1 / 148
とある王国の物語 プロローグ
プロローグ 上
しおりを挟む
戦況は上々。
王国側が圧倒的に押している。素人目にみてもこちらの勝ちは揺るぎないだろう。
「何を考えておる?」
この状況で何を心配するというのだ?と、声をかけたレンゼストの顔が物語っている。「つくづく軍師様というのは難儀なお人だ」
レンゼストはそのまま歩を進め、丘地に構えた予備兵の前で腕を組んでいるファトストの横に立つ。
「少々気になる事がありまして」
ファトストは再び戦場に目を向ける。
「我が王のことか?」
顎髭を撫でたレンゼストがファトストの視線の先でとらえたのは、自ら先陣で指揮をとっている王の姿である。「今日も元気でいらっしゃる。後ろ姿はクリスト様にそっくりじゃ」
「腕の角度といい、先代を知っている者とすれば懐かしい限りです。歳を重ねる毎に似てきておられる」
若き王は自ら先陣に立ち、馬上にて押され始めた西側で戦う兵達の士気を上げている。
剣を振り兜を手で支えながら味方を鼓舞している声は、二人の所まで聞こえてきそうである。
「お声の方はどうですか?」
ファトストからのよもやま話ともとれる問いかけに、レンゼストは戦況や王に危険が迫っているわけではない事を感じ取り雰囲気が和らぐ。
「戦場でよく通るよき声じゃ」
レンゼストはゆっくりと髭を撫でる。「あの若君がのお。老兵には嬉しい限りじゃ」
「いつもと違うこの距離では、いささか物足りないのではありませんか?」
「いやいや、この姿を見るのもいいものよ。それに、盤上戦がごとく我が君の戦い方を理解しやすいのもいい」
「何をおっしゃいます。以心伝心、戦の度に王の剣となり戦場を駆け巡っておいでではありませんか」
「なにを、そんな事はない。先代に似ているとは言うても、戦の仕方は似て非なるもの。認識のずれが命取りになる事もある。外から見る事も大切じゃろうて」
人並外れた体躯に卓越した戦略眼で若き頃より猛将として名高いレンゼストは、頭に白いものが混じってきたとはいっても王国随一の将であると誰もが認める。
「しかし、最近王は我を年寄り扱いしてくる。今回も「経験の浅い部隊を主に連れていく」と、我が部隊を連れていってくれぬ」
歴戦の将らしからぬ拗ねた一言に、レンゼストの人となりが表れる。
先代の王に惚れ込み、その身を捧げた男は、幼き頃より仕えている今上の王に対しても同じ感情を抱いている。王の事となると好々爺から町娘のようになってしまうのは、レンゼストの笑い種の一つとなっている。
「この先に敵の砦があり、帝国兵はそこに詰めております。敵対する兵の殆どが雇われた土地の者のため、この戦は、砦戦のための消耗戦という意味合いが強うございます。敵兵もそれが分かっているため、士気もそれほど高くありません。そのため、本陣さえ叩いてしまえばお終いの戦です」
その場にレンゼストも居合わせたので承知しているはずだが、ファトストは王に進言した戦の概要を再び口にした後に言葉を続ける。
「新規の兵はこの地にゆかりがない者も多く、レンゼスト隊のように戦い辛いという事もありません。そして、野戦経験の少ない者にとっては経験を積むのにも適した戦。第一に貴方の名はこの地にも根付いています。貴方にやられたならば本望という者より、貴方と共に戦いたいと思う者の方が多いでしょう。きっと王の優しさです」
頭を下げたファトストに向かって、レンゼストは笑いかける。
「お主が探していることを王が聞くと顔を歪めるというが、それが分かるというものよ。軍師様は王だけでなく、我にも理を説いてくる」
「失礼致しました。他意はなく」
「よいよい、分かっておる」
レンゼストが戦場に顔を向けると、ファトストも連れてそちらに体を向ける。
「王の事が気になると申していたな。それならば我らはいつでも動けるぞ」
「お気遣いなく。兜を脱いだままでご覧に頂けます」
西側にはすでに遊軍であるリーゼン隊が到着し、十分な兵が確保されている。
「そろそろお声が聞きたくなった頃合いですか?」
ファトストは尋ねる。
「何を言っておる」レンゼストは笑う。「この状況から考えるにここから戦況がひっくり返るとは思わんが、万に一つがあってはならぬからな。先程のお主の顔が気になり、話を聞きに来たまでよ」
「申されますように、このまま押し切れば終わりとなりましょう。西側が抜かれて回り込まれるとこちら側が不利になってしまいますが、それを王もご存知のため、あのようにしていらっしゃる」
遊軍の到着により余剰戦力となったリュゼー隊は、位置をさらに西側にずらす。その位置からならば隙間をついて敵が抜けたとしても横から擦り潰す事も容易く、押し返したとなれば挟撃もしやすくなる。
敵側からすると、戦況を覆そうと戦力を厚くした西側が崩壊してしまうと本陣が危うくなる。その対応に追われるなかで、攻撃を強められたら防ぐのは至難の技である。特に東側は地元兵が多く、劣勢となった場合に敗走となる可能性が高い。
その東側では、ファトストが放った伝令が戦場を駆ける。
西側が押され始めた時に押さず引かずの命を受けていたリュートは戦線を上手く膠着させ、両軍の被害を最小限に抑えるとともに、相手の指揮官を狙った楔を打ち込む準備をすでに整えている。そのリュート隊にとっては待ちに待った伝令である。
戦はもはや時間の問題となった。
王国側が圧倒的に押している。素人目にみてもこちらの勝ちは揺るぎないだろう。
「何を考えておる?」
この状況で何を心配するというのだ?と、声をかけたレンゼストの顔が物語っている。「つくづく軍師様というのは難儀なお人だ」
レンゼストはそのまま歩を進め、丘地に構えた予備兵の前で腕を組んでいるファトストの横に立つ。
「少々気になる事がありまして」
ファトストは再び戦場に目を向ける。
「我が王のことか?」
顎髭を撫でたレンゼストがファトストの視線の先でとらえたのは、自ら先陣で指揮をとっている王の姿である。「今日も元気でいらっしゃる。後ろ姿はクリスト様にそっくりじゃ」
「腕の角度といい、先代を知っている者とすれば懐かしい限りです。歳を重ねる毎に似てきておられる」
若き王は自ら先陣に立ち、馬上にて押され始めた西側で戦う兵達の士気を上げている。
剣を振り兜を手で支えながら味方を鼓舞している声は、二人の所まで聞こえてきそうである。
「お声の方はどうですか?」
ファトストからのよもやま話ともとれる問いかけに、レンゼストは戦況や王に危険が迫っているわけではない事を感じ取り雰囲気が和らぐ。
「戦場でよく通るよき声じゃ」
レンゼストはゆっくりと髭を撫でる。「あの若君がのお。老兵には嬉しい限りじゃ」
「いつもと違うこの距離では、いささか物足りないのではありませんか?」
「いやいや、この姿を見るのもいいものよ。それに、盤上戦がごとく我が君の戦い方を理解しやすいのもいい」
「何をおっしゃいます。以心伝心、戦の度に王の剣となり戦場を駆け巡っておいでではありませんか」
「なにを、そんな事はない。先代に似ているとは言うても、戦の仕方は似て非なるもの。認識のずれが命取りになる事もある。外から見る事も大切じゃろうて」
人並外れた体躯に卓越した戦略眼で若き頃より猛将として名高いレンゼストは、頭に白いものが混じってきたとはいっても王国随一の将であると誰もが認める。
「しかし、最近王は我を年寄り扱いしてくる。今回も「経験の浅い部隊を主に連れていく」と、我が部隊を連れていってくれぬ」
歴戦の将らしからぬ拗ねた一言に、レンゼストの人となりが表れる。
先代の王に惚れ込み、その身を捧げた男は、幼き頃より仕えている今上の王に対しても同じ感情を抱いている。王の事となると好々爺から町娘のようになってしまうのは、レンゼストの笑い種の一つとなっている。
「この先に敵の砦があり、帝国兵はそこに詰めております。敵対する兵の殆どが雇われた土地の者のため、この戦は、砦戦のための消耗戦という意味合いが強うございます。敵兵もそれが分かっているため、士気もそれほど高くありません。そのため、本陣さえ叩いてしまえばお終いの戦です」
その場にレンゼストも居合わせたので承知しているはずだが、ファトストは王に進言した戦の概要を再び口にした後に言葉を続ける。
「新規の兵はこの地にゆかりがない者も多く、レンゼスト隊のように戦い辛いという事もありません。そして、野戦経験の少ない者にとっては経験を積むのにも適した戦。第一に貴方の名はこの地にも根付いています。貴方にやられたならば本望という者より、貴方と共に戦いたいと思う者の方が多いでしょう。きっと王の優しさです」
頭を下げたファトストに向かって、レンゼストは笑いかける。
「お主が探していることを王が聞くと顔を歪めるというが、それが分かるというものよ。軍師様は王だけでなく、我にも理を説いてくる」
「失礼致しました。他意はなく」
「よいよい、分かっておる」
レンゼストが戦場に顔を向けると、ファトストも連れてそちらに体を向ける。
「王の事が気になると申していたな。それならば我らはいつでも動けるぞ」
「お気遣いなく。兜を脱いだままでご覧に頂けます」
西側にはすでに遊軍であるリーゼン隊が到着し、十分な兵が確保されている。
「そろそろお声が聞きたくなった頃合いですか?」
ファトストは尋ねる。
「何を言っておる」レンゼストは笑う。「この状況から考えるにここから戦況がひっくり返るとは思わんが、万に一つがあってはならぬからな。先程のお主の顔が気になり、話を聞きに来たまでよ」
「申されますように、このまま押し切れば終わりとなりましょう。西側が抜かれて回り込まれるとこちら側が不利になってしまいますが、それを王もご存知のため、あのようにしていらっしゃる」
遊軍の到着により余剰戦力となったリュゼー隊は、位置をさらに西側にずらす。その位置からならば隙間をついて敵が抜けたとしても横から擦り潰す事も容易く、押し返したとなれば挟撃もしやすくなる。
敵側からすると、戦況を覆そうと戦力を厚くした西側が崩壊してしまうと本陣が危うくなる。その対応に追われるなかで、攻撃を強められたら防ぐのは至難の技である。特に東側は地元兵が多く、劣勢となった場合に敗走となる可能性が高い。
その東側では、ファトストが放った伝令が戦場を駆ける。
西側が押され始めた時に押さず引かずの命を受けていたリュートは戦線を上手く膠着させ、両軍の被害を最小限に抑えるとともに、相手の指揮官を狙った楔を打ち込む準備をすでに整えている。そのリュート隊にとっては待ちに待った伝令である。
戦はもはや時間の問題となった。
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。
石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません
俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。
本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。
幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。
そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。
彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。
それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』
今度もまた年上ヒロインです。
セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。
カクヨムにも投稿中です
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる