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本編前のエピソード
雲の行き先 4 陽だまりのひと時
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偵知の報告により安全が確認されたため、山の麓で馬車を停める。
「よーし、よし。良く頑張った」
リュゼーは馬の首を撫でて労を労いながら素早く馬具を外し、随行者と共に馬の繋ぎ換えを行う。これより山道に入るため、この場所は馬に休息を与えたり馬の繋ぎ換えを行う場所になっている。
「最早、御手の物ですね」
一緒に作業をしていた使用人のハンニに水を差し出される。
「いやいや、未だ半人前です。そんな風に見えたのならば、それはハンニさんに教えてもらった賜物ですよ」
リュゼーは皮革の水筒を受け取り、自分の喉を潤してから馬にも水を与える。
「ご謙遜なさらずに」
ハンニは我が子を見る様に優しく微笑む。
ハンニには二人の子供がおり弟の方がチェロスと同い年らしく、それにより親近感が湧くのか何かと良くしてくれる。リュゼーとしても、面倒見の良いハンニには何かと世話になっている。
出発まで時間がある様なので、二人して岩を腰掛けにして体を休めることにした。
「確か、ハンニさんの先祖はトンポン出身でしたよね?」
「そうですね。旅の最終目的地であるトンポン国がまだコリン地方と呼ばれていた時代の話ですがね」
その昔、エルドレはドルリートという名の賢明な王が統治しており、領土を拡大していった。その後、賢明な王が身罷られるとエルドレは次第に力を失い、国の成り立ちによく見られる継承問題でリチレーヌとハオスは独立し、コリン地方はトンポンの一部となった。
「どういった縁でコヌセールへと来られたのですか?」
「詳しくは分かりませんが、戦火に見舞われ家を無くし、流れ流されコヌセールに移り住んだと伝えられています」
「そうだったんですね。嫌なことを訊いてしまい、失礼しました」
「いえいえ、私の生まれる前の話ですのでお気になさらずに」
ハンニはリュゼーのこういった立場に捉われず、真摯に対応する姿に好感を覚えている。
「それでは暇つぶしに昔話でもしましょうか?」
気まずそうに頭を掻いているリュゼーに対し、ハンニは優しく語りかける。
「是非」
ハンニの優しさに触れ、リュゼーは笑顔を向ける。
「先ほど申したように、詳しいことは分かりませんがね」
ハンニは水筒に口をつける。
ドルリート王が晩年を迎えた頃にエルドレの繁栄は最盛期を極める。幾つもの優秀な将を抱え、強靭な兵を有し、森林を切り開き農地改革を行い穀倉地帯へと変貌を遂げたリチレーヌにより国は富んだ。周辺国も帰属の意を示し、大陸内でも覇権を握った。
しかし、神の気まぐれにより状況は一変する。
夏になっても気温は上がらずに厳しい冬がさらに厳しさを増し、恵みとなる太陽は常に薄い雲に覆われて作物が育ちにくい状況が数年続いた。年を追うごとに食料を確保できない民が増え、国はみるみる疲弊していった。
賢明なドルリート王はあらゆる手を尽くし、その手から零れ落としながらもどうにか民を飢えから救い続けた。元々、狩猟や漁業により食料を得ていたエルドレと、比較的温暖な地域であるリチレーヌにおいて農地改革を行ったことが功を奏した結果とも言える。
優秀な参謀による施策や規律ある兵により反乱の芽は早期に摘み取られ、他国に比べると驚くべきほどに餓死者を出さなかった。
しかし、これが後の災いを招く。
時を同じく、エルドレより北方に位置し元から気温が低く作物の育ち難い帝国領土内は、悲惨を極めていく。力無き者から次々と倒れていき、力を失くした者は病に体を蝕まれていく。飢えた民は理性を無くし街の治安は乱れ、各地で反乱が起き始める。
時の皇帝ティノスは、民衆の目を他国に向けさせるために周辺国へ侵略を始める。しかし、侵略先の国々も食糧は乏しく、帝国民の胃袋を満たすことが出来ない。当初は強き指導者を民衆も支持したが、期待された戦果は得られずに戦争の負担だけが民に重くのしかかり始める。
ここで皇帝ティノスは己の進退を決める、ある決断をする。
帝国は動員できる全ての兵を集め、エルドレへと進軍を開始する。
「当時の戦いは苛烈を極めたみたいですよ。家は焼き払われ、逃げ遅れた民は切り捨てられ、何もかも奪われたそうです。私のご先祖様はコリン地方でも現在のエルドレに近いところに住んでいたらしいのですが、その場所まで帝国軍は迫ってきたそうです。そのため、焦土作戦?という言葉でしたかな、付近の住民は食糧などを持って街を離れたみたいです。戦争終了後にご先祖様の家族は街に戻ったそうですが、当時の大お爺様はまだ若くて結婚しておらず、三男のため土地を持つことが難しかったので街には戻らなかったそうです。山育ちの大お爺様は旅を続けていく内に、見たこともない程の大きな大きな塩の香りのする湖に衝撃を受け、船乗りになったそうです」
「そうだったのですね」
「我が家に伝わるちょっとした昔話です。だからそれほど嫌な話という訳ではないのですよ」
ハンニはリュゼーに笑いかける。
「気を使わせてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ。リュゼー様はお優しいのですね」
リュゼーは首を振る。
「まだ正式にエルメウスの家人になった訳ではないので、俺を呼ぶ時に様付けはやめて下さい」
「そうなった時に変える方が変ではないですか?これには慣れていただく他に、手はありませんよ」
「そうですよね。しかし…。いや、そうですね」
ハンニは満足そうにゆっくりと頷く。
一番高くまで登った太陽はその身を西に傾け始め、式典用から通常の風服に着替えたリュゼーの体を心地良く暖める。
「戦争とは嫌なものですね」
「全くです」
上空では鳶が凧の様に翼を広げ、甲高い鳴き声と共に気持ちよさそうに舞っている。
「ハンニさんはトンポンへ行くのは楽しみですか?」
「どうでしょうね。楽しみといえば楽しみですが、そうではないといえばそうではない気がします。親族もどこに住んでいるのか分からないですし、何よりもご先祖様が苦労した地でもありますからね」
「そうですよね。それでは先の戦争の相手…」
「おっと、話の途中ですみません。そろそろ出発するみたいですよ」
皆が馬車に乗り始めるのが目に入る。
「本当だ。それでは次の目的地までよろしくお願いします」
「はい、承知致しました」
リュゼーは立ち上がると尻の辺りを手で払い、馬車へと歩き出した。
「よーし、よし。良く頑張った」
リュゼーは馬の首を撫でて労を労いながら素早く馬具を外し、随行者と共に馬の繋ぎ換えを行う。これより山道に入るため、この場所は馬に休息を与えたり馬の繋ぎ換えを行う場所になっている。
「最早、御手の物ですね」
一緒に作業をしていた使用人のハンニに水を差し出される。
「いやいや、未だ半人前です。そんな風に見えたのならば、それはハンニさんに教えてもらった賜物ですよ」
リュゼーは皮革の水筒を受け取り、自分の喉を潤してから馬にも水を与える。
「ご謙遜なさらずに」
ハンニは我が子を見る様に優しく微笑む。
ハンニには二人の子供がおり弟の方がチェロスと同い年らしく、それにより親近感が湧くのか何かと良くしてくれる。リュゼーとしても、面倒見の良いハンニには何かと世話になっている。
出発まで時間がある様なので、二人して岩を腰掛けにして体を休めることにした。
「確か、ハンニさんの先祖はトンポン出身でしたよね?」
「そうですね。旅の最終目的地であるトンポン国がまだコリン地方と呼ばれていた時代の話ですがね」
その昔、エルドレはドルリートという名の賢明な王が統治しており、領土を拡大していった。その後、賢明な王が身罷られるとエルドレは次第に力を失い、国の成り立ちによく見られる継承問題でリチレーヌとハオスは独立し、コリン地方はトンポンの一部となった。
「どういった縁でコヌセールへと来られたのですか?」
「詳しくは分かりませんが、戦火に見舞われ家を無くし、流れ流されコヌセールに移り住んだと伝えられています」
「そうだったんですね。嫌なことを訊いてしまい、失礼しました」
「いえいえ、私の生まれる前の話ですのでお気になさらずに」
ハンニはリュゼーのこういった立場に捉われず、真摯に対応する姿に好感を覚えている。
「それでは暇つぶしに昔話でもしましょうか?」
気まずそうに頭を掻いているリュゼーに対し、ハンニは優しく語りかける。
「是非」
ハンニの優しさに触れ、リュゼーは笑顔を向ける。
「先ほど申したように、詳しいことは分かりませんがね」
ハンニは水筒に口をつける。
ドルリート王が晩年を迎えた頃にエルドレの繁栄は最盛期を極める。幾つもの優秀な将を抱え、強靭な兵を有し、森林を切り開き農地改革を行い穀倉地帯へと変貌を遂げたリチレーヌにより国は富んだ。周辺国も帰属の意を示し、大陸内でも覇権を握った。
しかし、神の気まぐれにより状況は一変する。
夏になっても気温は上がらずに厳しい冬がさらに厳しさを増し、恵みとなる太陽は常に薄い雲に覆われて作物が育ちにくい状況が数年続いた。年を追うごとに食料を確保できない民が増え、国はみるみる疲弊していった。
賢明なドルリート王はあらゆる手を尽くし、その手から零れ落としながらもどうにか民を飢えから救い続けた。元々、狩猟や漁業により食料を得ていたエルドレと、比較的温暖な地域であるリチレーヌにおいて農地改革を行ったことが功を奏した結果とも言える。
優秀な参謀による施策や規律ある兵により反乱の芽は早期に摘み取られ、他国に比べると驚くべきほどに餓死者を出さなかった。
しかし、これが後の災いを招く。
時を同じく、エルドレより北方に位置し元から気温が低く作物の育ち難い帝国領土内は、悲惨を極めていく。力無き者から次々と倒れていき、力を失くした者は病に体を蝕まれていく。飢えた民は理性を無くし街の治安は乱れ、各地で反乱が起き始める。
時の皇帝ティノスは、民衆の目を他国に向けさせるために周辺国へ侵略を始める。しかし、侵略先の国々も食糧は乏しく、帝国民の胃袋を満たすことが出来ない。当初は強き指導者を民衆も支持したが、期待された戦果は得られずに戦争の負担だけが民に重くのしかかり始める。
ここで皇帝ティノスは己の進退を決める、ある決断をする。
帝国は動員できる全ての兵を集め、エルドレへと進軍を開始する。
「当時の戦いは苛烈を極めたみたいですよ。家は焼き払われ、逃げ遅れた民は切り捨てられ、何もかも奪われたそうです。私のご先祖様はコリン地方でも現在のエルドレに近いところに住んでいたらしいのですが、その場所まで帝国軍は迫ってきたそうです。そのため、焦土作戦?という言葉でしたかな、付近の住民は食糧などを持って街を離れたみたいです。戦争終了後にご先祖様の家族は街に戻ったそうですが、当時の大お爺様はまだ若くて結婚しておらず、三男のため土地を持つことが難しかったので街には戻らなかったそうです。山育ちの大お爺様は旅を続けていく内に、見たこともない程の大きな大きな塩の香りのする湖に衝撃を受け、船乗りになったそうです」
「そうだったのですね」
「我が家に伝わるちょっとした昔話です。だからそれほど嫌な話という訳ではないのですよ」
ハンニはリュゼーに笑いかける。
「気を使わせてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ。リュゼー様はお優しいのですね」
リュゼーは首を振る。
「まだ正式にエルメウスの家人になった訳ではないので、俺を呼ぶ時に様付けはやめて下さい」
「そうなった時に変える方が変ではないですか?これには慣れていただく他に、手はありませんよ」
「そうですよね。しかし…。いや、そうですね」
ハンニは満足そうにゆっくりと頷く。
一番高くまで登った太陽はその身を西に傾け始め、式典用から通常の風服に着替えたリュゼーの体を心地良く暖める。
「戦争とは嫌なものですね」
「全くです」
上空では鳶が凧の様に翼を広げ、甲高い鳴き声と共に気持ちよさそうに舞っている。
「ハンニさんはトンポンへ行くのは楽しみですか?」
「どうでしょうね。楽しみといえば楽しみですが、そうではないといえばそうではない気がします。親族もどこに住んでいるのか分からないですし、何よりもご先祖様が苦労した地でもありますからね」
「そうですよね。それでは先の戦争の相手…」
「おっと、話の途中ですみません。そろそろ出発するみたいですよ」
皆が馬車に乗り始めるのが目に入る。
「本当だ。それでは次の目的地までよろしくお願いします」
「はい、承知致しました」
リュゼーは立ち上がると尻の辺りを手で払い、馬車へと歩き出した。
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