王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
68 / 148
本編前のエピソード

雲の行き先 6 曲がりくねった道を抜けて(中)

しおりを挟む
 リュゼーは大きく鼻から息を吐く。
 その横では誉められていたはずなのに、いつの間にか責められていたドロフが気まずそうな笑顔を浮かべて手綱を握っている。
 リュゼーの肩は呼吸に合わせて、小さく上下に動いている。坂道を登っているせいで呼吸が荒くなっていないというのは、顔を見れば直ぐに分かる。
「お前って酒は飲むのか?」
「飲んだことはありますが、そこまで美味しいとは思いませんでした」
 この国では飲酒に関する明確な規定はないが、体の出来ていない子供が口にするのはあまり良い顔はされない。『土』と呼ばれる職業訓練が始まればエールなどの度数の低いお酒ならばまあ良しとされているが、蒸留酒などの度数の高い酒については成人と見做されなければ口にできない。
「その年なら、酒の楽しみも旨さも分からないだろうな」
「そうかもしれませんが、なぜ聞くのです?」
「お前が酒を飲み始めたら、周りは大変だろうと思ってな」
 ドロフは少し小馬鹿にしながら、リュゼーの顔を見る。
「どういう事ですか?」
「酒を飲みながら、この様に迫られてはたまったもんじゃないからな」
「ちょっと待って下さい」
 リュゼーの背中から、治まったはずの気炎が勢いよく上がる。
「憧れを口に出しているのに、なぜ嫌がられるというのですか?俺には全く理解できません」
「あーーー分かった、分かった。俺が悪かった」
 宥めるように、吐き捨てるようにドロフは顔を振る。
 リュゼーは肩を迫り上げながら大きく息を吸うと、一瞬間を空けてその全てを鼻から吐き出す。
 両肩をすくめたドロフの視線の先に、街の片隅が見え始めていた。
 日は大きく西に傾き、木々にその姿を隠し始めている。その太陽を追いかけるように東の空からは月が薄らと顔を出している。
 山間の夜は平地より早く訪れる。太陽が沈んでしまうと直ぐに暗闇が辺りを覆うが、今夜は月の明かりが闇を照らしてくれそうだ。
 旅の一団は予定通りに宿場町ルクウスへと到着する。

 周りより一際大きな建物の敷地へと馬車が列を成して入っていく。地主の館などに見られる装飾は施されておらず、どちらかといえば清貧という言葉が似合う建物となっている。
 力のある家では、主要な宿場町の中にこのような拠点を設けていることが多い。高貴な人の安全を確保したり、高級品を運んでいる際に利用される。この様な拠点のない宿場町においては家の息が掛かっている宿屋が必ずあり、街で一夜を過ごす時には風の溜まり場かその様な宿屋以外に泊まることは通常あり得ない。
 母屋に隣接する東屋的な建物内へ、ドロフは馬車を乗り入れる。
 拠点の責任者である、フルウブが手を上げる。
「よーし」
 掛け声と共にゆっくりと進んでいた馬車の動きが止まる。リュゼーはすかさず車輪に輪止めを噛ませる。
「腹減ったー。飯だぞ飯」
 そう言ってドロフは馬車から降り、「久しぶりだな」とフルウブに握手を求める。
「おう、久しぶり」
 フルウブがドロフの手を握ると、お互い引き合う様に体を近付け、ドンと肩と肩をぶつける。
「すっかりと偉くなっちまって、こんな事でもなけりゃこんな辺鄙な所に立ち寄らなくなっちまったからな」
 フルウブは親しげにドロフの肩を抱く。
「よせよ、偶々だ」
 ドロフは嬉しそうに答える。
 二人が親しげに話している中、リュゼーは次の馬車が入ってくる前に、ルクウスの使用人とともに急いで馬から馬具を取り外す。
「完了しました」
「そうか、ご苦労」
 リュゼーの言葉を受けて、フルウブは次の馬車を招き入れる。
「それではまた後ほど」
「おう」
 ドロフとフルウブはお互いの胸を拳で突く。
「明日もよろしくお願いします」
 大声を張り上げたリュゼーに対してドロフは背中で返し、右手を上げながら母屋へと入っていった。
「それでは失礼します」
 リュゼーはフルウブに声を掛け、馬を引きながらその場を後にした。
 外に出ると見覚えのある人影がそこにあった。
「おう、チェロス。待っててくれたのか?」
 その人影は、すっかりといつもの笑顔を取り戻したチュロスだった。
 チュロスは二頭のうち、片方の馬の手綱を手に取る。
「ありがとな」
「へへへ」
 二人は馬に戯れ付かれながら、厩へと歩いていった。

「大した物はないけれど、沢山食べてね」
 白い三角巾を頭に巻き、エプロンを掛けた恰幅の良い女性がそれぞれのテーブルを回りながら声を掛けている。
「どう?美味しい?」
「はい」
 リュゼーは口を動かしながら答える。
「沢山あるから焦らず食べてね。君はどう?」
「めちゃくちゃ美味しい。おばさんて料理が上手だね」
 チェロスは目を大きく開いて答える。
「ありがとう、でもお姉さんね」
 女性はウィンクを返す。
 遠くのテーブルから「お代わり」との声が聞こえる。もう一度、同じテーブルから「お代わりちょうだい」と聞こえてくる。
「そこの綺麗なお姉さーん、お代わりもらえる?」
「はーい、ただ今。いつもながらよく食べるわねぇ」
 食堂にドッと笑い声が溢れる。
 リュゼーとチェロスは使用人たちに混じって、街の大衆食堂で晩飯を食べている。ドロフなどの成人した風はというと、拠点内の屋敷で夕食をとっている。
 二人の境遇からしたらしょうがないことではあるが、緊張で味の分からない料理を食べるより、普段から付き合いのある人達と楽しくテーブルを囲んだ方が良かったりもする。
 他のテーブルにも同じような風見習いの姿がある。
「うわ、美味い!」
 少し大袈裟とも取れる反応をチェロスが示す。
「あら、それ気に入った?」
 エプロンの女性が立ち止まる。
「うん。もしかして、おばちゃんて魔法使い?」
「あら、どうして?」
「こんな美味しい料理を作れるなんて、魔法使い以外に考えられないよ」
「嬉しいこと言う子ね。でも残念、私は魔法使いでもおばちゃんでもなく、ただのお姉さんよ」
「ただのお姉さんかぁ。でも、ただのお姉さんだったらここまで綺麗じゃないよね」
「やだ、この子ったら。その歳で、どこで覚えたのそんな言葉」
 チェロスは小首を傾げる。
「どこで覚えたのって何?本当のことでしょ?」
 リュゼーは肉に齧り付きながら、またやってらぁ、とチェロスの顔を見る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...