おとぎまわり

アン

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人魚姫

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「やあ人魚姫…いや、今は人間だったか
僕は今、暇を持て余していてね
声を返してあげるから、少しばかり話に付き合ってくれないか」

「え?あっ…魔法使いさん?
どうして此処に…」

「君こそ…何故そんな所に?
せっかくの綺麗な夜なんだから、王子とよろしくやっていれば良いのに」

「意地悪な人ね…もう分かってるでしょ?
私の恋は叶わなかったの
もう直ぐ朝が来て、泡になる運命なのよ」

「嗚呼…そういえば君の姉達が来てたな
刃物を渡した筈だけど、あれはどうしたんだい」

「王子様を刺せる訳無いじゃない…
私が勝手に恋しただけで…あの人の幸せを奪う訳には…」

「それはそれは…
恋敵がこんなにもお優しいなんて、あの女は大変運の良い通行人だね」

「悪く言わないで差し上げて
きっとあれが運命というものなのよ」

「そうかい…ま、こうなるだろうと思っていたさ
君は少々馬鹿だ
夢見がちというか、盲目的というか…」

「な、慰めてくれたって良いじゃない…」

「おや、貶しているように聞こえたかい
褒めたつもりだったんだが…
僕はそんな所も好ましいと思っているんだ」

「好ましい…?」

「馬鹿な所も、純粋な所も、可哀想な所も
僕には無いものだからね…欲しいとさえ思った」

「えっと…?」

「想像していたよりも、ずっと醜い感情ではあったが…
君を観察していて気が付いたんだ
これが、恋というものだろう?」

「えっ!?
あ…その…えっと…
魔法使いさんは、私の事が…好き、なの…?」

「嗚呼、そうみたいだ
どんな手を使ってでも欲しくて堪らない
こんな薄汚い感情は初めてなものでね
もっと手こずるかと思っていたが、まあ…上手くいったよ」

「えっと…よく分からないけど…
その言い方だと、何だか物語の悪役のようだわ」

「…いやはや、君は思ったよりも馬鹿だねぇ
まさか全く勘付かれていないとは」

「…何かおかしな事を言ってしまったかしら
ごめんなさいね…嫌いにならないで頂戴」

「ふふっ…まあ、もう直ぐ夜明けだし教えてあげよう
全てはこの僕が仕組んだ事さ」

「仕組んだ?何を…?」

「考えて御覧
君と王子が結ばれなくて得をするのは誰だい?
あの女と…僕自身だ
僕は君が上手くいかない事を分かった上で、契約を持ち掛けた
『みたい』じゃない、間違い無く悪役なのさ」

「そ、そんな…だって、貴方は頑張れって…応援してくれて…」

「うんうん、やはり君は純粋だ」

「私の邪魔をしたいなら、薬も刃物も渡さないで、もっと何か…」

「想いを伝えていたら、応じてくれたって?
あんなに馬鹿になるまで王子を愛していたのに?」

「それは…」

「…邪魔者を遠ざけた上で手に入れたかったからね
そのために必要な物を、君達から騙し取…交換した訳だ」

「交換…声と、髪の毛…?」

「正確には『人間を惑わす人魚の声』と『魔法が染み込んだ髪』だが…
何のために態々指定したと思う?」

「えっと…欲しかったから?」

「君も大概狂人だね
僕がそれに憧れるような奴に見えるかい?
少女じゃあるまいし…」

「教えて頂戴な
…余り意地悪な事を言うと、嫌いになっちゃうわよ」

「おや、それは大変だ…白状しよう
…物語を続けるためさ」

「物語を続ける…?
私の事を言っているなら、残念だけど…
もう終わってしまうのよ」

「ははっ!まさか!
その呪いを掛けたのは僕だ
抜け道くらい用意しているさ」

「えっ?」

「想い人と結ばれなければ、泡になって消える…
ほら、一言も相手を名指ししてはいないだろう?
運命の王子様とやらが人間でなくてはいけないなんて規則、何処にも無いからね」

「まあ、そんな…狡いわ
本当に、貴方は最初から…」

「…だからと言って、僕が君に好かれる保証は無い
だからね、特別に君の願いを何でも叶えてあげよう」

「何でも…」

「これでも必死なんだ、何せ初恋だからね
対価は言わずもがな…分かるだろう?」

「…私、意地悪な人は嫌いよ」

「…歩いても痛まない脚だって、陸での居場所だって、永遠に共に過ごす事だって
あの王子には与えられない物、全て叶えてあげよう」

「…そんなに、私の事が好き?」

「そうでなきゃ、こんな面倒な真似しないさ」

「はっきり言ってくれなきゃ嫌
私、失恋したばかりだもの…不安になってるのよ
…ねえ、私の事好き?」

「…君こそ意地の悪い性格をしているじゃないか」

「うふふ…だって嬉しいんだもの」

「嬉しい?おかしな事を言うね
我ながら狂った事をしている自覚はあるんだが」

「…あのね、あの人は私の事を綺麗って言ってくれたの
それはとっても嬉しかったし、望む言葉ではあったのだけど
…でもね、一度だって好きとは言ってくれなかった」

「…殺すかい?」

「良いの、そんな事しないで
私、今とっても幸せよ
だって、私だけを見てくれて、私だけに狂ってくれる人が居るんですもの
…ありがとう、私を好きになってくれて」

「…つまり、この契約を受け入れるという事で良いのかな?」

「うふふ…ええ、末永く宜しく御願いします」

「…相変わらず盲目な事だ
それでは…我が愛しの人魚姫
君の願いを言って御覧」

「…私の願いは、」


…そんな遣り取りから数年後
とある国で、一つの噂話が語られるようになりました

【森の奥深くにある塔、その頂上の小部屋
そこには世にも美しい娘が暮らしている
その歌声は小鳥よりも清らかで、その髪は絹よりも輝いている

…だが、惹かれる事勿れ

もし塔に侵入しようものなら、恐ろしい魔法使いにぺろりと食べられてしまうらしい】
…と

こうして、主人公唯一の敗者、人魚姫
悪役唯一の勝者、深海の魔法使い
二人の永遠に終わらない御伽噺が幕を開けたのです

…嗚呼、そうそう
某国の好色じみた馬鹿王子は、突然の大津波に呑まれ行方不明になったそうですよ
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