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ヌミディア王
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スキピオは大地を埋め尽くすほどに横たわる屍の多さに眉を寄せたが、ここでは感傷に浸らなかった。軍を整備して、
「シファチェを討つ。追撃せよ」
と、迅速に軍をヌミディア領に向けた。
先行したラエリウスとマシニッサの騎兵部隊は、この追撃戦で相当な敵を葬った。シファチェを取り逃がしたものの、大打撃を与えたのは間違いなかった。騎兵部隊に追いついたスキピオは前進を止めず、ヌミディアの首都キルタに向けて侵攻する。
シファチェはキルタで態勢を立て直して再び出陣するも、もはやローマ軍の敵ではなかった。戦いの中で馬を失ったヌミディア王は、呆気なくローマ軍の捕虜となった。
「捕虜となったヌミディア王を盾に、首都キルタを制圧せよ」
スキピオの命令が飛ぶ。ラエリウスとマシニッサは捕虜にしたシファチェを鎖に繋ぎ、降伏を勧告しながらヌミディア領内を突き進んだ。首都キルタも王が捕らわれたことを知り、抵抗することなくローマ軍の前に城門を開いた。
指導者を失ったヌミディアに、もはや抵抗するだけの力はない。首都キルタに入場したマシニッサは、自分がヌミディアの新たな王になったことを宣言した。
スキピオは元老院に戦勝報告の使者を送った。そして、マシニッサをヌミディアの王と認めることと、ヌミディア王国をローマの同盟国として承認して欲しいと打診する。
マシニッサはキルタ王宮でソフォニスバと再会した。父ギスコの意向でシファチェの妻となり、カルタゴを支援するように取り計らってきたが、それを彼女の責任だとするのは余りにも無情だろう。マシニッサはソフォニスバの手を取り、
「まだ、あなたを愛しています。私はあなたの父上とは敵対していますが、どうか私の妻になってほしい」
と、彼が戦場で見せる顔とはまるで違う、照れくさそうに不器用に笑顔を繕った顔で求婚を申し込んだ。まさか自分が許されるとは思いもしなかったソフォニスバは、彼の胸に顔を埋め、声を出して泣きじゃくった。彼女もまた、元許婚を変わらず愛していた。二人はすぐに結婚して夫婦になった。
スキピオはキルタから少し離れた場所に陣営地を築き、マシニッサに反対する勢力に無言の圧力をかけた。マシニッサはローマ軍の後ろ盾を背景に国内の平定を進めていく。
ローマからの使者が戻り、元老院の意向を確認したスキピオは、落胆の色が隠せなかった。大きなため息をつき、気持ちの整理をするのにしばらく時間が必要だった。
悩んでも仕方がないとはわかっていても、スキピオは悩んだ。これは決定事項であり、彼にはそれを変えるだけの力がないこともわかっている。元老院の言い分は当然であり、反抗するのは筋が通らないこともわかっている。スキピオは元老院に従うしかないし、結局は従うのだが、やるせない思いを振り切れるほど、彼は器用ではなかった。
「マシニッサには、私から申し上げましょうか」
ラエリウスが嫌な役目を代わってくれようとしたが、スキピオは首を振った。
スキピオに呼ばれたマシニッサが、ローマ陣営地にやってきた。スキピオはまずヌミディア国内の情勢を訊いた。
「大きな反乱もなく、まずは国内の平定が成ったと言える。我が一族を呼び、治世について皆で検討しているところだ。それに、早急にローマ軍に騎兵戦力を提供できるように、軍の編成と訓練を急がしている」
スキピオは黙って頷き、王として復権できたことに祝いの言葉を述べた。
「スキピオ殿には感謝している。この恩には必ず報いる故、今しばらく待っていただきたい。残念ながら今はまだ、ローマ軍に提供できるほどの戦力が国内にはないのだ」
スキピオはまた黙って頷くだけだったが、マシニッサがお暇を告げようとしたとき、ついに重い口を開いた。
「マシニッサ王、これはあなたの友人スキピオではなく、あくまでもローマの代表としてのスキピオの言葉だと思って聞いてください。ローマはあなたを新しいヌミディアの王として認め、ヌミディア王国の完全な独立も認めます。ローマはヌミディア王国の治世には一切干渉しない。ローマとヌミディア王国は対等な同盟国としてお互いを尊重しあいながら協力して国家の発展に努めていきましょう」
今度はマシニッサが無言で頷いた。表情は引き締まり、固い決意がうかがい知れた。スキピオはマシニッサの目をじっと見詰め、言葉を続けた。
「先の戦いでヌミディアに勝ったのはローマです。シファチェを捕らえたのもローマと言うことです。シファチェはローマと同盟していたにもかかわらず、私を裏切ってカルタゴについた罪でローマに護送します。シファチェが所有する物は全てローマの物になり、一緒にローマに送らなければなりません。それは、ソフォニスバも例外ではありません」
マシニッサの表情からは何も読み取れなかった。スキピオは我慢できずに、
「ここからは友人スキピオの言葉として聞いてください。友であるマシニッサ王の妻をローマに護送することなど私にはとてもできない」
マシニッサは無言のまま軽く会釈して、陣幕から退出した。翌日、マシニッサが妻に毒を渡して自害させたとの報告を受けたスキピオは、頭を抱えて泣いた。涙が止まらなかった。嗚咽が止まらなかった。苦しかった。そして、自分の非力さを恨んだ。
「シファチェを討つ。追撃せよ」
と、迅速に軍をヌミディア領に向けた。
先行したラエリウスとマシニッサの騎兵部隊は、この追撃戦で相当な敵を葬った。シファチェを取り逃がしたものの、大打撃を与えたのは間違いなかった。騎兵部隊に追いついたスキピオは前進を止めず、ヌミディアの首都キルタに向けて侵攻する。
シファチェはキルタで態勢を立て直して再び出陣するも、もはやローマ軍の敵ではなかった。戦いの中で馬を失ったヌミディア王は、呆気なくローマ軍の捕虜となった。
「捕虜となったヌミディア王を盾に、首都キルタを制圧せよ」
スキピオの命令が飛ぶ。ラエリウスとマシニッサは捕虜にしたシファチェを鎖に繋ぎ、降伏を勧告しながらヌミディア領内を突き進んだ。首都キルタも王が捕らわれたことを知り、抵抗することなくローマ軍の前に城門を開いた。
指導者を失ったヌミディアに、もはや抵抗するだけの力はない。首都キルタに入場したマシニッサは、自分がヌミディアの新たな王になったことを宣言した。
スキピオは元老院に戦勝報告の使者を送った。そして、マシニッサをヌミディアの王と認めることと、ヌミディア王国をローマの同盟国として承認して欲しいと打診する。
マシニッサはキルタ王宮でソフォニスバと再会した。父ギスコの意向でシファチェの妻となり、カルタゴを支援するように取り計らってきたが、それを彼女の責任だとするのは余りにも無情だろう。マシニッサはソフォニスバの手を取り、
「まだ、あなたを愛しています。私はあなたの父上とは敵対していますが、どうか私の妻になってほしい」
と、彼が戦場で見せる顔とはまるで違う、照れくさそうに不器用に笑顔を繕った顔で求婚を申し込んだ。まさか自分が許されるとは思いもしなかったソフォニスバは、彼の胸に顔を埋め、声を出して泣きじゃくった。彼女もまた、元許婚を変わらず愛していた。二人はすぐに結婚して夫婦になった。
スキピオはキルタから少し離れた場所に陣営地を築き、マシニッサに反対する勢力に無言の圧力をかけた。マシニッサはローマ軍の後ろ盾を背景に国内の平定を進めていく。
ローマからの使者が戻り、元老院の意向を確認したスキピオは、落胆の色が隠せなかった。大きなため息をつき、気持ちの整理をするのにしばらく時間が必要だった。
悩んでも仕方がないとはわかっていても、スキピオは悩んだ。これは決定事項であり、彼にはそれを変えるだけの力がないこともわかっている。元老院の言い分は当然であり、反抗するのは筋が通らないこともわかっている。スキピオは元老院に従うしかないし、結局は従うのだが、やるせない思いを振り切れるほど、彼は器用ではなかった。
「マシニッサには、私から申し上げましょうか」
ラエリウスが嫌な役目を代わってくれようとしたが、スキピオは首を振った。
スキピオに呼ばれたマシニッサが、ローマ陣営地にやってきた。スキピオはまずヌミディア国内の情勢を訊いた。
「大きな反乱もなく、まずは国内の平定が成ったと言える。我が一族を呼び、治世について皆で検討しているところだ。それに、早急にローマ軍に騎兵戦力を提供できるように、軍の編成と訓練を急がしている」
スキピオは黙って頷き、王として復権できたことに祝いの言葉を述べた。
「スキピオ殿には感謝している。この恩には必ず報いる故、今しばらく待っていただきたい。残念ながら今はまだ、ローマ軍に提供できるほどの戦力が国内にはないのだ」
スキピオはまた黙って頷くだけだったが、マシニッサがお暇を告げようとしたとき、ついに重い口を開いた。
「マシニッサ王、これはあなたの友人スキピオではなく、あくまでもローマの代表としてのスキピオの言葉だと思って聞いてください。ローマはあなたを新しいヌミディアの王として認め、ヌミディア王国の完全な独立も認めます。ローマはヌミディア王国の治世には一切干渉しない。ローマとヌミディア王国は対等な同盟国としてお互いを尊重しあいながら協力して国家の発展に努めていきましょう」
今度はマシニッサが無言で頷いた。表情は引き締まり、固い決意がうかがい知れた。スキピオはマシニッサの目をじっと見詰め、言葉を続けた。
「先の戦いでヌミディアに勝ったのはローマです。シファチェを捕らえたのもローマと言うことです。シファチェはローマと同盟していたにもかかわらず、私を裏切ってカルタゴについた罪でローマに護送します。シファチェが所有する物は全てローマの物になり、一緒にローマに送らなければなりません。それは、ソフォニスバも例外ではありません」
マシニッサの表情からは何も読み取れなかった。スキピオは我慢できずに、
「ここからは友人スキピオの言葉として聞いてください。友であるマシニッサ王の妻をローマに護送することなど私にはとてもできない」
マシニッサは無言のまま軽く会釈して、陣幕から退出した。翌日、マシニッサが妻に毒を渡して自害させたとの報告を受けたスキピオは、頭を抱えて泣いた。涙が止まらなかった。嗚咽が止まらなかった。苦しかった。そして、自分の非力さを恨んだ。
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