古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

文字の大きさ
39 / 100

第一人者

しおりを挟む
 執政官であるコルネリウスとセンプローニウスは家族との再会もつかの間、元老院に直行して事の次第を報告する義務を負っていた。元老院に向かう父に付き添いながら、プブリウスとラエリウスも歩調を合わせた。
 元老院の議長は本来、一方の執政官が務めるのが慣例だが、今回は元老院議員の第一人者であるクィントゥス・ファビウス・マクシムスがその壇上に登った。第一人者とは、三百人程で構成される元老院議員の中で最も権威ある者のことで、言わば元老院の長と言ってよい。これまで幾人もの執政官を輩出してきた名門ファビウス一門の筆頭であるマクシムスは五十八歳、執政官に就くこと二回、北イタリアでのガリア人との戦いで勝利を収めた戦歴も輝かしく、まさに第一人者としての風格を持ち合わせていた。
 緊張した面持ちで講堂の中央に立ったコルネリウスとセンプローニウスは、ファビウスの悲痛な面持ちに改めて敗戦の責任を感じていたに違いなかった。
「お集まりの元老院議員諸君よ、すでにローマ本土北方で行われたカルタゴとの戦いの結末を知らぬ者はいないであろう。
 今日、カルタゴ軍と戦った者たちがローマに帰ってきたが、その数は半分にも満たない。多くの市民の血が流れ、多くが帰らぬ人となった。今も捕虜として苦難の日々を過ごしている者たちも大勢いるだろう。この度の戦いで、どれほどの犠牲者が出たのかはまだ正確にはわからないが、まずは死んでいった者たち対して哀悼の意を捧げようではないか」
 ファビウスはそう言って目を閉じた。講堂にいる者もそれに倣う。
「家族や友人、恋人を亡くした者たちの悲しみと怒りは想像できよう。私は今回の責任の所存をはっきりさせておく必要があると思うが、皆はどうであろう」
 答えを聞く必要などなかった。元老院は殺気立った雰囲気でファビウスの次の言葉を黙って待っている。
 講堂の中央付近には元老院議員が座り、その周りを傍聴する市民が取り囲んでいる。プブリウスとラエリウスは講堂の隅でファビウスの言葉を聞いていた。
 父に敗戦の責任などあるはずがない。ハンニバル相手では誰でも同じ結果になっていたに違いない。プブリウスは両手の拳を強く握りしめ、いつもよりも小さく見える父の背中をじっと見つめていた。
 ローマでは、執政官は敗戦の責任を問われない。これは毎年のように変わる執政官にいかんなく戦場で采配を振ってもらうための配慮であり、敗戦の責任で罰せられた者が平民出身者であれば平民から、貴族出身者であれば貴族からの不満が高まり、国が一致団結しなければならないときに平民と貴族とが無用な対立をするのを防止する狙いもあった。そのため、コルネリウスとセンプローニウスが今回の敗戦の責任を負って罰せられることはなかったが、責任を負わされないというだけで、責任の所存がうやむやにされるわけではなかった。ここで、コルネリウスがこれまでに築き上げてきた名声を大きく失うことになれば、コルネリウス一門やスキピオ家の失墜につながる恐れもある。もっとも、プブリウスが心配するのは父のことだけであり、一門や家のことなどどうでもよかった。ただ、最善を尽くしてきた父の努力が報われてほしいと思うだけだった。
「まずはコルネリウス殿だが、マッシリアでのカルタゴ軍捜索から始まり、カルタゴ軍のアルプス山脈越えに迅速に対応してみせたのは評価できる。二個軍団をグナエウス殿に託してヒスパニア攻略を維持したのも適切であった。ティキヌス川では敗戦したが、橋を破壊することで敵の追撃を振り切り、被害を最小限に抑えたのにも一定の評価を与えてよいだろう。敵が非常に高い騎兵戦力を有していると予測できておれば言うことはなかったが、そのことだけでコルネリウス殿を無能だとするのはいかがなものだろうか。
 その後、適切な場所に陣営を築き、援軍を待つといった判断も決して悪いものではない。援軍到着後もその地での冬営を主張し、カルタゴ軍との即時開戦を否定していたとも聞く。
 元老院議員諸君、どうであろうか。コルネリウス殿には兵を率いてヒスパニアに行ってもらい、兄のグナエウス殿と協力してヒスパニアのカルタゴ勢力に対処してもらうというのは。コルネリウス殿ならきっと我々の期待に応えてくれると思うのだが」
 プブリウスは胸を撫で下ろし、父の偉大さを再確認するとともにファビウスの見識の高さにも尊敬の眼差し向けた。
 ファビウスが下したコルネリウスの処遇に対して反対する者もいたが少数で、大勢がファビウスを、コルネリウスを支持した。コルネリウスは執政官と同じように兵を指揮できる前執政官に任命され、すぐさま名誉挽回の機会が与えられたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

処理中です...