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第1章 剣の磨き布

10 グラディス 3

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「グラディス、俺にこれくれたの、覚えてない? ほら、高等科の卒業式の日にさ」

 俺は例の剣の磨き布をグラディスのほうへと差し出した。それを見た瞬間、グラディスがサッと顔をこわばらせた。視線を逸らしてうつむくと、グラディスは震える声でつぶやいた。

「捨ててくれる?」
「え?」
「だからそれ。エドガーの方で捨てちゃってよ。もういらないんだよ。だからあんたにあげたのに……」

 そこまで言って、グラディスは顔をハッとさせた。申し訳なさそうな顔で俺を見ると、小さく頭を下げた。

「ごめん……」
「いや、別にいいけど……」

 まあ、グラディスが俺に惚れているなんて情報はかなり疑っていたし、それは別にいいんだ。好きな相手の名前を忘れるわけないしね。
 それよりも、グラディスの磨き布に対するこの様子は、やっぱり変だ。エミルの言うとおり、グラディスとこの磨き布には何か事情がありそうだった。

「ねえグラディス。その、聞きづらいのは百も承知なんだけど、この磨き布のことで教えてほしいことがあって……」

 すっかり暗い顔でうつむいてしまったグラディスに恐る恐る聞いてみる。すると、グラディスは顔を俯けたままぎゅっと眉を吊り上げた。

「悪いけど、それについて話すことはひとつもないから。あとそれ、今度こそそっちで捨てちゃってよ」
「そういうわけにいかないから、会いに来たんじゃないか」
「もしかしてパメラに頼まれたの?」
「パメラ?」

 パメラ? 誰だそれ。
 聞いたことのない名前だ。俺は首を傾げてグラディスを見た。

「とぼけなくてもいいでしょ。あ、わかった。あの子の色仕掛けにコロっと騙されたんだ?」
「は? 色仕掛け? ちょ、ちょっと待ってよ。なんの話だかさっぱり……」

 グラディスは俺の言葉を無視してすっと立ち上がると、すっかり不機嫌になった顔で俺を見下ろした。

「エドガーからパメラに言っといてよ。私はあんたのことを許さないからって。じゃあね」
「えっ、ちょっと! グラディス!」

 俺が引き留める間もなく、グラディスは肩を怒らせて歩いて行ってしまった。
 思っていたより直情的な子だな。人の話も良く聞かず、勝手に決めつけて去っていくだなんて。しかもパメラって誰なんだよ……。

 そんな風に、グラディスとの久しぶりの対面は、あまり良いとはいえない再会になってしまったんだけど。
 グラディスのひどく辛そうな横顔は、それからしばらくの間、俺の胸に棘のように引っかかることになったんだ。
 
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