王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
148 / 148
本編前のエピソード

世の流れ 17 その名

しおりを挟む
 地面に敷かれた布が、上に置かれた荷物を押し退けながら地中から捲り上がる。それと同時にリュートが姿を現す。
 別の場所からも、身を潜めていたマルロとベンクが現れる。三人は、剣を抜いたリュートを先頭にしてリックたちがいる方へと歩き出す。
 しかし横に並んで後ろを歩く二人は、剣を鞘に収めたままで手に何も持っていない。それを見たファトストは、そうなるよな、と苦笑いを浮かべる。
「やはり隠していたか」
 カッシュは首を振って辺りを見回す。
「心配しなくても、ここにいるのはあの三人だけです。しかも闘うのは、先頭にいるやつだけだと思いますよ」
 ファトストの口調が軽くなる。
 ここまでくれば、本性を隠す必要はないだろう。
「その手には乗らん」
「本当です、本当。そうなるかなぁ、とは思っていましたが、やはりそうなりました。ほら、見てください」
 ファトストの視線の先にいるマルロとベンクは、ある程度進むと腕を組んでその場で立ち止まる。
「この場で命を落としたらそいつの運命はそれまでだ、という考えみたいです。まったく、風の人たちの考え方は理解できません」
 新たな伏兵が現れないことから多少は疑いつつも、カッシュはファトストの言葉を否定しない。
「ここまで上手くいくとは、思ってもいませんでした。ダットさんでしたか、気になりますよね。考えている通り、そっちには大勢潜んでいます。戻って来ないわけですよね」
「小僧……」
 カッシュは唸るようにして言い放つ。ところが何故だか、カッシュはファトストに仕掛けようとはしない。
「お褒めにあずかり光栄です」
 ファトストは隠すことなく、気持ちのままに笑い返す。
 この状況まで持ち込めれば、こうなることはある程度は予想できていた。うまく逃げればリュートの所まで辿り着けるほどに距離が離れていることもあるが、今は引くか加勢するかを判断する戦局だ。個人的な復讐など、その天秤に乗ることはない。
 それを裏付けるように、カッシュは再びリュートへと顔を向ける。
 なおも近寄るリュートだが、リックたちに逃げる素振りはない。リックが顔を振っていることから、伏兵を警戒しているようだ。
「俺たちだけだから心配するな」
 マルロが声を上げる。
「毒にやられた奴など何の面白味もない。相手をするのはそいつだけだ」
 ベンクがリュートに向かって顎をしゃくる。リュートは不服そうな面持ちで剣先を前に出し、それに応える。
「やはり毒か」
「その通りです。もう少し食べさせる量を多くしたかったのですが、これが限界ですね」
 その答えを聞く前にカッシュは素早く口の中に手を突っ込んで、胃の中にあるものを吐き出す。
 カッシュが仕掛けてこないという自信は、これもある。手足に多少の痺れなどを感じているだろう。
「あっ、無駄です無駄。そんな生半可なものは使いません。発汗と痺れによる流涎に口調の変化。これだけ時間が経ってその程度の症状なら、たぶん大丈夫だと思いますよ。毒だけなら」
 カッシュは顔を少しだけファトストに向け、目だけで睨む。
「シグって毒草なんですが、腐った臭いがするために間違えて食べようとしても気が付きます。シグを知らなくても、その臭いで食べようなんて考えません。それをどうやって違和感なく食べさせるかを考えるのに、多少なりとも苦労しました」
 ファトストは串を地面に置いて土を被せる。「この辺で採れる毒など限られていたからこうするしかなかった、ごめんよ。残してある分は美味しく食べるからな」
 服で手を払ってから、ファトストは鋭い目付きでカッシュのことを見る。
「シグでは分からないですよね。シーアリンクかシクータと言えば分かりますか? 神話の世界で神を信じずに悲劇的な最後を迎えた男が、最後に口にした毒です」
 カッシュの表情が今にも切り掛かりそうな怒りに満ちたもの変わるが、ファトストは飄々として笑い返す。
「やはり知っていましたか、トンポンでも有名なお話ですよね」
「お前だけは何があっても許さぬ」
 カッシュはファトストに体を向ける。
 それはこちらの台詞だ。これだけ身を削ったんだ、こいつらはここで確実に仕留める。逃すか。
「あっ、始まりますよ」
 ファトストはリュートを指先で指し示す。
 カン、と剣で何かを弾く音がする。カッシュはその音で振り返る。
 先ほど胃の中のものを戻したウマルが、再び皿をリュートに投げ付ける。リュートはそれを軽くいなす。ウルマはそれで力尽きたように、膝を突く。
 シグの葉が多く含まれた串を食べたのか、体の大きさからなのか判断はつかないが、どちらにせよ先ずは一人。
 次にコルビが剣を手にして襲いかかる。動きに機敏さはあるが、滑らかさはない。少なからず毒の影響を受けているようだ。
 リュートは慌てずにそれを待ち構える。振り下ろされた剣をリュートが受け止める同時に、コルビの横をすり抜けてきたラオルフが体の大きさを感じさせない蹴りを放ってくる。
 コルビを使い、死角から繰り出された蹴りにリュートの反応が遅れる。リュートはその蹴りを腕で防ぐが、後方に飛ばられてしまう。
 いや、すぐさま構えたところを見ると、衝撃を和らげるために後ろに飛んだと言うべきだろう。
 ここまで、まさに一瞬の攻防。分かってはいたが、敵は強い。街道で相手にした賊の頭とは比べ物にならないぐらいの強さだと、さっきの攻防で分かる。
 余計なことをするな、とリュートに言われたが、俺は風でも武人でもない。勝つためには何だってしてやる。
 たが、それよりも驚いたのはリュートの成長だ。あの動きなら、強がりからきた言葉ではないことが分かる。
「ウオフルでしたか、体が大きいために毒の影響はほぼないみたいですね」
 ファトストの言葉にカッシュは舌打ちで返す。
 ここで再びコルビが動く。薙ぎ払う動きで剣を繰り出す。リュートが剣でそれを止めると、ウオルフが袈裟斬りで飛び込んでくる。それを受けることはせず、リュートは体を横にして寸前で躱す。
 ウオルフを狙う円を描くようなリュートの剣は、コルビによって上に弾かれる。返しのウオルフの剣は、リュートが上体を反らしたことにより空を切る。
「コルビというのは、トンポンでは一般的な名ですよね?」
 ファトストの問い掛けに、カッシュは何の反応も示さない。
 リュートは自分の役目を全うしている。今の俺にできることは、敵の情報を多く集めることだ。
「帝国ではなく、トンポンからの刺客とは思いませんでした」
「やはり生かしておけぬな」
 カッシュは鞘から剣を引き抜く。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

2024.06.19 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。