古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい

秀策

文字の大きさ
98 / 100

黒幕

しおりを挟む
 戦争が続いて得をするとは、どういうことだろうか。戦争は人や物、時間など多くの貴重なものを失う。戦争が利をもたらすなどとは到底思えない。
 ハンニバルが何を言いたいのかがわからなかった。スキピオは素直に、
「私にはあなたの言っていることがよくわかりません。できればお教え願いたいのですが」
 と、少しかしこまった。眼前に座る眼帯の男は少し間を置き、
「ティキヌス川での勝利は必然でした。元々あの場所でローマ軍を叩く算段だったのです。あれは偶然ではない。つまり、遭遇戦ではなかったのですよ。我々にはローマ軍と戦う準備があったのです。私はローマ軍の動きを正確に知っていたのですから。
 ヒスパニアからアルプス山脈に向かう際も、それは同じです。ティキヌス川での戦い後は、捕虜にした兵士らからもローマ軍の情報を仕入れていましたが、あの頃の私の情報源の中心はある男でした」
 無言で耳を傾けるスキピオに、ハンニバルの視線が一瞬優しくなったように感じた。
「私はあなたのことを随分前から知っていました。その男から、面白い青年がいると聞かされていたのです。その青年がまさか成長して私の前に立ちはだかるとは、考えもしませんでしたが」
 ――ハンニバルが私のことを知っていた。わたしの周辺にローマの情報をカルタゴ軍に流していた者がいた。ローマに裏切り者がいたということか。でも、なぜローマ人が。何のために。――復讐。祖国を恨んでいる者の仕業なのか。スキピオはハンニバルの言葉の意味を考えたが、明確な答えが見つからなかった。どういうことだろう。
 隻眼の男はスキピオが考える時間を十分に与え、そして自分の言葉がもたらす効果を楽しむようにゆっくりと口を開いた。
「私がサグントゥムの住民を奴隷として売り払った先は、マッシリアのグラエキア商人でした。その縁で彼は私のよい取引先になりました。私としてはよい手駒にしたつもりだったのですが、向こうも私を手駒にしていたのかもしれません」
 ――まさか。スキピオの脳裏にある人物が浮かび上がる。人懐っこいあの笑顔。常に慇懃な物腰。その裏に隠れる商人の打算的な顔。あり得ない話ではない。
「そのマッシリアのグラエキア商人とは、ピュテアスという者でしょうか」
 ハンニバルはゆっくりと頷いた。
「ピュテアスとはサグントゥムの一件からよい関係を保っていました。彼はローマ軍の陣容、司令官の性格、元老院の動向、ローマの政治についても詳しく教えてくれました。グラエキア人である彼なら、人を使って簡単にローマの情報を入手できたのでしょう。その情報が私の勝利を支えていたのは間違いありません。ただ、カンナエでの勝利の後、彼は私との関係を突然絶ちました。
 私が調べたところ、どうもあの男は私から離れて、今度はローマの実力者であるクィントゥス・ファビウス・マクシムスに接近し、我々の情報を提供していたようです。恐らくあの男はファビウスに、嘘の情報も織り交ぜて流したのではないかと考えています。つまり、我々が弱っているとでも吹き込み、講和への流れをあの男が阻止したのではないかと、今になって思えてくるのです」
「ローマとカルタゴの戦争が長引いて利を得るのは、商人だということでしょうか」
「いかにも。戦時では売買が盛んになる。食料も不足するでしょう。そう言ったところに目をつけて投資しておけば、利益は莫大になるに違いない」

 シリア王アンティオコス王との会談は和やかなものになったが、決定的に戦争を回避するまでには至らなかった。結局、この二年後にシリアはグラエキアに侵攻を開始したため、ローマは覇権国家として同盟しているグラエキアの諸都市のために軍を発することになる。その軍を率いるのは四十六歳のスキピオ・アフリカヌスであった。
 スキピオはこのシリア戦線で巧みな外交手腕を発揮する。マケドニアとの友好を深めたのを皮切りに、シリアの周辺諸国とも関係を作っていく。戦術家として優れた才能を発揮したスキピオは、大局的な戦略でも優れていることを示した。また、戦いにおいてもローマ軍は強かった。ローマ軍はスキピオがハンニバル戦争で用いていた戦術を継承しており、彼が病気で戦線から離脱しても、代わりの指揮官や将官、兵士らがそれをしっかりと実演した。その威力は正面からしか戦うことを知らないシリア軍には脅威となった。周辺諸国から孤立し、さらに会戦で敗北したシリアには、もう降伏する道しかなかった。ローマとシリアとのこの戦争は、スキピオの手腕によって三年ほどで終結する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

処理中です...