異世界酒造生活

悲劇を嫌う魔王

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第三章〜サードフィル〜

第六十八話「会談の後始末 Fin」

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「要望……私も食べたい」

 ん、何だ?

 感情がないような透き通った声が突然聞こえた。それは俺の意識の外から聞こえてきて興味を引いた。何だろうと思ったら、いつの間にかティナの右隣に少女が座っていた。
 その正体は大使の後ろで控えていた、真っ赤なとんがり帽子を被った魔法使いの少女だった。

 彼女はショートカットの薄水色の髪を肩口ほどで切り揃えていて、幼い顔つきと裏腹に氷の様に冷たそうな瞳が特徴的だった。身長は俺の胸元ぐらいだから百五十あるかないかくらいだろう。

 侯爵が口を開いた。

「貴殿は確か大使殿の護衛であったな?」
「肯定」

 彼女は貴族が相手だというのに、無礼とも捉えられかねないぶっきらぼうな返答をした。

「大使殿は既に別室にて治療中だが、貴殿は随行しなくて良かったのか?」
「無問題……死なないから大丈夫。それよりそのちょこ食べたい」

 変わった子だなぁ。でも見た目通り子供なのかな? 甘い物が好きなのかも。
 というわけで、年齢が分からないので彼女にはウイスキーボンボンではなくただのチョコをあげた。カカオ七十%なのだが、子供の口には少し苦すぎたかもしれない。

 彼女はチョコを躊躇いなく口に含み、小さな口の中で転がしている様だった。時折彼女のすべすべの透き通るような白い頬から丸いチョコの形が迫り出して来ていた。

 魔法使いの少女はしばらく口をもごもごさせてから、チョコをもぐもぐして飲み込んだ。

「神……もっと欲しい。もっと」

 彼女はティナ越しにその小さな手でチョコを俺に要求してきた。そしてすごく目がサファイアの様にキラキラしていた。俺はユリア達へのお土産分を残して彼女にチョコをあげた。カカオ七十%を美味しいとは、案外大人びた子だと思った。

 彼女はチョコの入った小包を受け取ると、立て掛けていた魔法の杖を手に取って俺のとこまで歩いてきた。すると不思議な事に冷ややかな冷気を彼女から感じた。この娘の纏う周りの空気だけ温度が低いような感じがした。
 
 見た目通りの若さからは考えられない存在感と圧力だった。そしてティナがこの少女を凄い睨んでいる。ティナとこの娘は月と太陽のように真逆の存在だ。ティナは炎のような空気を纏っているから……ははっ。

「誓約……今は手持ちが無い、このお礼はいつか返す約束」

 少女はそう言って右手の小指を俺に差し出してきた。これは……指切りげんまん!! やっぱり若い子なのか? 混乱してきた。

 とはいえこんな小さな可愛い子の指切りを拒否する訳にはいかない……。俺はその小指を右手の小指で絡め受け取った。

「お、おう」
「約束」

 それだけ言うと彼女は侯爵と伯爵に向けて屈折礼をし、背を向けて晩餐の間を出て行った。ティナは最後までなんか唸ってた。頼むから抑えてくれ……俺に少女趣味はない。

 侯爵が少女の背中を目で追って晩餐の間を出ていくと口を開いた。

「不思議な小娘だ。特級冒険者とはやはり癖が強いな」
「え? あの娘冒険者なんですか?!」
「獄氷の魔女、リナ。有名な水属性魔法使いの一人だ。私も噂でしか聞いたことがなかったが、ショウゴ、お前と同じくらいの魔力量を保持しているな。敵に回したら厄介そうだ」

 ティナは知った口を聞いて、俺の理解できない情報をベラベラと話してくれた。て言うか、あんな可愛いなりでなんつー物騒な異名を持ってるんだよ。しかも俺と同じ魔力量って……それってすごいの? そういえば。

 うっすらとだがティナが俺のことを大司祭級の魔力量を保持しているとか、時空神クロノス様の使徒かもしれないとか言っていた話を思い出した。

 そして今すぐその話題をわすれたい衝動に駆られた。これ以上面倒事に巻き込まれてたまるか。

「やれやれ、私はもう少しこの菓子とウイスキーを楽しむが貴様らはどうする? どうせなら城に泊まっていくと良い。そうだファウスティーナに新しいネグリジェを贈ってやろう。それで今夜は楽しむと良い」
「ばっ、馬鹿言わないでください! 今日はまっすぐ帰らせてもらいます」
「チッ!」
「カカカッ、顔を赤くするとはその様子じゃ、ファウスティーナ、まだショウゴを落としていないのか?」
「チッ!!」

 ティナの舌打ちは一体誰に対してのもの何だろうか。俺は少し冷や汗をかいた。

 俺は侯爵の揶揄いをティナの手前、笑い飛ばせずに赤面してしまった。あぁ、ヤダヤダ! こんなところにいると余計な問題が増えるだけだ帰ろう。

 そう思って席を立った時だった。

「そうだった最後に一つ聞きたいんだが」

 侯爵はウイスキーを飲みながら何かを思い出したように俺を呼び止めた。

「はい?」
「このウイスキーはどうやって仕込んだんだ?」

 答えは簡単だ。ミラちゃんのおかげで思いついたんだが、焦がしていない新樽に漬けていた若いウイスキーをシェリー樽に詰め替えたのだ。この焦がしていない新樽に詰めたウイスキーは、時空魔法を使って約四年もの時間が進んだものだ。

 それに焦がした樽につけた物よりも、この新樽に漬けたウイスキーの琥珀色は希薄なものである。

 つまり、それはウイスキーなんだけども、まだ他の樽からウイスキーに香味を移せるだけの余裕があるのではないかと思ったのだ。後は時空魔法で可能な限り時間を掛けて、シェリーの香味がそのウイスキーに移るよう祈った。

 だから、本当はあまり献上したくなかった。出来に満足できていなかったが、アントンさんがとても気に入ってくれたので、彼の舌を信じて献上を決めた。

 しかし、それを今ここで言わないほうがいいだろう。俺も指摘された通り危機管理はしっかりしないといけない。それにこの製法は邪道かもしれない。シェリーカスクのシングルモルトウイスキーを世に広めるにはきちんとした製法を確立してからでも遅くない。

 だって、俺はまだシングルモルトウイスキーですら満足出来る味を造れてないんだから。 

「あぁ…………企業秘密ってやつです」
「クククッ、既に貴族らしくなってきたではないか。それでいい、貴族たるもの味方にであろうと、簡単に腹の中を曝け出すものではない。手札は大事に使え」

 いや、そんなつもりじゃないんだけど……俺はただもっといい酒を造れるようになってからと思っただけで……。でもまぁ納得してくれたしいっか!

「ご忠告、肝に銘じます。それでは侯爵閣下、伯爵閣下これにて失礼いたします」

 俺は彼らに屈折礼をした。侯爵はウイスキーの入ったグラスを俺たちに向かって掲げて退出を許可した。

 俺とティナがベッラの待つ厩舎に向かう時だった。
 城の中庭に差し掛かった時、城入口の扉に寄りかかっている大男が目に見えた。知っている男だと思った。それもできれば会いたくない相手だ。

 ティナが俺の一歩前に進み出て俺を守る様にして、そのまま俺たちはその内門へ向かった。そしてその男の前を通ると案の定行く手を塞がれた。

「何のようだ」

 ティナの静かで煮えたぎった声が出た。

「お礼を言っておこうと思ってな。今回の護衛任務があんたのお陰で楽しくなりそうだ。俺はまだ負けちゃいないぜ。次会った時は、互いの獲物で命のやり取りを期待しているからな」
 
 宴の間でティナに一撃で沈められた男が血気盛んな表情で復讐を宣言した。すげぇ、ティナの渾身の一撃をもらってもう目が覚めてるし、怪我の手当てをした様子もない。どんだけ丈夫なんだよこのゴリラ。

 宴の間では武器を持ち込めなかったが、今はその男の腰に彼の剣が二本佩かれていた。どうやら前世でいうククリ刀のようだ。実物は初めてみた。超怖い。

「悪いが貴様の遊びに付き合う気はない」
「何だと?」
「ただ覚えておけ」

 剣呑な空気が二人の間に流れていた。その覇気は後方の俺の元まで漏れて来ていて、ここに立っているだけで震えが止まらないほどである。こんな悪寒ガチの心霊スポットに学生時代行った時以来だった。

 ティナはレイピアの柄をゆっくり触り力強く握りながら言い放った。

「我が主人《あるじ》に今度また指一本でも触れてみろ? その時は貴様を確実に殺す」

 ティナはそんな自分よりでかい大男を睨みつけ、いや、睨み殺すのかと思えるほど怖い目をして言い放った。俺もぶるっちまう、いや少しちびった。

 目の前の男はティナの発言を聞いて少し目を丸くした。そしてそのまま視線を俺に向けて、ティナをもう一度見ると獰猛な笑みを浮かべた。

「あぁ殺し合おう、楽しみにしている」

 少しの間だけここは地獄なんではないかと思えるほどひどい沈黙が続いたが、意外にも男が道を譲り、俺たちは城を出ることが出来た。なんて強烈な面倒ごとの匂いを放つ男なんだ。

 早く帰って、ハイボールが飲みてぇなぁ。

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