだった。
 フーミャオさん。
 あなたは間違いなく、私と同じ地球の人。
 それも、私の住む国より、海を隔てた向こうにある大陸の人だった。

「ユカ? どうした」
「……ううん、なんでもない」

 じっと最初のページから動かなかった私を心配して、アンリが声をかけてくる。
 私はそれに微笑み返して、ページを捲った。
 案の定、最初の三文字以外、読めなかったけど。
 パラパラと捲って一通り目を通すと、私はそれをトビ様に返した。

「天降り人の文字でしょうか。中にはなんて書いてあるんでしょう」
「ユカ様は読めませんか?」

 エンゾ様の問いかけの意味が分からなくて、顔がこわばる。

 どういうこと?
 私が天降り人だって知られてる?
 どこで? 私、何かやらかした?

 トビ様の鋭い視線が私に突き刺さってくる。
 喉がからりと乾いて、声を出そうにも震えそうだった。

 そんな私をどう思ったのか、エンゾ様が何気なく言葉を重ねる。

「フーミャオは各地にその足跡を残していますが、唯一もたらさなかったものが文字でした。私は商売の傍ら、各地に伝わる天降りを研究してこの日記の解読を勧めているのですが……お恥ずかしいことに成果はあまり上がらずでして。天降りに強い関心を持たれたユカ様ならば、何か知っていらっしゃるかと試して頂いた次第です」

 特に他意は無かったと朗らかに笑うエンゾ様に、私はほっと息をつく。
 そういうことなら、よかった。

「お力になれずにすみません」
「いえ。こちらこそ不躾をしてしまいました」
「いいえ、ロマンがあっていいと思います」
「ろまん?」
「あっ」

 久々にやってしまった和製英語。
 私は苦笑しながら言い直す。

「夢があるということです」
「ほう。不思議な言い回しですね」
「言葉が悪くてすみません。庶民の出ですから」
「いえいえ、そんなことは。それにしても、ロマン。素敵な言葉じゃありませんか。素敵な言葉を教えてもらいました」

 エンゾ様はすごくいい人だ。
 ほっと一息つくと、トビ様が席を立つ。

「すまない、用があるので失礼する。お客人はごゆるりと寛がれよ。エンゾ、日記は持っていくぞ」
「はい、どうぞ。お貸しいただいてありがとうございました」

 トビ様は本当に日記のためだけに同席しただけのようで、用が終わったらささっとサロンから出ていってしまった。
 正直、あの鋭い視線は居心地が悪かったから、退室してもらえて良かった。

「ユカ様、お茶のお代わりはいかがでしょうか」
「あ、いただきます」
「アンリ様も」
「ありがとうございます」

 お茶を淹れ直してもらって喉を潤せば、なんとも言えない充実感が体を満たした。

「今日はお話できてとても嬉しかったです。世界の広さを思い知りました」
「それは良かった。お誘いした甲斐があったというものです」

 勇気を出して、こうして来てみてよかった。
 伝説に残るフーミャオさんという人の為人に触れて、その異物にもレプリカとはいえ、こうして触れられた。
 元の世界との繋がりを確かに感じられた。
 この世界と私の世界は繋がってる。

 曖昧になりがちだった私の二十三年が幻ではなかったんだと、そう思わせてくれた。

 それだけで十分だった。

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