古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

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電光石火

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 ローマ軍は翌朝、時間が惜しいとばかりに攻城戦を開始した。カルト・ハダシュトの守備兵は四千だったが、敵の攻撃が東側の一方しかないため、これで十分間に合った。完全封鎖のために外の味方に救援を乞うことはできなくても、カルタゴ三軍がローマ軍の動向を掴んでいないはずはなく、いずれは救援に来る。敵の攻撃を十日程しのげばよく、高い城壁がカルト・ハダシュトの守備兵に余裕を持たせた。
 午前中の戦いでも、ローマ軍にさしたる成果があったとは思えなかった。カルト・ハダシュトでは早くも安堵の声があがるほどだった。本拠地を叩くなど無謀としか言いようがないと、敵が油断するのもプブリウスの狙いであった。
 昼の休憩を挟み、再びローマ軍の攻撃が始まった。カルト・ハダシュトの守備兵は高い城壁を利用して難なく攻撃を受け切った。しかし、ローマ軍の士気は高く、彼らは城壁から落とされても倒されても、執拗に攻撃を続けた。守備兵は東側に全員が集められ、彼らにしても必死に対抗しなければならなかった。それほどローマ軍の攻撃は熾烈だった。
 押し返しても押し返しても城壁に押し寄せるローマ軍相手に、高低差を利用して攻撃を加えるカルタゴ守備兵。息つく暇さえない攻防が続く。何度目かのローマ軍の猛攻をしのいだ刹那、彼らは信じられない光景に我が目を疑った。
 どこから現れたのか、ローマ軍が城壁の内側から湧いて出てきたのだ。異変に気づいた守備兵の一人が叫び声をあげるより早く、ローマ兵によって切り倒された。次々と味方がローマ兵に倒されていく。
 混乱の中、外側からも城壁を超えてきたローマ兵が突入してきた。カルタゴ守備軍は内と外から挟まれ、数でもとても太刀打ちができずに降参する他なかった。
 捕らえられたカルタゴ守備兵は、皆がまるで狐につままれたような顔をしていた。難攻不落とさえ謳われたカルト・ハダシュトは、二十六歳の若き司令官プブリウス・コルネリウス・スキピオに僅か一日で白旗を揚げたのである。まさに電光石火の攻略劇であった。
 マルケルスはシュラクサイを陥落した際、兵士らに三日間の略奪を許した。しかし、司令官スキピオはこの古来より戦争の勝者が持つ絶対の権利を、自軍の兵士らに与えなかった。本来なら兵士らから不満の声があがるだろうが、兵士らは何と言ってもスキピオ信者である。不満どころか、彼の言葉は神の啓示とばかりに受け止める者たちばかりだった。もっとも、このカルト・ハダシュトを一日で攻略したことは奇跡としか言いようがなく、スキピオへの信仰は益々高まったと言えよう。また、ハンニバルがしたように、敵の降伏を認めずに惨殺することもなかった。守備兵は捕虜となったが、扱いは一般市民と同等に扱われた。
 スキピオは都市の略奪は認めなかったが、住民に財産をローマ軍に納めるよう命令した。但し、生活に必要な財産は求めず、あくまでも余剰分やカルタゴ軍の軍資金、武器武具などに限定した。
 遠く離れたローマからの援助は期待できなかったが、カルト・ハダシュトを得たことで多額の軍資金と武器武具を獲得したのだ。ヒスパニアを攻略する上での最大の障壁を早くも乗り越えたと言える。スキピオがカルト・ハダシュトを第一の標的にしたのは、まさにこのためであった。ここまでは全てがタラゴナでスキピオとラエリウス、ニーケーが立てた作戦通りになったと言える。
 陥落の日から五日後に、タラゴナからニーケーが到着した。
「到着が早過ぎないか。これではこちらの急使がタラゴナに到着する前に出発したことになる。いやそれどころか、陥落前にタラゴナを出発したことにならないか」
 スキピオは不思議に思い、そのことをニーケーに質した。
「計画通りならカルト・ハダシュトは一日で落ちます。行軍や攻城戦に何か不備があった可能性を考慮しまして、今回の到着日となりました。自分では最善を尽くしたつもりです。早い分には問題ないと判断しました。それに、出発を遅らせた分だけ、カルタゴ三軍に捕獲される可能性が高くなります」
 ニーケーの凄いところは、自分で考えて行動できるところだ。スキピオは彼女の判断の正しさを認めた。戦後処理でニーケーを必要としていた矢先でもあり、予定よりも早い彼女の到着にスキピオは頬を緩めた。
 カルト・ハダシュトを占領した後については、勿論事前に検討していた。しかし、いくら検討を重ねても机上の空論でしかない。人の心や行動は何がきっかけで変化するかは予想が難しい。ここでの戦後処理はこれからの戦いの行方を左右する最重要課題とスキピオは位置づけていた。戦勝報告のために、ラエリウスを海路でローマに向かわせていた。相談できる側近もなく、不安の渦中にあっただけに、ニーケーの到着はとても心強かった。そして、彼女の到着はこの地を迅速に統制するのに大いに役立つだろう。
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