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第1幕:ホーンド街のゴブリン襲撃事件と生け贄伝承
プロローグ:ミミック♀になりまして
しおりを挟む真夏のうだるような熱帯夜、24度の強風設定にした六畳間にエアコンが僅かな悲鳴を上げながら部屋を冷却していた。
「ふんふふーん♪」
そこに部屋の主である、箱見 佑はワイシャツを脱ぎ捨てネクタイを振りほどきながら部屋へと足を踏み入れる。小さい頃から地域伝承が好きで趣味が古今東西の伝承や伝説の収集であり、それが高じて東里大学で民話や伝承を専門に研究している研究室で助教授を務めている箱見。今年で32歳になり、身体のあちこちに不調を感じながらも大学にて1日中パソコンに向き合って業務をこなしていた。そして疲れ果てて身体を半ば引き摺りながら、ポケットからスマートフォンを充電器に差し込むと手に持った手提げの紙袋から古本屋で見つけた古書を取り出す。
「いやー、まさか隣駅の近くにあんな穴場な古本屋があるなんてなぁ。今度、休みの日に時間を掛けて色々漁ってみるか」
箱見はそんなことを1人呟きながら本を持って部屋の一番奥に置かれた己の身長よりも高い棚に向かう。引き戸はガラスになっており、古本特有の汚れが背表紙にはついているものの埃一つない状態でぎっしりと本を所狭しと詰め込まれた重さのある棚が、目の前いっぱいに広がる。
「本当に民間伝承とか神話とか面白いなぁ。一度で良いから、そんな世界で伝承の検証とかしてみたいな」
そんな独り言をボソリとつぶやく。そして棚の鍵を空けて新しく購入した古書を棚へと入れようとした、そのとき。
「…ん?」
箱見は棚の中の本が微かに揺れ始めたことに気がついた。そしてその揺れはすぐさま大きなものになっていき、遂には棚自体が前後に大きく揺さぶられていく。
「あっ、あっ!?」
短い箱見の叫び声に覆い被さるようにして大きなガラスの割れる音が辺りへと響き渡った。
箱見は逃げる間もなく、仰向けの状態で棚に押し潰される。咄嗟に逃げだそうと己を潰す落ちてきた本と棚をなんとか動かせる右手で動かそうとするが、棚は微かに動くばかりでとてもではないが逃げられそうもなかった。諦めて助けを呼ぼうと右手をポケットへと持って行こうとして気がつく。『さっきスマートフォンは充電器に差し込んでいた』ことに。
「おぉーい! 誰か! た、助けて!」
そのことに気がついた箱見は大声で助けを呼び始める。箱見が住んでいるここは3階建ての安いボロマンション、壁が薄くて隣人が見ているテレビ番組の音ですら聞こえる安普請の1人暮らし。普段なら壁の薄さを恨むところであったが、今は好都合。必死になって大きな声を上げる、何回も、何回も。喉が擦れ、息が切れるまで叫ぶが反応は返ってくることはない。
(どうしよう……)
箱見が心の中でそう呟いたとき、ふと腹部の辺りが酷く濡れていることに気がついた。ガラス棚で押し潰されているお陰で薄暗くて見えづらいが、右手でその辺りに触れると滑った感触が指へと伝わる。そして鼻につく鉄サビのような臭い。箱見の心臓がバクバクと早鐘のように早くなっていき、首回りには冷たいものが走る。
(ま、さか……)
”確認したいけど、したくない”
箱見は“何かの間違いだ”、”どこかから水が降ってきたんだ”、そう願いながら何かで濡れた指先をゆっくりと目の前へと持ってくる。そしてその指先を濡らしたものに気がついた時、腹部から異様な痛みが身体を駆け巡っていく。同時に感じる異様な寒気。箱見は痛みとショックで意識が朦朧となりながら、そこで理解する。倒れた棚の割れたガラスで腹部が引き裂かれたのだと。
「たす、け……」
箱見は最期に擦れた声で助けを呼ぶが、誰も来ることはない。箱見の意識が
それから倒れた棚を中心に広がった赤黒い液体が乾き始めるほどの時間が経った後でも、その棚の下にはもの言わぬ男が押し潰されたままになっていた。
***************
(ん……?)
「はぁ……はぁ……!」
箱見は激しく揺さぶられ、荒い男の息づかいで意識を取り戻す。そして霞懸かった視界で荒い息を吐き続ける男を見やる。右手には松明を持って茶色の革の鎧のようなものを着た若い---下手をすれば10代にも見える男がまるで”もの”を抱えるようにして己を抱きかかえて走っていた。咄嗟に身体を動かそうとするが手足を動かすどころか、身をよじることさえまったく出来ない。
「はぁ……はぁ……! ここまで来れば…!」
頼りなさげな雰囲気の若い男はさらに眉をへの字に曲げながら、箱見を抱きかかえて後ろへと振り返る。石材で出来た真っ暗な狭い通路の中で後ろを振り返った男は息を飲むと、再度前を向いて脚を突き動かそうとするが、そこで脚をもつれさせて硬い石畳の上を顔面から転げ回る。身動きの出来ないまま投げ出された箱見もまた、若い男が必死になって走る理由を知ることになった。
(……なんだ、こいつら。子供じゃない、よな?)
そこには子供程度の背丈しかない二足歩行の醜悪な生き物が3匹、手に棍棒を持って唾を口から飛ばしながら近寄ってくる。ボロの粗末な服を纏い、お世辞にも話が通じる様子などない。転けた痛みで立ち上がれない青年は、脚を広げて座りこんだ体勢で腰に下げた短剣を引き抜いて抵抗の姿勢を見せる。
「この、ゴブリンども! お、俺なんか喰っても美味くはねぇぞ!」
地面に転がった松明の明かりで青年の手に持つ短剣の刃が鏡のように箱見の姿を映し出す。
ふと箱見はその刃に視線をやると、短剣に映った自身の姿を見て言葉を失う。そこに映っていたのは人間ではなく”箱”であった。大人が小脇に抱えられる程度の、木でできたような箱。それが自分だと理解出来なかったが、動揺しているうちにひょいと小脇に抱えられたことで己がその木箱だと再認識する。
(は? は? え?)
「く、来るなぁっ!」
青年はぎこちない格好でゴブリンと呼ぶ生き物に向かって短剣を構えていたが、その短剣をものともせずに3匹のゴブリンは飛びかかってくる。振りかぶられる棍棒、咄嗟に青年は手に持つ短剣を突き出す。だが1匹目のゴブリンによる棍棒の一撃で青年の持つ短剣が弾かれて地面へと転がっていく。そして2匹目の棍棒の一撃をなんとか避けるも、3匹目のゴブリンの棍棒を避けきることは出来なかった。棍棒は青年の腕を掠りながらその下の---青年の脇に抱え込まれた木箱、箱見へとぶち当たる。衝撃で木箱は地面へと叩きつけられる。
「いっっってぇえええ!!?」
その瞬間。
固く閉じられていた箱見である木箱の口が僅かに開き、そこから痛みで悶える少女の声が辺りへと木霊する。そして瞬き1つにも満たない刹那の時間、今まで木箱があった場所には濃紺のローブを深く頭から被った小さな少女の---箱見の姿があった。箱見はしゃがみ込んだまま痛みが走る頭を押さえながら、自身に起きた変化に驚いて大きく目を見開く。
「え、なに。これ」
「宝箱が……女の子になった?」
ローブから垂れるウェーブが掛かった黒髪に褐色の肌、整った顔に燃えるような紅い眼。箱見と青年、そしてゴブリンまでもがその変化に驚いて戸惑いを隠せない。しかしその戸惑いも束の間のこと。平静を取り戻した1匹のゴブリンが大きく棍棒を振り被ると、箱見の脳天目掛けて振り下ろしたのだった。
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