夜明けの冒険譚

葉月

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第2章 魔王軍四天王 リベルタ

第十七話

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「な、んで……ラルフ…。」

 俺は想像したこともなかった事態に困惑した。
 どうしてラルフが俺を刺す? ラルフが俺を殺そうとした? いや、それならもっと急所を狙うはず。俺はラルフにとって隙だらけだったはずだ。なら、なんで? 俺は何を見逃した……?
 考えても答えは出ない。

「ラルフ……?」

 呼び掛けても、ラルフは一切俺のほうを見ようとしない。

 そのとき、我に返ったシエルがカード型の魔法を俺とラルフの間に飛ばし、割り込む。

「何をしているのですか!? 離れてください!」

 それに気づいたラルフが、小刀から手を離して後ずさる。
 改めて感じる脇腹からの激痛に、俺は剣の支えだけでは耐えきれず膝をつく。

「アルバ様!」

 シエルが俺に駆け寄り、俺を支える。
 ラルフは俯いたまま、自身の手を眺めているようだった。
 さっきから、彼の表情が見えない。ラルフが何を考えているのか、さっぱりわからない……。

「どうして…ラルフ。」

 ようやく俺の声が届いたかのように、彼がピクリと反応する。
 その後、彼は手を強く握り、………そして、顔を上げて笑い出す。

「クックッ……アッハハハハハハハハハ! どうして? そんなの簡単じゃないか。」

 そう言って、ラルフは俺の前で初めて目蓋を開く。
 彼の瞳は、だった。

「ラルフ……お前」
「そうだよ。僕は人間じゃない。」

 そうして、ラルフは空中を飛び、城の扉の上空に浮いてこちらを見下ろす。
 俺はなんとか痛みを堪えながら、彼のほうへと振り返る。ラルフから目を離さないように。

「改めて自己紹介をしよう。僕は魔王軍四天王の1人、リベルタ。君達の討伐目標は、この僕だよ。」
「……アルバ様。」
「…ラルフ」
「ラルフじゃない。僕はリベルタだ。」

 彼はそう、冷たく言い放つ。

「……どうして、俺達を……俺を、裏切ったんだ。」
「裏切ったんじゃない。昔から、僕は魔王軍の一員として、君に近づいた。……人間の情報を魔王軍に流す、スパイとして。」
「本当に? 俺達が初めて出会ったときから…何も知らない子供の頃に一緒に遊んだあのときから、スパイとして動いていたのか? ……俺達は親友じゃなかったのか?」

 少しの沈黙後、彼は言う。

「………今はそんなことどうだっていい! アルバ、勘違いしているようだから言うよ。ラルフは……君の親友は、もうここにはいないんだ。」
「なっ…あなた」
「よせ、シエル。」
「ですが……。」

 俺はシエルに首を振る。
 それを見て、シエルは口を閉じ、下を向く。

 例えラルフが本当にずっとスパイとして振る舞ってきたのだとしても、長年ずっと一緒にいたのだから、親友として俺にだけわかることがある……と思う。
 長年、冒険の仲間として、そして幼い頃一緒に遊んだ親友として彼と過ごしていても、彼が魔王軍の1人だと気づけなかった俺がそう信じるのはおかしな話かもしれない。
 それでも、俺だけがわかる、シエルは気づいていなくて、そして、たぶん彼自身も気づいていないこと。
 彼の心は、さっきからずっと苦しんでいる。ラルフじゃないと言ったとき、俺と親友じゃないと言ったとき、彼は彼自身の言葉に傷ついていた。

「そう……もう、どうだっていいんだよ。」

 ほら、今もだ。

「さぁ、勇者。遊戯ゲームをしよう。」

 リベルタは不敵な笑みで俺達にそう言って、手を挙げる。
 すると、俺達の上空にたくさんの小さな穴と、そこから矢が現れる。

「君達が無事に生きて、僕のところまで辿り着けるのか。僕は、この城の最上階の部屋で、君達を待ってるよ。」

 そのあと、リベルタが『テレポート』と唱えるのが見えた。
 俺は彼を止めようと咄嗟に大声で叫んだが、刺された部分が激しく痛む。

「っ待て! ラルフ! …っ、ぐっ。」
「さあ、遊戯開始ゲームスタートだ。」

 リベルタがそう言ったのと同時に手を振り下ろして、彼は消える。
 そして、リベルタが用意した矢が一斉に地面へと勢いよく落下する。
 矢は、もちろん、俺達のところにも落ちてくるので、シエルが頭上に大きな長方形の『バリア』を展開した。
 すると、次々と落ちてくる頭上の矢は『バリア』に触れると弾けて無くなる。
 ちゃんと防げている…そう思ったとき

「…っ危ない!!」

 数本の矢が『バリア』をすり抜け、シエルのもとへ落ちてくる。
 それを見た俺は痛みを堪え、シエルを掴み、引っ張って助ける。
 それでも、まだまだいくつかの矢が『バリア』をすり抜けているのを見て、シエルが言う。

「どうして、すり抜けて…………一旦退きましょう。」
「あぁ……っだが…。」

 シエルは俺を支えながら、早足で城から離れたところにある森のほうへ向かう。
 俺はシエルに連れていかれながら、顔だけ振り返り、城のほうを見る。刺された脇腹だけでなく、心もひどく痛みだしている。
 俺は…今、あいつを置いていくことしかできないのだ。……あいつを、独りに…。
 彼は今、何を考えているのだろう。
 彼が苦しんでいることは確かにわかるのに、彼が今何を考えているのか……何もわからない…………。
 俺は、後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、ただ引き下がることしかできないのだった。



 矢の雨から逃れ、森の茂みをぬけ、ようやく、木の陰に座り込んで、剣を置いて休む。
 そして、シエルは俺から離れ、俺の正面に座る。

「…っぐ。」
「アルバ様!」

 まずは、今も脇腹に刺さっているこの小刀をどうにかしなければ。
 俺は小刀に手を掛ける。しかし…

「止血したとして、動けるのか……?」
「アルバ様、私に任せてください。」

 そうして、シエルは傷口に手をかざす。

「えっ? シエル、一体何を?」
「『ヒール』」
「えっ。それって」

 シエルの手から黄緑色のカード型の魔法が現れ、傷口に染み込んでいく。
 すると、自然と小刀が抜けていき、痛みがひいていく。
 そして、小刀が完全に抜け、傷口もすっかり治ってしまった。

「この魔法って」
「はい、ヒール……回復魔法です。以前、本で学びました」
「なっ。」

 魔法に縁の無い俺でもこの魔法について知っている。
 ヒール含め回復魔法というものは、極一部の人にしか使えない貴重な魔法だ。特に、四肢の欠損も治せるような回復魔法を使える魔法使いは、国から厳重な保護を受けるのだ。
 シエルがどのくらいまで使えるのかはわからないが、それでも俺の刺し傷を完治できるのはかなりすごい。
 すごいからこそ、もし他人に知られてしまえば悪人に狙われ、利用されかねない。
 俺は口もとに人差し指を当て、微笑んで言う。

「シエル、このことは俺との秘密な。緊急事態以外、他の人には見せちゃだめだぞ。お前の身を、守るために。」
「はい、承知しました。」

 どうやって習得したのか、どんな本を読んだのか、気になるところだが今は置いておこう。
 とりあえず、傷はなんとかなったのだ。俺は剣を持って立ち上がる。
 今、一番重要なのはリベルタの……ラルフのことである。

「ラルフ、なんで。」
「アルバ様……。」

 どうして、ラルフは何も言ってくれなかったのだろう。どうして、俺は何も気づけなかったのだろう。どうして…。
 今となってはもう遅い後悔が頭の中を巡る。

 そして、俺は、あの日のことを…ラルフと初めて出会った日のことを思い出していた。


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