SCRAP

都槻郁稀

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本編 20.04 - 21.03

秋:Ravenscroft/𝟐𝟔𝟔𝟖

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 秋が来た。待ちに待った秋だ。数年前に突然消えた魔法学科が突然現れたのだ。唯一の研究室、クレヴァリー研究室に所属する学生は、7回生の3人のみ。うち一人は、半年間の休学を経て、無理やりに学年を下げたらしい。

 魔法はかつて、禁忌だった。神聖かつ不可侵な、神の能力だ。未だ真偽の怪しい歴史書によれば、過去2回、魔王討伐の為に使用されたという。一回目では人に神の裁きが下り、二回目では赦されたそうだ。なぜなのか、と問うと、助手のフィリップと名乗るクレヴァリー先生の使い魔曰く、

「人が神を裁いたから、だれも人を裁けなくなった」

らしい。変な話だ。


おはようございます、と扉を開けると、先生と自称助手の他に3人、見慣れない人間が中にいた。いや、人間じゃない。気配が違う。異質な存在だ、と身体が、右腕に刻まれた契約印が叫ぶ。俺の異変に振り返るジェイクもよそに、動けないままでいた。過敏になった聴覚が次に捉えたのは、後ろからの「あの」という呼びかけだった。

「あの、入れないんですけど」

声の主はエドワード・リヴァーモアだ。彼は一瞬で俺を正気に引き戻すと、ドアを閉めた。

「来たか」

と白髪の少年が言った。読みかけの本を机に置き、「見せてもらおう」と続ける。それに応じてエドは半裸になり、その背中に刻まれたものを晒した。場所は、内容は違うが、見覚えのある記号群。己が右腕にあるものと同じ……、

「契約印――」

気がつけば、声に出ていた。

「お前もか」

次に発したのは紅髪の少女。同時に複数の視線が自分に集まり、また、動けなくなる。感覚が研ぎ澄まされ、呼吸音や脈音すら鬱陶しくなる。

止めてやれ、と、自称助手が言った途端、それは切れた糸のように失くなった。巧妙に気配を隠しているが、彼らよりも助手が格上なのは明らかだ。ようやく息をして一歩下がった瞬間、少年、と呼ぶ声にまた拘束される。少女はその瞳の真正面に俺を捉えたまま、こう続けた。

「こいつの中に引き籠もってる精霊を引きずり出したい」

おい、と呼び止める少年の制止も聞かず、少女は席を立ってこちらへ歩いてくる。まるでセリフを用意していたかのようにスラスラと話してみせて、

「聞かせてくれ。君ならどうする?」

と締める。聞いてわかるほどに脈動は速くなり、生存本能が思考を焦らせ、記憶を荒らす。結果、俺の脳は、素頓狂な答えを弾き出した。

「契約印に干渉する……とか?」

って、アホか?!
アホなのか俺は!
下手に干渉すれば命が無いぞ!

彼女は一瞬だけ反応を遅らせ、そして哄笑した。

「面白い。つまり……こういうことか?」

唐突に右手をとり、その印の中心に口付けをする。直後、腕全体が、いや、腕に絡みついた契約印が、熱を帯び始めた。俺と、そこに宿る精霊の魔力が逆立ち、侵入してきた異物に抗う。それより熱い魔力が腕を、身体を満たしてゆき、燃え滾る炎のように魔力と魔力が渦巻いて抵抗する。緻密な印が焼き切れるほど熱を帯び、魔力を運ぶ血管が押し破られるほど脈動が強くなる。熱い。熱い。熱い!

「失礼。やりすぎた」

熱が引く。腕に残る違和感が押し出されるのを感じながら、息を整える。魔素を補給しようと呼吸は深く速くなり、魔素から魔力を合成しようと、別の熱さが体の芯に纏わりつく。

「まあ、いい運動には――」
「殺す気か! ふざけんなよシエル!」

気がつけば彼女の胸ぐらを掴んでいた。あれ、何で名前……と、ここで気がつく。俺の身体は今、乗っ取られている。

「なんだ、君か。熱に耐性があるわけだ」
「お前の熱に耐性もクソもあるか。こいつ死ぬぞ」
「少年、聞こえるか」
「はい」

喚くカルサを引っ込めて、身体の主導権を掴む。同時に、彼女の胸ぐらを離した。

「すみません」
「いや、いい。あのアホに絡まれるのは慣れてるよ」

自身を軽く扱う口調にカルサはキレる。しかし、その怒鳴り声は俺の頭をガンガン鳴らすだけで、口を動かすに至らない。ていうか煩いから黙れ。

 ――我が盟友よ、顕現せよ。█████。

契約印が淡く光り、魔法を組んで召喚陣を構成していく。明滅する粒子が俺たちの周辺に集まり、カルサの身体を縁取っていく。同時に、別の魔術を編んで、次を発動する。
 少しの後、カルサは、俺と背中合わせの状態で両腕を縛られていた。

「おいガキ! 解け!」
「無理。うるさい」

縛られたままの俺そっくりの使い魔と、軽くいなす俺。集中する人とその他の視線には、いつの間にか慣れてしまっていた。講師と助手、見た目はガキな使い魔が二人。この状況をさも当然かのように見る普通の青年が一人。

「少年、君ならどう見る?」

白髪はその目で契約印――エドの背中を刺しながら問いかける。そこには、俺の右腕とは別物の、古代書式で書かれた文字が列をなしていた。それだけなら、強い契約だと納得できる。しかし、コレには漠然とした不自然さが漂っていた。それを引き剥がすキッカケになったのは、降って湧いたような一つの問だった。

「これ、“一つ”なんですか?」

また、視線が集まる。今度は一人分少ない。クレヴァリー先生は雑誌からエドへ視線を移して質問を重ねた。

「契約したのは、義手を動かすためなんだよね?」
「……はい」
「いつ?」

2年前。その答えに、青年を除く四人は顔を見合わせた。それから知らない単語を使って意見を交わした結果、「多重契約」という解をはじき出す。曰く、元々身に降りていた精霊を無視して新たに契約したため、契約印が不完全になっているらしい。
 左腕の代わりについている義手に視線を向ける。青銅色と赤銅色の二種類の金属を組み合わせた上腕と、磨かれたアダマンタイトのような肘関節、ミスリルと思しき前腕には、緻密な模様が刻まれている。

「ありがとう。準備ができたらまた連絡する」

聞こえないくらい小さい声量で返事をすると、エドは背中と腕に縫い付けられた魔術文字をシャツとアームカバーと手袋で隠し、部屋を去った。

「ハリスさん」

と、次に青年を呼ぶ声が飛ぶ。

「用意していただきたいものがある、と学校長に。詳細は後ほど」
「はい」

「ハル。しばらくリヴァーモアの監視を」
「は~い」

ハリス、次にハルと呼ばれた少年が部屋を出る。さらにシエルを呼び、ドアノブに手をかけたところで先生は振り返った。

「エドガー・レイヴンズクロフト。君には後で話がある」

同じように抑揚のない声で名を呼ぶ。部屋に入ったとき以上の緊張が身体を駆け回る。

「エディ!」

それを破ったのはカルサだった。両の手足を縛られ床に転がったまま、解け、と視線を送っている。何だその顔。ムカつく。

「しばらく反省してろ」
「何を?!」
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