王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

雲の行き先 35 大広間 中

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 格や地位を最も重んじるこの国で、ヘヒュニとロシリオが同時に座ったのだ。これが嬉しくないわけが無い。
「気紛れだろうと何だろうと、ヘヒュニに対して強力な手札を手にしたんだ。少しは喜んだらどうだ」
 確かにそうだ。二人の関係性を考えれば、こちらについてくれる可能性が高い。もしかしたらこうなることを見越して、ロシリオと引き合わせてくれたのかもしれない。
 リュゼーは僅かに口元を緩ませて応える。
「これだけの事を成し遂げてその程度の反応なのは、中々の大物だな」
 ドロフは、この場で喜んでみろと無理難題を押し付けるが、リュゼーは微かに首を横に振り「勘弁して下さい」とだけ応える。
「お前がここから追い出されると俺が面倒事を背負い込むことになるから、許してやるとするか」
 ドロフは嬉しそうに笑う。
 照れ隠しなのか、こちらの反応を見るのがただ単に面白いからなのか分からないが、あの笑顔はずるい。狙ってのことだと思うが、ロシリオがあれ程の人物なのならば、事前に教えてくれても良いと思う。
「それに、お前みたいな癖の強いヤツから好かれるやつは、何かと使い勝手が良いからな」
 ドロフはディレクのことを目だけで見てから、挑発的な顔でリュゼーに笑い掛ける。
 頑張ります。と、リュゼーはその笑顔の意味を汲み取る。
 目指す先が彼の方だとは、いつになったら師に認めてもらえるのか不安になる。
 それより驚くのが、この『声』の扱いがもの凄く上手い。この静けさの中で周りに気付かれ無いうえに、口を動かさずともはっきりと言葉が聞き取れる。悔しいがここまでの技術はまだない。
 しかしながらこの声は、本当に便利なものだと思う。先ほどの部屋で行った挨拶の時に、ロシリオもこれを使えたのだから、他に使える者がこの場にいてもおかしくない。おそらくは、使用人が立てる微かな音に紛れながら、どこそこで色々な話が為されているのだろう。
「まさかあの席に座る方だとは思いもしませんでした」
 リュゼーは最新の注意を払いながら、同じ声にて答える。
「仮にも領主だからな。だからこそ、あの服で何ら問題はない。寧ろヘヒュニの方が、あの服でなければならない立場なのだがな」
 前の席ではディレクが執事の差し出した布を断り、懐から白い布を取り出す。ヘヒュニも同じ動作をして、布を台の上に置く。その横ではペターが、ロシリオの胸元に前掛けとして白い布を回す。真正面を向いてペターに身を任せるロシリオからは、堂々とした威厳を感じる。
 自分で用意した布を胸元に回したヘヒュニの横に小さな杯が置かれ、そこにブドウ酒が注がれる。ヘヒュニはその酒を、色、香り、舌ざわり、味と風味を、それぞれの手順に則って感じてから使用人に向かって頷く。直ぐさま杯が取り替えられ、前の三人に同じブドウ酒が注がれる。
 多数の使用人により丸テーブルに用意された杯へと同種の果実酒が注がれ、名を呼ばれなかった者たちは互いの杯にそれぞれの飲み物を注ぐ。
 談笑する声が聞こえてくると、ヘヒュニは先ほど回した布を一旦取り外して立ち上がる。
「先ほど女神からこの会の承認をいただいた。この国の女王の元、分け隔てのない話をしようではないか」
 皆に問いかけるように口上を述べた後、ヘヒュニが杯を手にすると皆が杯を手に持つ。
「良き一夜を」
 声に合わせて一斉に杯を掲げ、皆が杯に口を付ける。それから「良き一夜を」と、方々から声が上がる。
「まだ食うなよ」
「はい」
 すでにものを食べてる人が何を言っているんだと思うが、ここまでくれば普通に会話が出来るから気は楽になる。
「やはり、ヘヒュニとディレクの動作は美しいが、所作としての無駄が無いゆえにロシリオが一番綺麗だったな」
「確かにそうですね」
 確かにそうであるが、会話の内容については気は抜けない。この方にそれを言ったところで意味を成さないだろうから、こちらとしては気が気じゃ無い。
 前の席ではヘヒュニが杯をテーブルに置くと、椅子には座らず肉を切るために移動を始める。それに向かってドロフは顎をしゃくる。
「貴族が領主の統治能力を判断する材料の一つとして、肉を平等に切り分けるというものがあると言ったよな?」
「はい」
「丸テーブルに座る者が、領主を試しているように思えるだろ? 領主は領主で、わざと小さく肉を切ったりして遠回しの忠告にも使うらしいぞ。お前のことが嫌いだ、などと直接言うことは憚れるからな」
 リュゼーはドロフの顔を見つつ、声にならない息を長く吐きながら何回か頷く。
「この国にはこの国なりの大変さがあるのですね。テーブル作法も色々とありましたが、あれをそつなく熟すディレク様は、流石です」
 ディレクは元々、リチレーヌ相手に商いを担当する箇所の長だ。多額の給金を稼ぐのだが、位としたらそれほど高くない。それを態々、この外交のための称号を設けて、位を一気に一番上にした。
「ヘヒュニは初め、こちらから馬鹿にされたとでも思っていたのだろうな」
 位の低い者を聞いたこともない称号にてむりやり位を上げて向かわせた、と思ったならその通りだろう。
「そうですね。ですが、ディレク様は話をしただけで優秀な人物だというのが分かりますから、ヘヒュニも位などはどうでも良くなってしまったみたいですね」
 王の手から直接、女王宛ての文を授かったのだから凡庸な人であるはずがない。
「席に着くまでの親しげな様子を見れば、ディレクの人たらしにあいつもすっかりやられたみたいだな」
「はい」
 丸テーブルでは、ヘヒュニが最後の肉を切り始めた。そこにはデゴジとウタニュの二人が座っていた。真っ二つに切り分けた肉をそれぞれ二人の皿に載せると、ヘヒュニは「ごゆるりと」と両手を広げ、皆に体を向けながら言う。
 会話や食事の音が始まる中、その場に留まるヘヒュニの元へと人が集まっていく。デゴジとウタニュしか座っていない丸テーブルの席と席との間は、直ぐに人で埋められた。
「一番前の席に挨拶をしに行くには、それなりの地位にいる者じゃなければ駄目だ」
 ドロフは、見慣れない会に見入っているリュゼーに声を掛ける。
「そのために最後の席は、あの二人が座っているのですね」
 設けられた制約により、身分は低いがヘヒュニに近しい者はあそこで挨拶を済ませるのだろう。あの二人の席なら時間も含めて何かと気にしなくて良い。領主と話せる機会が得られるのだから、良く出来た制度だと思う。
「おい、もう食ってもいいぞ」
「あっ、はい」
 周りを確認すると、ヘヒュニに挨拶をしている者以外は食事を始めている。
「ヘヒュニが奥のテーブルに戻るまでは、移動をしての挨拶は行われない」
 ドロフに顔を向けると、会が始まった時よりすでに数粒少ないブドウを、一粒指で摘んでいる。
「それが好きなのですか?」
「まあな。紫でも美味いのはあるが、やはり食べるなら緑のものに限る。マルセーヌでは果実酒用の小粒なものが主流だから、懐かしさのあまりについつい手が伸びてしまうな」
 正にその通りで驚いた。ブドウは皮が厚く、甘くても少々酸味が強いものと思っていたが、先ほど隠れて食べたブドウはそんなことはなく、瑞々しくて甘く、とても美味しかった。
 ドロフはブドウを口の中に放り込むとパンを手に取り、お前も気にせず食べろと、パンに向かって顎を振る。リュゼーは頷くと、神に祈りを捧げ、嬉しそうになるべく平たいパンを手に取る。
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