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平和への願い
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宴会が続く中、スキピオはニーケーだけを自室に引き入れた。彼女にどうしても確かめなくてはならないことがあった。気が進まず、忙しさを理由に先伸ばしにしてきたが、やはりどうしても確かめなくはいけないと、スキピオはついに決心した。今日を逃せばもう確かめる機会は訪れないかもしれないからだ。
「ニーケー、ピュテアスがハンニバルと通じていたのを知っていたのか」
ニーケーは目を丸くして驚き、何も知らないと答えた。その表情からは嘘を言っているようには見えなかった。
「それでは、カンナエでの戦いの後、ニーケーはピュテアスと一緒に私を訪れたが、そのときにピュテアスはファビウス殿とも会っていたのを知っているか」
ニーケーは随分前のことなのでと前置きしたうえで、しばらく記憶をさかのぼっていたが、
「ファビウス殿かはわかりませんが、そう言えば有力者の誰かと取引をすると言っていたようにも思いますが、申しわけありません。記憶が定かではないので、はっきりとは申し上げることができません」
ピュテアスはニーケーには何も告げずに事を運んでいたようだった。確かにニーケーが自分を騙したり、隠し事をしたりすることは考えにくい。だが、ピュテアスはどうか。スキピオはカンナエでの戦いの後、満面の笑みで自分の無事を喜んでくれたピュテアスの顔を思い出していた。あれはピュテアスの本心に違いない。だが、ハンニバルに情報を売るため、マッシリアで自分たちに近づいたというのは、恐らく正しい。スキピオが情報を商売にできないかとピュテアスに提案した際、彼の表情は冴えなかった。それは、図星だったからだろう。遠い昔のことだが、ピュテアスとの出会いは鮮明に覚えている。
「ニーケー、ピュテアスと話がしたいんだが、その段取りをお願いできないか」
ニーケーは俯き、少し間を開けてから、
「父が何かを企み、それが人道的に外れていたというのであれば、父に代わって私がお詫びをします」
スキピオが全てを話さずとも、勘のよい彼女は理解していた。それは、父ならそれぐらいのことをしても不思議ではないということでもあった。
「謝って欲しいわけではないんだよ。ただ、私は知りたいだけなんだ」
「申しわけありません。父には会わせられませんので、私が責任を持ってお調べします」
「どうして」
「父ピュテアスは、昨年病気により他界しております」
ピュテアスが亡くなった――。年齢を考えれば不思議ではない。スキピオはニーケーに、今の話は忘れるよう伝えた。死んだ人間の過去を暴いたところで、得る物は何もないからだ。それに、もう終わったことでもある。
翌日、スキピオは家族だけを連れて別荘のあるリテルノにひっそりと出発した。ローマから離れた田舎で、家族と静かに余生を送るためだ。権力にしがみつく気のないスキピオは、裁判の件を理由にあっさりと政界から引退したのだ。
争いのない世界にするために、自分は精一杯努力してきた。スキピオにはその自負があるが、悔いがなかったと言えば嘘になる。ただ、一人で成せることは所詮たかがしれているとも思う。
己の利益のために他者の不幸を顧みない者がいるのは残念だが、未来には希望があると彼は思いたかった。
人間は学ぶことができる。いつの日か、戦争のない世界になることを期待して――。
四年後、病を患ったスキピオは家族に見守られて静かにこの世を去った。享年五十二歳であった。奇しくもこの年、ハンニバルも六十四歳でその生涯を終えている。
完
「ニーケー、ピュテアスがハンニバルと通じていたのを知っていたのか」
ニーケーは目を丸くして驚き、何も知らないと答えた。その表情からは嘘を言っているようには見えなかった。
「それでは、カンナエでの戦いの後、ニーケーはピュテアスと一緒に私を訪れたが、そのときにピュテアスはファビウス殿とも会っていたのを知っているか」
ニーケーは随分前のことなのでと前置きしたうえで、しばらく記憶をさかのぼっていたが、
「ファビウス殿かはわかりませんが、そう言えば有力者の誰かと取引をすると言っていたようにも思いますが、申しわけありません。記憶が定かではないので、はっきりとは申し上げることができません」
ピュテアスはニーケーには何も告げずに事を運んでいたようだった。確かにニーケーが自分を騙したり、隠し事をしたりすることは考えにくい。だが、ピュテアスはどうか。スキピオはカンナエでの戦いの後、満面の笑みで自分の無事を喜んでくれたピュテアスの顔を思い出していた。あれはピュテアスの本心に違いない。だが、ハンニバルに情報を売るため、マッシリアで自分たちに近づいたというのは、恐らく正しい。スキピオが情報を商売にできないかとピュテアスに提案した際、彼の表情は冴えなかった。それは、図星だったからだろう。遠い昔のことだが、ピュテアスとの出会いは鮮明に覚えている。
「ニーケー、ピュテアスと話がしたいんだが、その段取りをお願いできないか」
ニーケーは俯き、少し間を開けてから、
「父が何かを企み、それが人道的に外れていたというのであれば、父に代わって私がお詫びをします」
スキピオが全てを話さずとも、勘のよい彼女は理解していた。それは、父ならそれぐらいのことをしても不思議ではないということでもあった。
「謝って欲しいわけではないんだよ。ただ、私は知りたいだけなんだ」
「申しわけありません。父には会わせられませんので、私が責任を持ってお調べします」
「どうして」
「父ピュテアスは、昨年病気により他界しております」
ピュテアスが亡くなった――。年齢を考えれば不思議ではない。スキピオはニーケーに、今の話は忘れるよう伝えた。死んだ人間の過去を暴いたところで、得る物は何もないからだ。それに、もう終わったことでもある。
翌日、スキピオは家族だけを連れて別荘のあるリテルノにひっそりと出発した。ローマから離れた田舎で、家族と静かに余生を送るためだ。権力にしがみつく気のないスキピオは、裁判の件を理由にあっさりと政界から引退したのだ。
争いのない世界にするために、自分は精一杯努力してきた。スキピオにはその自負があるが、悔いがなかったと言えば嘘になる。ただ、一人で成せることは所詮たかがしれているとも思う。
己の利益のために他者の不幸を顧みない者がいるのは残念だが、未来には希望があると彼は思いたかった。
人間は学ぶことができる。いつの日か、戦争のない世界になることを期待して――。
四年後、病を患ったスキピオは家族に見守られて静かにこの世を去った。享年五十二歳であった。奇しくもこの年、ハンニバルも六十四歳でその生涯を終えている。
完
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