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名もない平原

馬車は揺れる-Ⅱ-

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おさは、・・・転送魔法・・・・でヤナンに向かった」

 大男は背中越しにそう応えた。
 その言葉はナルシャの表情を一段と曇らせる。
 
「やはり、そうだったのですね・・・」

 呟く様に漏れた言葉。
 覇気は無い。
 そしてその様を意図が理解できない俺は、只々、二人を交互に見る事しかできない。
 俺だけ、また蚊帳の外。
 一体、あの婆さんに何があったっていうんだ・・・
 すると突然。

「ヤントゥム様の下に行かなくては」

 そう独りごちが聞こえたかと思うと、徐にナルシャは壁に預けていた上体を起こし立ち上がった。
 そして傍に置いて合った鎧一式に手を伸ばし、何かに取り憑かれたかの様に着始める。
 それを俺は、また見ているだけしか出来ない。
 かける言葉も見つからず、そして尋ねる言葉も見つからず・・・。
 鎧を着終えたナルシャが髪を結び直し、最後にカチューシャをかけた。
 そこには最初に会った時のように凛々しい彼女の姿が在る。
 思わず見惚れる俺など構うことなく、ナルシャが告げた。
 もちろん俺ではなく、手綱を握る大男に。

「馬車を、止めてください」

 その声には、覇気が宿っていた。
 一瞬で場の空気が張り付く。
 それでも大男は、それすら広い背中で受け止めると、振り返る事なく力強い声で応えた。

「駄目だ」

 無情な宣告。
 しかし、ナルシャもそれは予期していたのか。

「なら、結構です」

 そう吐き捨てるや否や、踵を返し無謀にも馬車から飛び降りようとした。
 さすがの大男も今度は振り返り、咄嗟に手を伸ばす。

「何をするのですか。手を、その手を離して下さい!」

 ナルシャの、その手を掴んでいたのは、大男のそれではなく俺の手だった。
 言われて、自分が咄嗟にナルシャの手を掴んでいた事に俺自身驚く。
 と同時に、気づいてしまった。
 今も俺の手を振り払おうともがくナルシャの手に、出会った時のような並外れた力が無い事に。
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