SCRAP

都槻郁稀

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本編 20.04 - 21.03

秋:Livermore/𝟒𝟗𝟓𝟎

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 秋が来た。毎日のように西から東へ風の吹くこの国でも、それなりに季節の変化を感じられるらしい。学校では13月から半年間、冬学期が始まる。秋入学の俺について言えば、高等課程が始まる新しい時期だ。
 この国に学校と言われる機関は唯一つ。国の中央部に中・高等課程の校舎が、各所に分校と呼ばれる初等課程の校舎がある。南大通りに店を構える魔術具職人の家で育った俺は、働いて金を返すと言う条件付きで進学を選んだ。中等とは違い全寮制。もちろん専門分野なので、学費もかなり高い。それでも魔術学部を選んだのは、“魔法”を学びたいという、一つの目的のためだった。

 学ぶには学校に行くしかない。広いとは言えない国土の中に、教育機関は一つだけ。文学、法学、経済学に始まり、工学、商学、社会学、理学、医学、魔術学まで。他にもあるが、何を学ぶにもここに通う他はない。

 魔術学部・魔法学科。数年前に突然に消滅し、この秋突然に復活した研究科だ。少なくとも、入ってしまえば消滅しても研究はさせてもらえる。ならば、やるしかあるまい。

 と、まあ、大体こんな理由で俺は、学校の正門をくぐり抜けた。まず初めに事務部に向かって手続きを済ませる。例にもれず二人部屋。それからスーツケースをマギクロから降ろして部屋に向かった。彼と邂逅したのはその時だ。ドアの前で鍵を出そうとモタモタしていると、後ろから

「俺に用事か?」

と。自分の部屋の前で立ち止まっていればそう思うのが当然か、と勝手に納得しながら問を重ねる。

「もしかして、君、この部屋の?」
「ああ。……郵便屋、じゃねぇよな」
「今日から同室。よろしく」
「おう、よろしく」

彼はウィリアム・レイ・クロウリーと名乗った。偶然にもギヴンネームが一緒で、そこから話が弾んだ。聞けば彼もつい昨日入ったらしく、午後は挨拶ついでに敷地内を回ることにした。

 日が暮れ、夜が明け、翌日。13月の1日、即ち、入学式だ。
 眠気を押し殺して学校長祝辞と来賓祝辞を乗り切り、ホームルームが始まった。学校長がサングラスを外さないのには理由があるのか? 場所はC棟、13教室。つまり、担任はスゴイということだ。

 という予想に反して、現れた人物は若かった。最初は助手かとも思ったが、彼女、アリス・クレヴァリーは自分で講師と名乗った。彼女のクラスには、生徒は俺を含めて6人。秋入学とはいえ、他のクラスが少なくても15人を超えることを考えると、かなり少ない。

「今度はお面?」

と隣でリズ、もといエリザベス・マーシャ・リミントンがぼやく。事実、ウィルと二人の男子を挟んで俺の左に立つ人物は民俗的な模様の入った面をつけていた。つけるな、なんて規則はないし、制服も制帽も着ているので、先生からは何も言えない、と思う。現に、気にしつつも見すぎないように話を続けている。

「ところで、オ=ヴァネットさん」
「ソフィアです。そっちは姓の代わりの集落名です」
「……ソフィアさん、そのお面、何?」

『それ訊くんだ』

心の声が一致したのは間違いない。リズなんて声に出てた。

「未成年は集落外の人間に顔を見せてはならない決まりですので」
「……そう。学校から許可は?」
「下りてます。それが何か」
「その、魔力が漏れてて酔いそうなので、何とかして欲しいな、と」

『そっちかよ』

心の声が一致したのは間違いない。リズなんて声に出てた。

「対策しておきます」

「……それと最後に。私の魔力は粗くて強い。つまり、魔法によって暴走する危険が大いにある。その時は助手に殺してくれるよう頼んでいるが……。……、留意しておいてほしい。じゃ、解散」

何だその間は! 怖いって!

 6年間、計12期ある高等課程でも、魔術学部ではさらに前後で分けられる。まず3年間、希望した研究室を参考に、各教員に割り当てられた「クラス」に入って基礎を学ぶ。次に、研究室に入り専門的な研究をする。後期では授業もなく、研究室に入り浸ることになるそうだ。要約すれば、これからの3年間は研究への準備期間、ということらしい。
 魔法学科にあるのはクレヴァリー研究室ただ一つ。研究室には3年間、連続で在籍する必要があるので、ここにいる先輩は3人全員が7回生だ。一人は、研究室に入るためだけに半年間休学したらしいけど。

 先輩たちからここまで聞いたところでウィルが戻ってきた。同時に席を立ち、来たほうへ向かう。

 B棟1階ホールと教室は目と鼻の先だった。徒歩で1分もかからない。ノックをして名乗る。やや間があって、返事がした。先生の声じゃなく、若い男の声だった。ドアを開けると、両袖机の前に置かれたソファの片方に、先生が座っていた。面談の前半については、特筆すべきことは無かった。雑談に始まり、雑談に終わった感覚だ。問題は、後半だ。フィリップと呼ばれた助手が部屋に防音魔術を施し、先程より少し低い声で俺に問うた。

「君の左腕について話がある」

 どうやら、相手は俺の事情を見抜いているらしい。


 それから5日経ち、初めての休日が訪れた。ウィル達と別れ、リズを後ろに乗せてマギクロのエンジンをかける。右脚で鉛直アクセルペダルを踏み込むと、フローターとリフトシステムが唸り出し、ゆっくりと浮上を始める。ボタンを押しながら高度維持レバーを左手で引き上げ、さらに姿勢コントロールをセミオートからオートに切り替える。同時に設置用の車輪を格納し、パイロットスイッチの点灯を確認してから、ハンドルの左を握る。そのままクラッチレバーを握り込み、左足でチェンジペダルを跳ね上げる。
 地上十数センチを這うように滑り出していたマギクロは、ようやく押されるように自走を始めた。対地速度計を確認しながらアクセルグリップを捻り、クラッチを握ってペダルを跳ね上げ、ギアをセカンドに入れた。二人とフローターだけの荷台を連れたマギクロは、南大通りの長い坂をゆっくりと下っていった。

 リズと俺は、いわゆる「幼馴染」の関係にある。彼女は向かって右にある鍛冶屋の娘だ。彫刻や装飾もやるウチにとっては、そのベースを作ってくれるお得意様でお隣さん。家族ぐるみの付き合いもある。

 彼女を店の前で降ろし、高度を上げてマギクロを二階の車庫に収める。高度維持レバーを押し倒してマニュアルに設定し、さらにDOWNに入れて鉛直ブレーキペダルを離す。ゆっくりと車体が下がり、出しておいた車輪でランディングして止まる。エンジンを切ると同時に低周波音が消え、別の音が耳に流れ込む。
 二つの大通りの喧騒、道路から響く低いホーンと高い警笛、路面電車の走る音。フルフェイスを外して屋内に繋がるドアを開ける。防音工事を施した建物でもこの騒がしさは防ぎきれず、染み込むように部屋の中を満たしていた。

「ただいま」
「おかえり、エド」

母は台所で手を動かしながら答えた。店が営業中だったので、父は下にいる。そこに姉夫婦が居なければ、帰ってくるまで待とう。
 昼飯時だからか、客は一人。従業員が対応中だ。工房のドアを開け、図面を凝視する父に言う。

「ただいま。上がってこいって母さんが」
「おかえり。悪いがしばらく無理だ。持ってきてくれ」
「分かった」

ドアを閉め、カウンター奥の階段から二階へ戻ろうとしたとき、「ねぇ」と、声をかけられた。それは先程の客で、熱い視線で俺を刺しながらこう問う。

「さっきのマギクロ、君が運転してたのか?」
「え?……はい」

「フルマニュアルだよな?!」
「一応……」

「何処で手に入れた?!」

聞くところによると、あのマギクロ――魔導浮遊機――を見て店に駆け込んだらしい。俺に話を聞くために。
 マギクロの主要なメーカーはフェニックスとクロリル・クラムの二つ。そのどちらもが、数十年前にフルマニュアル操作の生産を終了している。手に入れられたとしてもかなり古く、実用には耐えられ……この話やめよう。
 要約すれば、俺が乗ってきたのは簡単には手に入れられないタイプのマギクロだ、と言うことだ。もちろん、市販品じゃない。古いものを買っても飾るしか使い道がないからだ。というか高い。

「作りました」

「は? 作った?」
「ええ、設計から。知人に協力してもらった部分は多いですけど」

「君は……何者なんだ?」

「まず、自分から名乗ったらどうです」
「それもそうだな。失礼した。私はクリストファー・オルグレンだ。『学校』の工学部で教鞭をとっている」

と、名刺を差し出す。俺はそれを受け取ったポーズのまま固まった。まさか……まさかこんな簡単に教員に出くわすとは。

「俺は……ここのせがれで、高等課程の一回生です。名前は、エドワード・リヴァーモア」

「……所属は?」
「魔術学部、魔法学科です」

「クレヴァリー……」

教授は、俺の腰に下げられた中折れ帽に視線を落とした。学校に制服は無く、代わりにバッジが贈られる。俺はそれを、帽子につけて携帯していた。

「なぁ」

と、オルグレン教授が何かを言いかけたとき、電話が着信音を知らせるベルを響かせた。さっきの従業員は休憩していいと合図したのでもういない。父は作業中だ。俺が取るしかない。

「すみません」

と、さらに言葉を遮り、電話を取る。内容は、先々月に閉店した近所の魔術具屋の代わりに、杖の定期メンテナンスをしてほしいというものだった。詳細をメモし、ボードに貼り付ける。

「それで、何から」
「いや、一つ。制御回路は誰に? 物理入力と魔導エンジンを対応させるのは簡単な事じゃないだろう」
「それは自分で組みました」
「詳しく聞きたい。後で私の研究室に来てくれ」


しばらくして入って来たのは、異彩を放つ長杖を背負った大男だ。

「電話したエリス=ギルベルトだが」
「顧客名簿は預かってます。定期メンテナンスですね」
「変な代物だが、頼めるかな」
「ええ。お預かりします」

彼はその長杖を、鞘ごとカウンターの上に置く。それから、腰に下げていたらしい短いものを二つ。どれも一端に刃が付いていて、片手剣、或いは薙刀のようにも扱えるらしかった。

「なるほど、ローマイアーさんが好きそうなものですね」

 彼は、自分でも作る傍ら、こういった変わり種を好んで集めていた。それを中心に店で買い取りまでするほどだった。閉店したあと、そのコレクションがどうなったのかは知らないが、多分、あんまり良い扱いはされていないだろう。
 専用の器具で杖を分解し、清掃し、必要があれば部品の交換をする。これをしないと回路の摩耗や詰まり、魔術の発動不良が起こる。最悪、爆発して怪我を……いや、死ぬことだって有りうる話だ。だから、最低でも年4回、6ヶ月毎に、メンテナンスをしなきゃならない。そして、その仕事は作り手、魔術具職人に回ってくる。俺だって、組み立てよりも先にメンテナンスを覚えさせられたくらいだ。

「なんで閉店したか、聞いてないかな」

と、ギルベルトさんは言った。丁度長い方が終わったところだ。俺はそれを鞘に収め、返しながら答えた。

「亡くなったんです」
「え」
「よくある事故ですよ。普通なら、悪くても大怪我で済みます。今回は、本当に運が悪かったとしか……」

二つ目に手を伸ばして付け加える。
 適正にメンテナンスやチューニングをしなければ危険なように、魔道具の加工や製造もまた、危険を伴う。何なら、今この瞬間に後ろで何かが起こるかもしれない。触れてはいけない、混ぜてはいけない。危険な組み合わせや動作は、いくらでもその部屋にある。工房が頑強にできているのも、被害を拡大させない為にほかならない。それだけこの職業は危険で、けれど必要とされている。

「はい、終わりました」

杖なのか剣なのか、よくわからない武器を返し、札と小銭を数える。領収書にサインをして、ノートに詳細を書き込んだ。さて、

「暇になったな」

誰もいないフロアの中に呟きが消えていく。背後では旋盤で削るような音と、魔術式を刻んでいるだろう、低く響くような音が交互に鳴っている。昔から聞いてきた音の中に心を沈める。

 平穏な日常がいつ終わるか、なんて誰にもわからない。職人はただ、その可能性がほんの少し大きいだけだ。明日には、今日にも、この瞬間にでも、崩れるかもしれない日常を、俺たちは生きている。一瞬の中を流れるように変わる世界の中で、ただ変わらないふりをし続けられる俺たちは、幸福なのかもしれない。
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