王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

雲の行き先 27 外交の目的

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 目抜き通りの入り口にあたる場所には、闇路に明かりを灯すかのごとく、篝火が煌々とたかれている。
 夜の闇から現れ、煌びやかな風衣を身に纏い隊の先頭に立つ者に、沿道に集まった民たちの視線が集まる。その者は視線に応えるように深々と頭を下げる。
 その後、ゆっくりとリュゼーたち荷馬車の方へと振り返り右手を上げる。
「出発!」
 張りのある声が辺りに響くと、大音量の笛の音が吹き手の息が続く限り鳴り響く。その、強風にも負けない船の出航を知らせる笛の音を聞き慣れないデポネルの民たちは目を丸くする。
 驚きで静まり返った民たちの耳に、軽やかなラッパの音が届けられる。軽快な太鼓のリズムに民たちの体が自然と揺れ始めた頃、先頭の馬車はゆっくりと動き出した。
 見慣れない荷馬車の行進に初めは戸惑っていたが、凛として馬車を操り、にこやかに手を振るエルメウス家に対して、子どもたちは次第に顔を輝かせて手を振り始める。
 華やかな催し物が始まった。
 他の馬車と間隔を同じくして、リュゼーも馬車を出発させる。ぎこちなくならない様に注意しながら手を振り、手綱を操る。
「音に驚いて、もう少しで馬が立ち上がりそうだったぞ。危機一髪だったな」
 話しかけられた為、リュゼーはそちらに顔を向ける。ドロフは普段見せない余所行きの顔で、沿道に向かって手を振っている。
「申し訳ありません」
 リュゼーはドロフ同様、口を動かさずに答える。
 馬車の横では使用人たちが、籠いっぱいに入れられた小分けされた塩や乾物を、沿道の人々に配っている。受け取った人は中身を確認すると驚き、また、顔を綻ばせている。品物を手に入れようと、我先に集まらないところを見ると、治安と共に人柄も良さそうだ。
「まさか、ここまできて辞退しますとは言わないよな」
「何度も言いますが、それはありません」
 リュゼーは父親らしき人の肩に乗り、笑顔で一生懸命に手を振っている、十にも満たない女の子に手を振り返す。
「それを聞いて安心した」
 道の反対側へ手を振る際、一瞬だけドロフと目が合う。
「ここまできてしまったら、もう時間は残されていない。茶番は終わりだ」
「はい」
 その目は、道中で見せたあの冷たい気を纏ったものだった。寒気がリュゼーの体に残る。
「見ての通り、領主としては問題なさそうだ。私兵も多くなく、反乱も起こしそうにない。気に入る気に入らないではなく、エルメウス家、延いてはエルドレと利害が一致するかが重要だ。それは分かっているよな?」
「はい」
 話によれば、事前に収集していたヘヒュニの情報と、会でのヘヒュニの態度があまりにも乖離していたらしい。エルメウス家としてはそれを重く受け止め、晩餐会に参加する人物の洗い直しを決めたとのことだ。情報は多い方が良い。家の名を落とすことになったとしても、リュゼーを参加させて相手の反応を窺おうとしたらしい。
 本家としても苦渋の決断だと聞いて、リュゼーの気持ちは少しだけ楽になった。
 ドロフ側の沿道には、三人組の若い娘がその身を寄せ合いながら、馬車に乗るエルメウス家の者を指差しては顔を近づけ、ひそひそと話をしている。その娘たちに向かってドロフが手を振る。音にかき消されなければ、きゃー、という声が聞こえてきそうな顔をしてこちらに手を振り返し、盛大に笑いながらお互いの手のひらをぶつけ合っている。
「考えてもみろ、ただの補助役が晩餐会に参加するか? これから出会う者たちは、お前が補助役などとは知らないからエルメウス家の一員として見るだろうな。役割が変わったのだから、求められるものが変わったことを、お前は肝に銘じなければならない」
「理解しています」
 俺に対して求めるものが変わった、確かにそうだ。すでに外交を経験するだけのものではなくなっている。
 ドロフの言葉で改めて思い知らされたリュゼーは、ヘヒュニの館を一度だけ見る。
 視線を戻す際に、建物と建物の間に不穏な空気を漂わせて一人佇む男の姿が目に留まる。男は家の壁に背を付けじっとこちらを見ている。相手に悟られないようにその様子を探っていると、家人らしき男が近付き、何やら手渡したかと思うと路地の奥に二人は消えていった。
「今のを見ていただろ、群衆に溶け込み人の記憶に残らないというのもある意味才能だ。しかし、お前はなぜだか人を惹きつける。記憶に残るというのは、ああいった役目には向いていない。潜入に向いていないやつは表で動くしかない。分かるな」
「はい」
「お前が敵の目を惹きつけて、周りを動きやすくするのだ」
「はい」
「お前が目立てば目立つほど、他のものは影に隠れ行動しやすくなる。普段なら段階を踏んで役割が決められる。適材適所というやつだ。しかし、こうなってしまったら、もうそんなことは言ってられない。お前は、お前自身の力で未来を切り開くしかないんだ」
「何から何までご指導していただき、ありがとうございます」
 沿道には両親に挟まれて、片手で母親の袖を掴み、指を咥えながらこちらを見ている男の子がいる。服が寝巻きの為、普段なら寝ている時間なのだろう。
 その子に向かってドロフは、優しく微笑みかけて手招きをする。状況が理解できていないみたいだったが、父親に背中を押されて、おずおずと何度か両親の方を振り返りながら近づいてくる。その子へ手のひらに乗る、帆にエルメウス家の家紋が縫い付けられた帆船の模型を手渡し、頭を優しく撫でる。男の子は目を輝かせて礼を言うと、両親の元へと駆けていった。
「エルメウス家はどこにいようが、エルメウス家の役割を果たす。それがどういったものか、お前は理解したな」
「はい、お教えいただきました」
 商人というのは、商いを行うために数多くの情報を収集する。戦の気配をいち早く察知するのもその者たちだ。
 諜報活動、エルメウス家の隠された顔をドロフにより聞かされた。
 リュゼーは再びヘヒュニの屋敷に向かって顔を向ける。
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