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第1章 水の研究者、異世界へ
第18話 復讐対象 1人目
エルフの王国は俺たちがいた国から南西の方角にあるらしい。コロッセオ統治者からこの世界の大まかな地図と、この国周辺の詳細な地図を貰い、それを頼りに馬に揺られながらのんびり道を進んでいく。
高校生たちのことが心配だが、急いだところで何とかなるわけじゃない。彼らに神の加護があることを信じて、俺は自分のできることをやっていこう。
ミーナという可愛くて頼もしい仲間がいるから、この旅を楽しみたくもある。せっかく異世界に来ているんだ。苦しいこと、辛いことはもう一通り経験した。それを乗り切った俺たちには、旅を楽しむというご褒美があっても良いだろう。
「ん? トール、どうしたニャ?」
こんなに可愛い猫獣人の女の子とふたりで旅ができるなんて幸せだと、ミーナの横顔を眺めていたら俺の視線に気づかれた。
「特になんてことないけど……、ミーナが可愛いなって」
「えへへ。ありがとニャ」
彼女は手綱を操作してこちらの方に寄ってくると、馬に乗ったまま俺の頬にキスをしてきた。
「トールはウチのこと、可愛いってたくさん言ってくれるから好きニャ」
「事実だからね。それより馬に乗りながらとか、器用なことするなぁ」
この世界って犬系と猫系、それから熊系の獣人がいるけど、草食動物の獣人──例えば馬獣人みたいなのはいないらしい。そして獣人は人族とも子を作れるほど身体のつくりが似ていて、“ヒト”という表現で一括りにされる。獣人が馬に乗るのはいたって普通のことのようだ。
「ウチら猫獣人は短距離なら馬より早く走れるニャ。でもそんなに長い時間は走れないし、長距離をのんびり移動する時とかは馬に乗るニャ」
この世界の一般的な移動方法は馬か船。内陸に住むことの多い獣人は馬に乗って移動することが多いらしく、幼い頃から馬に乗る訓練をするそうだ。
「そう言えばトール、馬車にしなくて良かったのかニャ? こうして移動してるけど、異世界人って馬に乗れない人も多いって聞くニャ」
「母方の実家が牧場をやってたんだ。俺も小さい頃から馬に乗ってた。あと、この子が俺の指示にしっかり従ってくれるから大丈夫」
現代人ってほとんど馬に乗らないもんな。いきなり異世界に飛ばされて、馬に乗らなきゃならないってなったら焦ると思う。ただ、コロッセオ統治者のオッサンから貰ったこの子はほんとに良く訓練されているようで、俺の意図通りに動いてくれる。この子なら初乗馬の異世界人であっても、ゆっくり移動する分には問題ないだろう。
コロッセオ統治者は馬車も用意してくれると言った。その方が荷物も乗るし、移動も安定する。だけど問題もある。
「馬車だと機動力が無いし、出来るだけ身軽の方が動きやすいかなって」
エルフの王国までの道中には村や町がいくつか存在している。最後の街からミスティナスの国境までは少し距離が離れるが、馬に乗せられる食料だけで十分だろうと判断した。
身軽になるのを選択した理由だが、ヒトや魔物の襲撃を懸念したからだ。用意してもらった馬車が一頭立てだったから、襲撃や故障で馬車が使えなくなればその後の移動が困難になる。
「確かにウチら、結構襲われてるからニャ」
コロッセオの街を出てからまだ半日も経っていないのに、俺たちは4回襲撃されている。2回が魔物で、残り2回が人族の暗殺者による襲撃だった。
「うん。馬車だったら死角も増える」
「トールの魔法なら馬車でも守れそうだけどニャ。毎回ウチが動く間もなく瞬殺してて凄すぎニャ」
襲ってくる奴は問答無用で殺している。街にいた時から何度も襲われたせいで、命を奪わないという甘えた考えはしないようになった。どうせ生かして捕らえたって暗殺の指示を出した黒幕を教えてくれないし、逃げたところで彼らは元仲間に殺されるだろう。俺たちを食おうと襲ってくる魔物について言えば、殺さない理由がない。
命を奪うことに関する罪悪感がどんどん薄れている気がする。ミーナが俺の行為を咎めることもない。襲われたなら殺して良い。そうしなければこっちが死ぬだけ。ここはそんな世界だってこと。
ミーナと会話しながら進んでいき、そろそろ野営の場所を探そうと思い始めた時。
「מה זה בן אדם」
ひとりの冒険者らしき男が森の中から出てきた。ライトアーマーを纏ったその冒険者に、俺は見覚えがあった。
「אתה, באותא ?מן」
どうやら彼も俺のことを覚えているようだ。
「トールの知り合いかニャ?」
「うーん。まぁ、そんなとこ」
俺にはこの世界で復讐したい存在が3人がいる。そのうちひとりが彼だ。俺を騙して奴隷商に売りやがった男。でもこいつがいなければ、ミーナと出会えなかったかもしれない。そう考えると、殺したいほど憎いってわけじゃない。
コイツとほぼ同列に怨んでたのが奴隷商。そして最後の復讐対象はコロッセオで俺に自殺を考えさせるほど折檻してくれた興行師だ。興行師だけは絶対に殺すと心に決めている。
「この人、俺を騙して奴隷にしたんだ」
「……は?」
ミーナから殺気が漏れる。
それで馬が怯えていた。
「お、落ち着けって。コイツがいなけりゃ、俺はミーナと出会えなかったんだから」
「まぁ、トールがそう言うなら」
彼女から発せられていた殺意が消えた。でもそれを感じ取っていなかった奴が、消えかかっていた殺意の炎に油を注ぐ。
「האם העבדים בריהרבה」
今の俺が言葉を少しなら理解できると気づいていないようだ。ミーナも俺と会話しているから、異世界人だとでも思っているのだろうか?
「היא התחייבה פעם אחת──」
魔法でぶっ飛ばしてやろうと口を開いた時、俺の詠唱より早く男が吹き飛んで行った。いつの間にか馬から降りていたミーナが、全力で彼を殴りつけたんだ。
さすがに自分を犯そうとしている男に対しては容赦ないな。冒険者はミーナの顔の傷を見て傷物と表現したが、それも許せなかったみたい。
「トールを売る? そんなこと、ウチが絶対にさせないニャ」
「もしかして俺のために怒ってくれた?」
「もちろんニャ」
ミーナがキレたポイントが俺のためだと知って、少し嬉しくなる。
「ウチに触れて良いのはトールだけ。お前なんか殴るために拳が触れるのでも汚らわしいニャ」
拳を服で拭いながら、吹き飛んだ先で木に激突して倒れている冒険者の元まで歩んでいくミーナ。彼女が冒険者をとても冷たい目で見降ろしたまま俺に尋ねてきた。
「コイツ、ここで殺しておこうニャ。他人を騙して奴隷にするクソ野郎だニャ。生かしておいても被害者が増えるだけニャ」
冒険者はまだかろうじて生きていた。その身に纏っていたライトアーマーは粉々に砕けている。獣人の怒りの一撃、恐るべし。
ミーナが俺のために怒ってくれたこと。そしてボロ雑巾のように横たわる一人目の復讐対象を見て、俺は満足していた。
「こんな奴のためにミーナが手を汚す必要はない。でもコイツを生かしておく理由もないから、止めはこの森に任せよう」
回復して逃げられては困る。そこで水魔法を発動し、冒険者の足の腱を切っておく。ついでにアイテムの類は全て回収させてもらった。ミーナに聞いたが、この周辺に薬草は生えていないそうだ。
「ほんとに殺さなくていいのかニャ?」
「場合によっては俺たちに殺されるよりひどい目に合うんじゃないかな」
彼が業運の持ち主なら、優しい人が助けてくれるだろう。ちょっと運が良ければ、悪人に見つかって俺のように奴隷として売られるかもしれない。でもその場合も生きていられるからマシな方だ。
運が悪ければ魔物に襲われるだろう。冒険者として狩ってきた魔物相手に抵抗することができず殺される。こうなってくれるのが一番かな。血の匂いに敏感な魔物が寄ってくるよう、彼の血を周囲に散りばめておく。
「それじゃ、さよなら」
ミーナに殴られたダメージがでかすぎて、ほとんど身動きできない様子の冒険者が必死に手をこちらへ伸ばして何か訴えている。
その時、何かが高速で近づいてきている気配がした。この森で見かけたのは俺が初めて戦った一角兎と、鹿のような魔物。それから全身の毛が真っ黒な狼の魔物だ。俺たちはここに来るまで2回その狼の魔物に襲われている。
凶暴で、血の匂いに敏感な肉食魔物だ。
ここにいたら危ない。
俺たちは急いで馬に乗り、その場から離脱した。
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