夜明けの冒険譚

葉月

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第2章 魔王軍四天王 リベルタ

第二十二話

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 僕は、魔族の父と人間の母から生まれた。
 父さん、ガラルは前魔王に仕えていた魔王軍四天王の一人だった。弓の達人で、僕が幼い頃、たくさん稽古をつけてもらったよ。
 人間のことが、父さんは大好きで、魔族には珍しく人間と仲良くなろうと努力する人だった。
 え? ガラルは戦場の鬼で冷酷無慈悲な魔族だと聞いた? 
 うーん、敵には容赦ないけど、味方には甘かったみたいだよ。

 それで、ある日、あの城の近くにあった人間の村が野獣に襲われたんだけど、それを父さんが助けたらしい。
 そこから、父さんと村の人々の交流が始まって、父さんも何度も訪れるようになったそうだよ。
 ある意味、村の守護者みたいになってたみたいで……。村からの懇願で、前勇者に二度と人間を傷つけないという誓いの代わりに命は見逃されたって聞いた。

 そして、あるとき、その村にいた1人の女性に一目惚れをした。それが僕の母さん、フローラだった。
 母さんはたくさんの魔法が使える魔術師で、瘴気が一切効かない、珍しい体質をもった人だった。
 国に仕える魔術師になれるぐらいの実力があったのに、ずっと村に残って誰かのためを一番に考えて行動する優しい人だった。
 父さんはそう言ったところに惚れたんだろうね。

 そんな父さんと母さんが愛し合って、生まれたのが僕だよ。
 僕は父さんと母さんに愛されていた。
 父さんは僕に弓の稽古をつけてくれて、母さんは僕に魔法を教えてくれた。
 僕が、混血の影響か、魔族が当たり前に出せる瘴気が出せないとわかったときも、戸惑いはすれど受け止めて慰めてくれた。
 そして、人間の国でも問題なく暮らして行けるようにと生きる術を教えてくれた。昔やってた『心眼』の特訓はその1つだよ。
 それで、僕ももちろん、母さんが生まれた村に行くことがあった。村の子供たちと遊んでこいと言われたけれど、どうにも馴染めなくて……。
 母さんに言って、森に遊びに行って、そこで手から滑った木の枝がイノシシに当たって、逃げて。
 その先で僕は、ある1人の少年に助けられたんだ。

 ……この先は君も知ってるよね?
 僕がこれから話すのは、君が知る話のもっと先の話だよ。



◇◇◇



 声のきこえるほうへ、ぼくは走る。
 母さんの姿が見えたところで、目に巻いていたほうたいを外しながらすすむ。
 このほうたいは、まりょくをおさえる力があるって、母さんが言ってた。人間の前ではこれをつけて、眼が見えないふりをしなさい、赤い目をかくしなさいって言われた。
 そのほうたいを、目の周りではなく手にもって母さんにだきついた。

「ただいま!!」
「まあ! おかえり、リベルタ。こんなところまで、一体どこに行っていたの?」

 母さんにきかれて、初めてできた友だちのことを思い出す。

「あのね、ぼく、お友だちができたの! となりの村の子でね、ぼくと同い年の子! その子のひみつきちであそんでた!」
「ふふ、それはよかったわね。」

 母さんはぼくをだっこして秘密基地とは反対のほうへ歩いていく。

「その子のお名前はなんていうの?」
「え? ……あっ、きくのわすれた…。」
「名前は教えたの?」
「おしえてない……。」
「あらあら。」

 母さんはほほえんでるけど、ぼくはおおあわてである。

「ど、どうしよう!?」
「慌てなくても、次会ったときに聞けばいいのよ。」
「そ、そっか。」

 名前はなんていうんだろう?
 そう思うと、次に会うのがとてもたのしみになってきた。

 おうちにかえったあと、晩ごはんのときに父さんにもこの話をした。
 晩ごはんのあとも、父さんと母さんがぼくの話をしていたみたいだけど、なんでだろう?

 その、なんで? の答えは、ねておきたあとの朝にわかった。
 朝ごはんを食べようと、食堂に来たぼくに、父さんはしゃがんで目線を合わせて言う。

「リベルタ、昨日、人間のお友達が出来たと言っていただろう? その子に名前を教えるときは……いや、今後、母さんの村の人間以外の人間には、ラルフと名乗りなさい。」
「…なんで? リベルタぼくの名前はダメなの?」
「ごめんな。……お前の未来の為なんだ。」

 その後、なんでなんでと何度もきいても、大きくなったらわかると言われてしまった。
 同じ部屋にいた母さんはかなしそうな顔をしていた。
 なんだよ、大きくなったらって。でも、父さんが言うんだから、きっと、正しいことなんだ。

 何日か後、ぼくはまたあの子と会って、名前はアルバなのだとおしえてもらった。
 人間アルバの前で、ぼくはラルフになった。



 それから、何度もアルバと遊んだ。
 本当の名前をおしえられないことは残念だったけど、それを吹き飛ばしてしまうくらいに彼と遊ぶのはとても楽しかった。
 そして、今日は母さんの村に行く日。だけどあいさつだけなので、実質彼と遊ぶ日でもある。
 今日は何をするのかな? 何をしてあそぼうかな?
 父さんと母さんに連れられながら、そう思ってたんだけど、今日はいつもと違った。
 いつも最初に会うのは村長さんだけなのに、今日は他にも人がいた。

「本日もようこそお越しくださいました。今日は他にもお客様がいらっしゃっていましてね。」
「初めまして。この人間の国で文官として勤めているリチャードと言います。貴方が、ここの村を守ってくれている魔族の方でしょうか?」
「…ああ、そうだ。」
「色々お話したいことがありますので、ささ、こちらへ。」

 父さんが村長さんにすすめられて、3人で村長さんの家に向かう。
 リチャードさんは、ずっと笑顔でニコニコしてるけど、なんだろう、すごく怖い。
 ぼくと母さんもついていこうとしたのだけど、止められてしまった。

「フローラ。」
「お父さん、どうしたの?」
「フローラとリベルタはこちらへ来なさい。」
「え?」
「少し話がある。」

 有無も言わせず、ぼくと母さんはお祖父さんの家に連れていかれた。
 ぼくは離れないように、ギュッと母さんの手を握りしめる。

「フローラ、今すぐその子をこちらに引き渡してくれないか? そうすれば、お前だけは見逃してやれる。」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。」

 お祖父さんはそう言って、かべにあった剣を取って抜く。
 そして、扉から剣を持ったむらびとが入ってくる。

「私達は奴らに騙されていたんだ! あの忌々しい魔族の偽善者と汚らわしい血を引く魔族の子を粛清せねばならん!」
「騙すだなんて、そんなことしていないわ! あの人もこの子も汚らわしくなんかない!」
「それがお前の答えか、親不孝者、いや、人間の裏切り者め。」

 母さんが『バリア』と唱えて、ぼくを抱きしめてかばう。頭をなでて、大丈夫って言ってくれた。
 まほうで、むらびとたちは近づけないらしい。

「怯むな! 無理矢理叩き割れ!」
「皆、突然どうしてしまったの!? どうしてこんな…」

 むらびとたちは、とってもこわい顔でにらんでいるし、母さんはむらびとたちに必死に呼びかけている。
 なんで…? お祖父さんはときどきお菓子をくれて遊んでくれたのに。あの人もあの人もあの人も、笑ってくれてたはずなのに。
 そのとき、扉がバンッと音を立てて開いた。

「フローラ、ラルフ! 無事か!?」
「父さん…!」
「よかった…。今すぐ逃げるぞ。」

 父さんはたくさんのまほうの矢を出して、むらびとたちを怖がらせて動けないようにしていた。そして、母さんの手を引いて走る。
 ぼくは母さんにだっこされていた。
 ふと、後ろから声がする。

「恐れることはありません。奴は勇者様の封印で、人間に危害を加えることができません。怯まず、始末するのです。」

 それは、さっきのリチャードさんの声だった。


 村から出て森に入っても、むらびとたちは追ってくる。
 そのとき、父さんがぼくたちの後ろに立った。

「ここからずっと真っ直ぐ進めば、小屋に着く。昔、君と過ごした、あの隠れ家だよ。先に行って待っててくれ。」
「そんな、足止めなら私が」
「ダメだ。君と君の故郷の人達を争わせるわけにはいかない。」
「でも…!」
「フローラ。リベルタのこと、頼んだよ。」

 そう言って、父さんはぼくの頭をなでてくれる。

「父さん…?」
「リベルタ。母さんのところで良い子でいるんだぞ。」
「どこ行くの…父さん?」
「どこにも行かないさ。必ず帰るから。」

 父さんがふりかえって、はなれていく。

「さあ、行け!」

 母さんもふりかえって、父さんからはなれていく。

「父さん……?」
「見たらダメよ。」

 見えなくなるまで、ずっと父さんを見ていようとしたけれど、母さんに頭をおさえられて母さんの肩で見えなくなる。
 むらびとたちの大きな声が遠ざかっていく。

 いつしか、母さんの泣き声しか聞こえなくなっていた。



 しばらくして、小屋に着く。
 少しだけ、ほこりをかぶっていたけれど、掃除をすればなんとかなりそうだ。
 母さんの手伝いをしていたら、お日さまがいなくなってしまった。

「ねえねえ、父さんはまだかなぁ?」
「そうね……気長に待ちましょうね。」
「うん…」

 不安だけど、眠気には勝てなくて、母さんと一緒に眠る。

 突然変わった日々の生活に、母さんの手伝いをしながらすごす。

 でも……どれだけ待っても父さんがぼくたちのもとへ帰ってくることはなかった。





 今日も、父さんに教えてもらった得意の弓矢で、生きるために必要な分の動物を狩る。
 あれから数年が経って、僕は昔より出来ることが増えた。そして、幼い頃は知らなかった、人間と魔族の戦争のこと、僕はこの世で生きづらい存在であることを知った。
 母さんが最近ずっと風邪気味なのが心配だけど、母さんのためにも僕が頑張らなければならない。
 そうして、僕は遊ぶ暇が無いぐらい毎日狩りに行ったり、薪を集めて割ったりしていた。
 ……そういえば、アルバはどうしているだろう? 別れも言えずに離れてしまったから、もし今も待っているのならとても悪いことをしたと思う。会いに行くにはここからは遠すぎる。また会いたいなあ。
 寂しくても、僕は母さんと過ごす忙しいけどちょっぴり幸せなこの日々が好きだ。こんな日々がこれからも続けばいいと……そう、思っていたのに。

 また、突然のことだった。
 冬の頃、暖を取るための薪を集めに少し遠くに行って、たくさん持って、帰ろうとしたときだ。

 あれ、血の匂い…? 小屋の方角から……

 まさかと思い、走って帰る。
 そうしたら、小屋の扉が蹴破られて壊れているのが見えた。
 急いで中に入れば、転がっていたのは数人の魔族の死体だった。格好から強盗か、山賊と思われる者達だ。そして、魔法で戦ったと思われる部屋の惨状がある。

「母さん!!」

 奥に行けば、母さんが血を流して倒れていた。

「母さん! 母さん!!」
「リ…ベルタ…。」

 視界が涙で滲む。
 僕は必死に母さんの手を握る。

「ごめんね…、貴方を一人にしてしまって…。」

 いやだ。なんで…?
 母さんまで父さんみたいにいなくならないでよ…。

「…一つだけ、約束したいことがあるの。」
「…なに?」

 母さんが僕の頭を撫でて言う。

「────────────────────────────から…、だから、どうか、生きて…。」

 母さんの瞳が閉じて、頭を撫でていた手が落ちる。

「……母さん? 母さん!!」

 溢れる涙を止めることは出来なかった。

 なんで、父さんも母さんも殺されたの…? 僕のことを愛してくれて、あんなにも優しかったのに……なんで? なんで死ななくちゃいけなかったの?
 父さんを殺したのは、醜い人間だ。母さんを殺したのは醜い魔族だ。人間なんか嫌いだ。魔族なんか嫌いだ。みんなみんな……。あれ…? じゃあ、僕は……? 魔族の血も人間の血も両方引く僕は一体どれほど醜いのだろう?

 恨みは一瞬で消え失せた。復讐する気なんて起きなかった。
 何もする気が起きなかった。

 消えたいな……あぁ、でも生きなきゃ。

 そこから、なんとか母さんの墓を作って、ただただ蹲っていた。
 生きるのに必要最低限なことをして、そこにいた。


 ある日、後ろから足音がした。

「なぜ、人間がこんなところに……。」

 目を開けて、声がしたほうへ振り返る。
 腰に剣を携えた、一人の赤目の男が立っていた。

「は? 人間じゃない……? 君、まさか混血か?」

 質問には答えず、再び蹲る。

「この墓は、一体誰の…?」

 無視をする。

「…ガラルという名に覚えは?」
「…え………父さん…?」

 再び振り返る。

「父さんって……、まさか君はガラルの息子か。どうりでどこか面影があるわけだ。ということは、そのお墓は…。」

 その男は、目を閉じ、母さんのお墓に祈ってから、しゃがみこんで僕に言う。

「どうして、ここで蹲っていたんだ?」
「することがないから。生きる以外することがない。」
「そうか……。信じられないかもしれないが、私はガラルのちょっとした知り合いでな。」

 本当だろうか? 少なくとも、僕は父さんがこの男と一緒にいるところを見たことがない。僕が生まれる前の付き合いだと言われたら、それまでではあるが。
 男は、僕に手を差しのべて言う。

「君のことを頼まれているんだ。…もしよかったら、私と共に来ないか?」

 特にすることもなく、やりたいこともなく、生きられるならそれ以外どうでもいいと、そう思って誘いに乗った。






 数年が経って、あのときよりも随分と大きくなった頃。
 僕は、人間と魔族の国境にある森に来ていた。
 魔王様の命令で、僕は人間の国に潜り込んで情報を集めてこいと言われた。いわゆるスパイというものだ。
 人間の国かぁ。人間といえば、アルバは今どうしてるんだろう。また会いたいなぁ。覚えてくれてるといいな。潜入している内にどうにか探して会いに行きたい。
 魔王様の命令にしても、アルバとの再会にしても、まずは人間の国に入り込まなければならない。
 この辺で熊の魔物が暴れているとの情報をもらって、その被害者のふりをしてどさくさに紛れて侵入しようという魂胆だったんだけど……。

「確実に怪しまれるよねぇ…。」

 木の実だったり、動物を狩ったりで人が少しはいるだろうとふんでいたんだけど、人の気配を全く感じない。討伐に来たであろう冒険者を除いてだけどね。
 それに加え、思っていたよりも魔物が狂暴すぎる。演技のために死にかけるのはなぁ……痛いの嫌だし。

 いっそ被害者のふりじゃなくて、この森の深くでひっそりと狩りをして暮らしてました、のほうが安全で怪しまれないのでは…!?
 それに、あの熊、肉付きがよくて、ちょっと美味しそうだし……。よし、そうしよう。

 そうと決まれば早速準備だ。
 別に弓矢ですぐに狩れるけど、強すぎて人間に危険人物認定受けるの嫌だし、できればあの冒険者達が気づくぐらいの大きな音をたてたい。
 少しひらけた場所に、魔法で落とし穴を設置する。これぐらいの大きさなら入るかな。

 僕は熊の前まで走って、姿を現す。

「くまさーん、こっちにおいでー……って、危な!?」

 熊の手が突如、僕を目掛けて振り上げられて、咄嗟に避ける。ちょっと離れててよかったー。もうちょっと近づいてたら普通に怪我してたな。
 魔物がきちんとついてきてるか確認しながら、落とし穴のあるほうまで走る。
 そして、落とし穴の手前で、魔法で跳躍して、木の上に避難する。
 勢いのまま進んだ熊はそのまま、

ドスン

 と、地響きを鳴らしながら穴に落ちた。完璧じゃん。
 暴れられては困るので、そのまま僕は弓矢で急所を射貫いた。

「やったー! 今日は熊鍋かな。」

 死んだのを確認してから、穴のそばに着地する。
 あっ、捌く道具持ってない。どうしよう。とりあえず、矢だけ抜いとくか。
 そうして、矢を回収しているときだった。

「お前……。」

 背後から、懐かしい声が聞こえた。
 思わず、振り返る。

「えっ……。」

 そこには、僕がまた会いたいと願っていたあいつが立っている。
 いずれ会いに行くつもりだったとはいえ、こんな早い再会になるとは。

「もしかして、アルバ?」

 僕の声に彼も驚く。

「まさか、ラルフか?」

 その再会は、必然だった。





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