王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

世の流れ 13 後悔

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 ファトストをさらに追い詰めるように、木々の間から別の男たちが現れる。
「最悪だ」
 心の中で抱いた感情が、思わず言葉となって口から漏れだす。
 石で組んだ焚き火台の近くにいる男から感じる気は、エジートほどではないが今いるホロイ家の誰よりも強い。蹴り倒されるまでその存在に気付けなかった、自分の愚かさが憎い。
 そいつだけならまだ、どうにかできたかもしれない。現れた男たちの身のこなしから、ただの賊ではないことが理解できる。
「やっちまった」
 ファトストは痛みで顔を歪めながら、先ほどと同じ言葉を口にする。
 小川の近くにできた平地には草や石しかなく、武器や自分の身を守れそうな物は近くにない。油断していたわけではないが、肝心の弓はデカルトが今いる場所の近くに設置された、物資置き場に置いてある。火の粉が飛んで弦を焼かないための配慮だが、これほどの敵ならば近くに置いておけば良かった思う。
 だが、後悔しても遅い。肉を焼く匂いで敵を誘い出そうなどと考えていたが、とんでもない奴らを呼び寄せてしまった。間違いなく、こいつらが今回の黒幕だ。
 ファトストの口角が、くくっと上がる。
 こんな状況で笑えてくるなんて、自分の愚かさからなのか痛みで頭がおかしくなったからなのか。言いようのない笑みを押し殺しながら、ファトストは肩で息をしながら痛みを堪える。
 ファトストを蹴り倒した男が、焼かれた肉を拾い上げる。
「食うな!」
 大声を出すと、肋骨に響く。だが、ここで声を出さなければ。
「やめろ! それは俺のだ」
「うるさい小僧だ」
「ぐぅ」
 別の男が通りしな、ファトストの腹を踏み付ける。ファトストが言おうとしていた次の言葉が呻き声に変わる。
「中々、美味いじゃないか」
 初めに蹴り倒した男が挑発的な顔をファトストに向け、串を見せびらかすようにして振りながら笑う。それから、近づいてきたファトストを踏み付けた男に肉を投げる。
「ほお、確かに。エルドレの食い物は口に合わないが、これなら食える」
「俺にも食わせろ」
 その声を近くで聞いたファトストは息を吸い込み、体に力を込める。
「邪魔だ」
「ぐゔぁ」
 声の男が、ファトストを蹴り上げる。それを見た踏み付けた男が、肉に齧り付きながら下品に笑う。
 ここにいたら危険だ。
 ファトストは転がりながら、必死にその場から遠ざかる。
 今ので、完全に折れたな。
 窪地に嵌まると、さらに強い痛みが全身を襲う。これ以上蹴られたら、肺に骨が刺さってしまう。それだけはどうしても避けたい。
「何でこんなことしてるんだ、俺は」
 天を仰ぎながら、ファトストは言葉を漏らす。
 いま起きている災難に、嘆きのひとつでも言わないと心が挫けてしまう。
 男たちが肉を食い始めたのを確認してから、ファトストはデカルトたちに目を向ける。
 状況は最悪、それ以外の言葉は思い付かない。今を表すのに、これほどぴったりな言葉はないだろう。
 ただの賊だと思い込んでいた敵は今や、デカルトたちの倍にまで数を増やして周りを囲み始めている。その動きは、軍隊のそれと同じものだ。
 デカルトもそれを感じているのだろう、分けた隊をひとつに戻して敵に備えている。唯一の救いは、うまく人を動かして退路を確保していることだけだ。 
「ここは引いてください!」
 痛みに耐えながら、ファトストは声を上げる。
「面白いことを言うヤツだな」
 蹴り倒した男が、用意してあった他の食事に手をつけ始める。
「偽善だろ」
 別の男が、新たな串を手に取って肉に齧り付く。
「ならん!」
 少し遠くから、デカルトの声が聞こえる。
 助けるつもりなのだろう。デカルトの人の良さが出ている。だがどう考えても、この状況では勝ち目がない。ここは一旦、引いてから助けを呼ぶ以外に手はない。
「俺のことなら気にせず、救援を求めてください」
「見捨てろというのか?」
「違います。冷静に考えてください、このままでは全滅してしまいます」
 向かって来る相手より、逃げ出した後に追撃をした方が被害が少ない。この遣り取りを聞いた敵部隊の動きが鈍る。
「どうにかして逃げ出しますから」
 敵は山狩りから逃げている状況だ、なるべくなら部隊の損傷を抑えたいはず。しかし戦闘が始まったら、敵は容赦なく追撃をしてくるだろう。逃げるなら今が好機だ。
「早く!」
 デカルトからの返事はない。
 考えるということは、冷静さを取り戻している証拠だ。敵もそう考えるはず。
「頼むから動いてくれ」
 蚊の鳴くような声で、ファトストは届きもしない最後の願いを告げる。
 考えている暇はない、動くなら今だ。それに、痛みでこれ以上は声を出したくない。
「うるさいヤツだな。黙らせるか?」
 ファトストに一番近くにいる男が、枝から肉を引き抜いて口に放り込む。
 ファトストはその男に向かって、口を閉じながら首を小さく振る。もうしゃべりません、という意思表示だ。
 それを見た男は指を舐めながら、小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「俺は、ああいう奴が嫌いでね。食い終わった後で、楽しませてもらうとするよ」
 踏み付けた男が、嫌らしく笑いながら言う。
「好きにしろ」
 最後に蹴り上げた、声の男がそれにこたえる。
「逃げると言っていたが、この状況じゃ無理だろ」
「そうだな」
 デカルトたちを無視するように、男たちは談笑をしながら飯を食い始める。
「健気じゃないか。コイツなりの優しさなんだろ」
「そういうのが、俺は気に食わない」
「そう言ってやるな。お年頃な男の子は、こういうものに憧れるんだろ」
「俺も段々と腹が立ってきた」
「腹が膨れたらその気持ちも薄れるだろ」
「あいつらの分も残してやれよ」
「分かってる」
 ここでデカルトたちが、隊列を組んで後退を始める。敵の部隊もそれに合わせて移動を始める。
「望み通りになったじゃないか。よかったな」
 声の男がファトストに話しかける。
 ファトストは何も言わずに、男たちの様子を窺う。
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