王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の物語 プロローグ

献杯

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 次の戦は焦る必要はない。此度の野戦で十分な戦果を得られた。
 主だった将は野営地にて王の元に集まり、今後の戦について評議が行われた。
「このまま砦を囲み、一気に攻め立てれば宜しいのでは?」
 レンゼストの意見に数名が頷く。しかし王とその傍らで己の存在を消している者は、頷く事はしない。
 王が頷かないのは分かる。皆の意見を聞き入れ、諸々を勘案しなければいけないからだ。
「お主が頷きさえすれば、事が進むというのに」
 己の視線に気が付きながらも視線を合わせようとしないファトストに向かってレンゼストは、誰が見ても不服そうな顔付きで言葉を投げつける。
 それでも尚、ファトストは朧げに視線を地に落としている。
「またあれこれと良からぬ事を考えおってからに。戦に勝ったというのに、辛気臭いやつは嫌じゃのう」
 話を振られたライロスは、無言のまま口元だけで笑いを浮かべる。
 王の御前ということもあって言葉を控えるライロスが面白くないのか、レンゼストは「ふん」と鼻を鳴らす。
 するとそこへ、馬の蹄音が聞こえてくる。
 爪音は陣幕の入り口付近で止み、ブルルとの鳴き声と馬が体を振る音と共に「よく頑張ったな」との声が聞こえる。
「やっと戻って来たか」
 リュゼーが漏らした言葉にレンゼストの顔が綻ぶ。
 兜を脱ぎながら陣幕内に入って来た男に「道草でも食っておったのか?」とレンゼストは笑い掛ける。
「レン爺、その言い草だと俺の帰りを待ち侘びてたみたいですね」
「おいチェロス、王の御前だぞ。慎まぬか!」
 チェロスはリュゼーに向かって軽く舌を出す。それを受けたリュゼーは「いつまでも子供の様なことをしおって」と、眉根に皺を寄せながら呆れ、王に向かって「私の不徳の致すところ。お許し下さい」と深々と頭を下げる。
 王は口元を緩ませる。
「よいよい、我が主はそんな些細な事など気にはせん」
 レンゼストの言葉にライロスは再び苦笑いを浮かべる。
「それよりどうだ?」
「出来る限りの敗走兵を砦の中に送り込んでおきましたよ」
 レンゼストは「そうか」と手を叩く。
「帝国兵って分かるやつには弓を射掛けて戦力は削いでおきましたので、お望み通り砦内にはタダ飯喰らいが溢れかえっている状況です。それに傭兵の影響力を強めるおまけ付きでね」
「タダ飯喰らいとな」レンゼストは片眉を上げる。「わざわざ自分の手柄を貶めよる」
「一言余計だ。だからお前は未だに隊を率いられぬのだ」
 敵国とはいえ兵に対してあまりにも礼を欠いた一言に、リュゼーは語気を荒くする。
 チェロスは悪びれもせず、王の元へと歩みを進める。
 リュゼーはチェロスの態度に苦虫を噛み潰したような顔を向けるが、跳ねっ返りが好きなレンゼストが髭を撫でながら楽しんでいる事と、傭兵と帝国兵とを人望で繋いでいた指揮兵が敗走中に戦線離脱したと報告が入っているため、奥歯を噛むだけにとどめておく。
 その他にも、戦闘中に良い動きをしていた部隊長数名がこの戦から姿を消した。
「お主にも非があるのだぞ」
 レンゼストは悪戯な顔をしてリュゼーに語りかける。
「私に『非』ですか?」
「そうだ。そうやって叱ってばかりだから臍を曲げておるのだ」
「そんな子供じみたことを」
「猟犬は褒めてやらねば育ちはせぬ。あやつが我に懐くのはそれが理由だろうて」
「そうでしょうか……」
 リュゼーはチェロスの背に目を向ける。
「王の名の下に『任』を遂行して参りました」
 チェロスは王の前で跪く。
「予定通りで問題ありません」
 続けてチェロスはファトストに告げる。
 これにて手筈は整った。そう言わんばかりにファトストの右目が微かだが細る。
「常にあの様にすればいいものを」
 チェロスは王の前では将然たる態度をとる。
「あれが答えだろうて」
 レンゼストがライロスに視線を送る。
「もしかしたら、わざとあのような態度をとってリュゼー様の元にとどまっているのかもしれませんね」
 ライロスは顔をレンゼストに近付け、声を落として答える。
「それだ。幼き頃より一緒に過ごし、兄として慕っているから尚更じゃろうて。あやつの性格はお主の方が知っておろうて。敵兵の気持ちが手に取るように分かるお主でも、分からぬ者がいるのだな」
「そんな子供じみたことを」
「子供、子供とおっしゃっていますが、私にとってチェロス様は素晴らしいお方です。お二人の間に流れる時間は、幼き頃より進んでいないのかもしれませんね」
「言い得て妙じゃ」
 ライロスの言葉にレンゼストは笑い、リュゼーは何も言い返せずに複雑な表情を浮かべる。
 チェロスは王の元から離れるとリュゼーの横に腰掛け、従者から差し出された杯を手に取り喉を潤す。口元を手で拭いながら獲物を仕留めた猟犬の目で、何も言わずにリュゼーをじっと見つめる。
 ゴン! と、鈍い音と共にチェロスは頭を押さえ、周囲から笑い声が漏れる。
「全く、嫌になるよな。素直に褒めることはできないのかよ」
 チェロスはそう言うと、笑いを堪えている従者から差し出された水差しを強引に奪い取り、リュゼーに背を向け、悪態ともとれる独り言を言いながら己自身で杯に水を注ぎ入れる。
「お前は褒められる以上に粗相が多い」
 死角から飛んできたリュゼーの拳を器用に躱すと、チェロスは杯の水を一気に飲み干す。
 二人のやりとりを楽しそうに見ていたレンゼストが「さあ、どうする?」と、急かす様に声を上げる。
 王はファトストを見る。
 それを受けてファトストは一歩前に出る。
「当初の予定通り砦の近くに陣を敷き、相手に圧力を掛けることで内乱を引き起こさせます。この策で重要なのは、こちらの損害を最小に抑えて、後々の戦を運びやすくする様に事を進めることです」
 王の前に置かれている付近図を指差す。
「先ずはこちらに陣を引き、敵に見える所で攻城兵器を組み立てていきます。心理的影響を強めるために投石機は組み上がり次第、順次投入していきます」
「砦の包囲は?」
 力攻めとなった場合、先陣を任されるリュートが質問する。
「兵糧攻めは考えていませんが、厳しくしたいと考えています。砦より兵の逃走が多くなればその分の動揺は大きくなりますが、帝国兵の割合を大きくしたくありません。しっかりと蓋をお願いします」
「揺さぶりはどうする?」
 頭の中に何やら作戦があるのか、リュゼーが問いかける。
「初期段階では考えていません。場合により離間や砦内へ侵入し流源の類を仕掛けていきますが、逃走兵が砦内へ流入した現在の様子が把握できていないので分かり次第の対応に成らざるをえません。最も、早い段階で仕掛ければ仕掛けるほどこちらの思惑通りに事が進むのは明白でしょう」
「必要だったら一部隊分の帝国兵の鎧、綺麗なの見繕って揃えてますんで言ってください」
 チェロスは、杯に水を注ぎながら告げる。
 ファトストの表情が変わる。
「そういうことは早く言え」
「兄貴だってこれぐらいのことは俺がしてくるって分かってただろ? ねえ、ファトスト様」
「利いた風な口をきくな」
 先ほどより大きなゴン! という音の後に「兄貴の褒め方は歪んでんだよ」と、チェロスは頭を強く擦る。
 ファトストはリュゼーに視線を送る。
 その視線を受けて直ぐに立ち上がり、王に頭を下げたあとにリュゼーは陣幕から出ていく。
 チェロスも立ち上がって王に頭を下げ「落ち落ち水さえも十分に飲めないのかよ。良いなぁ、レン爺はこれから酒が飲めて」と、嬉しそうにリュゼーの後を着いて行った。
「小賢しいことを」
 レンゼストは髭を撫でながら鼻で笑う。
「策は変更となりました」
 地図上に置かれている駒の位置を、ファトストは直ぐさま動かす。
「変更とは妙なことを言うのだな。今し方出て行ったわんぱく坊主が言っていた通り、これら全てが予定通りなのだろ?」
 レンゼストは駒を動かすファトストに視線を向ける。
「その駒の位置だと「こうなったら良い」と独り言の様に言いながら、この評議の前にぶつぶつと話をしていた策ではないか。お主はこれを変更だと思っているのか?」
 ファトストはそれに答えずに駒を並べ終える。
「それでは策を示します」
「その必要はあるか?」
 言葉を遮る様にして、レンゼストは周りにいる者の顔を見渡す。殆どの者が必要ないと首を横に振る。
「評定にて決まった当初の策よりも、今から説明しようとしている策の方を熱心に話していたではないか。心配性のお主が確定の様に話していれば、誰しもがこの策になるのだという察しはつく。今から同じことを聞かされるのならば必要ない、単なる無駄じゃ。それどころか、我は当初の策などすっかり忘れてしまったわい」
 レンゼストは豪快に笑うと王の顔を見る。
 王は肘掛けに頬杖をついたまま首を縦に動かし、父ほど歳の離れた、少年の様な顔をするレンゼストからの申し出を認める。
「皆の者、王より許しが出た」
 従者により水差しがさげられ、酒瓶が用意される。
 陣幕内にいる全ての者が杯を手にする。
「戦場に散った者たちのために、今宵は皆で掲げようぞ」
 レンゼストは注がれた酒を一気に酒を飲み干し、空になった杯を天に掲げた。
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