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本編前のエピソード
雲の行き先 60 オススメの品 下
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「知っている」
リュゼーが尋ねる前に、渋々ではあるがウタニュは答える。
話し声や表情から、嘘や邪魔をするつもりはないようだ。それについては安心した。それならもう少しだけ、海を通じて相手の反応を見ることにする。
「ご存知ない方もおられる様子でした。もしやウタニュ様は、海産物がお好きなのですか?」
「好きではある」
「ありがとうございます。海より遠いこの地でご存知とは、かなりの食通なのですね。ご存知かと思いますが、キュポ貝は保存が利くようにタレで煮詰めるのが一般的です。ですが私は、生のまま火にかけて食べるのが一番好みです。新鮮な物は肝まで食べられるので、大ぶりな物をひと口で食べるのは格別ですよ」
「そうなのだな」
気のない素振りをしているが、喉仏が上下に動いた。口の中に溜まったよだれを飲み込んだのだろう。さすがはこの地で足の指を煩うほど、海の物を好んで食べるだけのことはある。ウタニュはこのまま食べ物の話で押す。
「はい。タレで煮込んだ物ですらあの美味しさです。新鮮な物は別の美味しさが加わってたまりません。その味を引き立てるのが美味い塩なのです」
この国で塩といえば婚姻先のゲーランド翁だが、それと同じく他国でありながら、エルメウス家の塩も名が知られている。
「美味そうではないか」
ウタニュではなく、ヘヒュニが胸の前で、パン、と手を叩く。それに対して「そのようですね」と、ウタニュが返す。
「保存は効きますのでマルセールから運んだとしても、しばらくは良い味を楽しめます。ご希望があればご指名の港から、同じ種類の品を取り寄せることも可能です」
「それについてはもうよい」
ヘヒュニは手をひらひらと振り、次を催促する。
「他にも試していただきたいものもあります。マルセールにお越しの際は、是非ともご連絡ください。漁師に知り合いがいるので、その日に獲れた物をご用意します。正式ではないものの私もエルメウス家の一員、かける塩は最高のものをご用意します」
聞いたことのある人がいれば、師と話し方がそっくりだと言うだろう。勿論、真似をさせてもらった。話し方だけではない。身振り手振りも頭の中に浮かぶ師を真似した。
自分の言ってることで笑ってしまいそうになった場面があるが、貴族たちの反応は良い。海のことをよく知らない者が多そうだ。ウタニュの目も先ほどとは違う。
リュゼーが次の言葉を選んでいると、ウタニュが堪らず「塩か、美味そうだな」と声を漏らす。ヘヒュニも興味深そうに顎を撫でる。このまま上手くいけば、ヘヒュニとも縁が結ばれるのではないか。
ヘヒュニの気が向きさえすれば、他国を訪れる理由などどうとでもできる。それほどの力を持っている。せめて胃袋だけでも掴んでおきたい。その甘い考えが、次の手を遅らせる。
リュゼーが息を吸い込んだのを見ると、デゴジが咳払いをひとつして「御託は不要だ」と、次を促す。
「失礼致しました」
その言葉だけでは使いきれなかった肺の空気を、リュゼーは静かに吐く。新たに息を吸い込む短い間で、頭を切り替える。
「ウタニュ様は海産物のことがお好きなようでしたので、嬉しくなってしまい話が逸れてしまいました。危うく他の美味なる物についても、このまま話をしてしまいそうでした。このお話は、後ほどいたしましょう」
リュゼーはウタニュに顔を向ける。
「そうだな、それは後ほどの方が良さそうだ」
ウタニュは頷いてリュゼーに返す。
必要ない、ではなく、後ほど、とウタニュは言った。リュゼーは心の中で笑う。
済んだことに時間を掛けるわけにもいかない。これは後ほどで良いのだ。
「それでは続けさせていただきます。二枚貝であるキュポ貝はそれぞれ形が違う為、片方を他の貝と合わせても絶対に合わないと言われています。エルドレではその見た目の美しさから、より綺麗な物を探し出し、おまじないの意味を込めて首飾りとして恋人に贈る風習もあります」
「貝で作った首飾りが婚姻に似合う品など、笑いも起きぬぞ」
貴族の一人がそう言ってから、小馬鹿にしたように鼻で笑う。ヘヒュニはそれを見て、少し難しそうに頭を撫でる。
「ただ単に、食い意地が張っていただけのようだな」
ウタニュは残念そうに、言葉を漏らす。
「今回は、手を差し伸べないのですか?」
デゴジがインテリジに尋ねる。
「それは必要ないはずです。私の考え通りなのかリュゼーにしか分かりませんが、このまま終わりではないはずです」
「そうですか」
デゴジは淡々と答える。
「それで終わりか?」
ヘヒュニは訊ねる。
「失礼致しました。続けてもよろしいですか?」
「続きがあるなら申すが良い」
ヘヒュニは頷いて、次を促す。
「ありがとうございます」
胸に拳を当て、リュゼーはそれに応える。
このまま反論ができずに終わってしまうのかと、一瞬だけ思った。それよりも難しい。会話を繰り返す中で、狙い通りに話を進めることがこれほど神経を使うものだとは思わなかった。話が長くなってしまうから、どこまで説明したら良いのか判断も付きにくい。
「説明不足となってしまい、申し訳ございません。お詫びいたします」
リュゼーは、鼻で笑った貴族を中心として周りに目配せをする。反応は厳しい。
「二人が愛を育み始めた頃を思い浮かべて、という前提のもと話をいたしました。伝わり難かったことを反省しております。合わせて、婚礼の贈りものとなると首飾りは不適切だと知った上での、婚礼時に思い出話としてあがる品についてのお話です」
「知っているのか?」
ウィーリーが動く前に、ラギリが助け舟を出す。
「確かリチレーヌの神話において、細工の上手な神が結婚のお祝いとして首飾りを贈った際、受け取った神の伴侶が不貞を行なってしまったお話があったはずです。途中でこの話を思い出してしまい、この話を続けるか迷ってしまいました」
「途中から顔が困り始めたのを見る限り、その様だな」
ヘヒュニは杯を口にする。
「はい。思うように話が進められず、足りない事ばかりで悔しい限りです」
「だが、それだとしたら婚礼の品について話は終わりではないのか?」
コン! と良い音が鳴る。ヘヒュニが杯を置いた音だが、問い詰められるような感覚を覚える。
リュゼーが尋ねる前に、渋々ではあるがウタニュは答える。
話し声や表情から、嘘や邪魔をするつもりはないようだ。それについては安心した。それならもう少しだけ、海を通じて相手の反応を見ることにする。
「ご存知ない方もおられる様子でした。もしやウタニュ様は、海産物がお好きなのですか?」
「好きではある」
「ありがとうございます。海より遠いこの地でご存知とは、かなりの食通なのですね。ご存知かと思いますが、キュポ貝は保存が利くようにタレで煮詰めるのが一般的です。ですが私は、生のまま火にかけて食べるのが一番好みです。新鮮な物は肝まで食べられるので、大ぶりな物をひと口で食べるのは格別ですよ」
「そうなのだな」
気のない素振りをしているが、喉仏が上下に動いた。口の中に溜まったよだれを飲み込んだのだろう。さすがはこの地で足の指を煩うほど、海の物を好んで食べるだけのことはある。ウタニュはこのまま食べ物の話で押す。
「はい。タレで煮込んだ物ですらあの美味しさです。新鮮な物は別の美味しさが加わってたまりません。その味を引き立てるのが美味い塩なのです」
この国で塩といえば婚姻先のゲーランド翁だが、それと同じく他国でありながら、エルメウス家の塩も名が知られている。
「美味そうではないか」
ウタニュではなく、ヘヒュニが胸の前で、パン、と手を叩く。それに対して「そのようですね」と、ウタニュが返す。
「保存は効きますのでマルセールから運んだとしても、しばらくは良い味を楽しめます。ご希望があればご指名の港から、同じ種類の品を取り寄せることも可能です」
「それについてはもうよい」
ヘヒュニは手をひらひらと振り、次を催促する。
「他にも試していただきたいものもあります。マルセールにお越しの際は、是非ともご連絡ください。漁師に知り合いがいるので、その日に獲れた物をご用意します。正式ではないものの私もエルメウス家の一員、かける塩は最高のものをご用意します」
聞いたことのある人がいれば、師と話し方がそっくりだと言うだろう。勿論、真似をさせてもらった。話し方だけではない。身振り手振りも頭の中に浮かぶ師を真似した。
自分の言ってることで笑ってしまいそうになった場面があるが、貴族たちの反応は良い。海のことをよく知らない者が多そうだ。ウタニュの目も先ほどとは違う。
リュゼーが次の言葉を選んでいると、ウタニュが堪らず「塩か、美味そうだな」と声を漏らす。ヘヒュニも興味深そうに顎を撫でる。このまま上手くいけば、ヘヒュニとも縁が結ばれるのではないか。
ヘヒュニの気が向きさえすれば、他国を訪れる理由などどうとでもできる。それほどの力を持っている。せめて胃袋だけでも掴んでおきたい。その甘い考えが、次の手を遅らせる。
リュゼーが息を吸い込んだのを見ると、デゴジが咳払いをひとつして「御託は不要だ」と、次を促す。
「失礼致しました」
その言葉だけでは使いきれなかった肺の空気を、リュゼーは静かに吐く。新たに息を吸い込む短い間で、頭を切り替える。
「ウタニュ様は海産物のことがお好きなようでしたので、嬉しくなってしまい話が逸れてしまいました。危うく他の美味なる物についても、このまま話をしてしまいそうでした。このお話は、後ほどいたしましょう」
リュゼーはウタニュに顔を向ける。
「そうだな、それは後ほどの方が良さそうだ」
ウタニュは頷いてリュゼーに返す。
必要ない、ではなく、後ほど、とウタニュは言った。リュゼーは心の中で笑う。
済んだことに時間を掛けるわけにもいかない。これは後ほどで良いのだ。
「それでは続けさせていただきます。二枚貝であるキュポ貝はそれぞれ形が違う為、片方を他の貝と合わせても絶対に合わないと言われています。エルドレではその見た目の美しさから、より綺麗な物を探し出し、おまじないの意味を込めて首飾りとして恋人に贈る風習もあります」
「貝で作った首飾りが婚姻に似合う品など、笑いも起きぬぞ」
貴族の一人がそう言ってから、小馬鹿にしたように鼻で笑う。ヘヒュニはそれを見て、少し難しそうに頭を撫でる。
「ただ単に、食い意地が張っていただけのようだな」
ウタニュは残念そうに、言葉を漏らす。
「今回は、手を差し伸べないのですか?」
デゴジがインテリジに尋ねる。
「それは必要ないはずです。私の考え通りなのかリュゼーにしか分かりませんが、このまま終わりではないはずです」
「そうですか」
デゴジは淡々と答える。
「それで終わりか?」
ヘヒュニは訊ねる。
「失礼致しました。続けてもよろしいですか?」
「続きがあるなら申すが良い」
ヘヒュニは頷いて、次を促す。
「ありがとうございます」
胸に拳を当て、リュゼーはそれに応える。
このまま反論ができずに終わってしまうのかと、一瞬だけ思った。それよりも難しい。会話を繰り返す中で、狙い通りに話を進めることがこれほど神経を使うものだとは思わなかった。話が長くなってしまうから、どこまで説明したら良いのか判断も付きにくい。
「説明不足となってしまい、申し訳ございません。お詫びいたします」
リュゼーは、鼻で笑った貴族を中心として周りに目配せをする。反応は厳しい。
「二人が愛を育み始めた頃を思い浮かべて、という前提のもと話をいたしました。伝わり難かったことを反省しております。合わせて、婚礼の贈りものとなると首飾りは不適切だと知った上での、婚礼時に思い出話としてあがる品についてのお話です」
「知っているのか?」
ウィーリーが動く前に、ラギリが助け舟を出す。
「確かリチレーヌの神話において、細工の上手な神が結婚のお祝いとして首飾りを贈った際、受け取った神の伴侶が不貞を行なってしまったお話があったはずです。途中でこの話を思い出してしまい、この話を続けるか迷ってしまいました」
「途中から顔が困り始めたのを見る限り、その様だな」
ヘヒュニは杯を口にする。
「はい。思うように話が進められず、足りない事ばかりで悔しい限りです」
「だが、それだとしたら婚礼の品について話は終わりではないのか?」
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