SCRAP

都槻郁稀

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本編 18.12 - 19.03

丘/636/随筆

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 今日までの人生で、鮮明に残っているエピソードが1つ。心の奥底に眠っているそれは、私の人格を形成する一要素だろう。もし、それが記憶から消え去ったなら ── 。

 小学生低学年の頃。1年間弱の時間を北関東、両毛地域の田舎で過ごした。ローンの残った戸建てを手放した。安アパートの裏にあった丘には、大きなケヤキが根を下ろし、その周りには十数本の低木があった。
 初夏、移り住んで半年がたった頃。北の地平線の縁に雲が少し見えるが、頭上には青い空が広がっていた日。決して忘れることのできないあの日に、私は丘に向かった。既に下草がその頃の私の膝にまで迫っていた。その匂いに子供特有の冒険心がくすぐられ、軽い足取りだったのも覚えている。
 葉を茂らせたケヤキの幹の傍には、一人の子供がいた。同年代の、白い英字の入った緑のシャツにジーンズ、麦わら帽といった夏らしい格好をした女の子だ。
 彼女は読みかけの分厚い本を閉じ、私に差し出した。私は素直に受け取った。彼女は私に笑いかけ、唐突に空を見上げた。彼女につられて私も空を仰いだ。生い茂ったケヤキの葉の隙間から日光が目に届き、目の前が明るくなった。
 倒れていた。そのケヤキの下に。ゆっくりと目を開けると、葉の隙間から青い空が見えた。右手にはあの厚い本があった。

 一昨年だったか。夏休みを使ってもう1度その地を訪ねた。丘は都市開発で潰れていて、ケヤキもなくなっていた。物を無くす癖のある私は、大切な本の所在さえも分からなくなっていた。

 以来私は、ずっと彼女を探している。
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