王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

兵の道 8 水と油

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「いかん、いかん。俺としたことが床を汚してしまった、家主にお詫びをせねばならぬな」
 ボンシャは冷たく言い放つ。
 ドン!とテーブルが倒れる大きな音がする。外にまで聞こえるほどの怒声と共に、ボンシャ目掛けて椅子が飛ぶ。
「おい!」
 地響きに似た髭面の低い声で、二人はボンシャに飛びかかるのを止める。
 最初に殴りかかってきた男よりは理性が働くようだ。長髪の男は身のこなしが素早かった。合わせて注意しよう。
 ボンシャは、近くに転がっている椅子を起こす。
「これは、お前たちの椅子ではないであろう。他人の物は大切にした方が良いと思うぞ」
 壊れていないか確認するように全体を眺めつつ、「炭焼きのシャーボと言ったかな、あの爺さんは」と呟いた後、ゆっくりと髭面と視線を合わせる。
「お前たちは家主と、どういった関係なのだ?」
 髭面は一瞬だけ目を見開き、やり返すようにゆっくりと不敵に笑う。
「だからお前たちは嫌いなんだよ」眉間に皺が寄る。「俺たちと同じだって顔をしながら、やってることは軍となんも変わらねぇ。自分たちで勝手に決めたことを、俺たちに押し付けてきやがる」
 言い終わると、ボンシャに見せつけるように床へ唾を吐く。
「お前らのそういうところが俺も嫌いだ。飴玉を貰えなくて駄々を捏ねる子供じゃあるまいし、そんなことをしてお前は恥ずかしくないのか?」
「家だなんだと綺麗事を言って、自分たちだけ甘い汁を吸うような奴等の仲間になるよりは恥ずかしくないと思うがなあ」
 この類の者がする独特な顔というか、不快感を露わにした顔をして、悪びれる様子もなくボンシャを睨みつける。
「その様子じゃ、すでにその爺さんとは話がついているんだろ。最悪、家を燃やすことになるぐらいは言ってんのか?いつも数と力で抑え込みやがって、ふざけんじゃねえ」
「家としてもできることとできないことがあるが、お前たちがお頭と呼んでいるお山の大将の名前もすでに知っている。まあ、お前の名前は知る必要がないから調べていないがな」
「調子に乗り過ぎだ」
 仲間を馬鹿にされて我慢できなくなった長髪の男が、勢いよくテーブルを乗り越える。リュートはボンシャの脇を通って室内に入る。誰も二人を止めようとしない。長髪は、早さを活かして先にリュートの顔を殴る。殴られた左頬はすぐさま熱を帯びる。力を込めたリュートの返しの拳は、屈まれて上手く躱される。
 長髪が笑う。
 一呼吸置いてから長髪が先に動き、それに合わせるようにリュートも仕掛ける。ほぼ同時にお互いの顔に拳がめり込み、長髪の方がぐらつくも倒れることはなく踏みとどまる。
 再びリュートの顔を目掛けて、長髪が拳を繰り出す。それを避けもせずに顔で受け止め、リュートは拳を振り抜く。勝負は決まった。
 二人の行方を見ていた髪の短い男は、椅子を蹴り上げる。
「お前は生きて帰さねえ。覚悟しろ」
 短髪は手に持っていた長剣を、鞘から引き抜く。
「あのバカ、ガキ相手に熱くなりやがって」
 髭面は呟く。軽く舌打ちをしながら短髪に顔を向けると、ボンシャの手が視界を遮る。
「ここで命を落とすぐらいなら、それまでの男だったということ。あやつもそれが分かっている。心配ご無用」
「命より己の名誉ってやつか?くだらねぇ。お前たちは本当に気持ち悪いな」
「命が一番大事なのは分かっている。しかし、それよりも大事なものができてしまったのだ。致し方なかろう」
 ボンシャは淡々と続ける。「それに、お前が長剣を手にしたなら放ってはおかない。まあ持たないだろうがな」
 表情を動かさずに話すボンシャに向かって、髭面はさっきより大きな舌打ちをする。
 カランと鞘が床に落ちる音が聞こえる。短髪の息遣いがさっきより荒くなっている。
 お互いに距離を取る。
 リュートは、自分の命を奪いにくる相手とはこういった目をするのだと初めて知る。深く息を吐き、木剣を構える。呼吸を整え、早くなり始めた心臓の動きを抑える。
 短髪の構えからして、剣の扱いは慣れている。目から動揺は窺えないことから、人を切ったことがあるのかもしれない。どのような動きが得意なのか知りたいが、長剣が相手では受け止めることができずそれも叶わない。色々な考えが浮かんでは消える。
 短髪が深く息を吐く。周りの空気が変わる。
 床を蹴る音が聞こえたが、相手の動きに対して体が上手く反応しない。恐怖と緊張のあまりリュートは後ろに退がってしまう。剣先が目の前を通り、背中に汗が滲み出す。肌で感じる空気は恐ろしく冷たい。
 攻め手が見つからないため、リュートは自分の間合いに踏み込めないでいる。
「もしあの若いのが命を落としたとして、お前らがあいつに報復をしたら、関わったやつ全てを地獄に送ってやる」
「それはない、俺が保証する」
「そうか。命拾いしたな」
 ボンシャと髭面は、顔を見合わせずに会話を重ねる。
「そんな面をして仲間思いなのだな」
「あっ?」
「風が約束を反故にすることは滅多に無い。それを利用してあの短髪の、身の安全を確保したのであろう」
「知るかそんなこと」
「そうだよな、俺たちの決まり事など知ったことじゃないのだからな」
 髭面は何も答えない。
「だが、その心配は不要だと思うぞ」
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