王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の エピソード

とあるエピソード お灸 開戦 中

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 眼前に立ち並ぶ旗に炙り出された敵兵が、陣地より湧き出てくる。
 出てくる敵兵の多さが、レンゼストを最大限に警戒していることを示している。
「塚を壊されては堪らんからな」
 レンゼストは敵の反応を見て、素直に笑う。
「どうだ?」
「頃合いかと」
 ファトストは、敵兵の数を読んで進言する。
「前ばかり気にすると、後ろから襲われてしまうぞ」
 レンゼストがそう言いいながら手を上から下に振ると、近くで待機していた兵がケインとラークに知らせの矢を放つ。
 甲高い音が空を駆けると、陣形をしっかりと組んだ中央のハオス軍が、敵陣地へ向けて押し進め始める。
「ライロス」
 レンゼストは顔の横まで手を挙げる。
「弓兵!」
 ライロスは兵に声を掛け、矢を番えさせる。
「狙いは敵の出入りとなっている、左側の壁に近い、あの、崩れた塀の辺りだ」
 レンゼストが見つめる先に照準を定め、兵は引き絞る。
 レンゼストの手が振り下ろされると、長弓の力強い矢が敵を貫いていく。その衝撃で敵に動揺が走り、足が止まる。
「報告!」兵が駆け寄る。「右翼、拠点確保のため敵陣地へ交戦開始」
「敵の出入り口付近に、こちらの拠点があると便利ですね」
 レンゼストがファトストの顔を見る。ファトストは続けて、「クロスボウ兵が役に立ちます」と、小さく頷く。
「ライロス」
「はっ!」
「中央ハオス兵を使って敵の出入り口付近に拠点を築け、そこから矢だ。自ら巣に蓋をするなら儲け物だ」
 ライロスは兵を呼び、詳細を説明してから伝令へと向かわせる。
 そこに兜に羽を付けた別の兵が、レンゼストに近付いてくる。
「ロンビア様より伝令、右に押し出された敵兵へ攻撃を開始するとのこと」
 レンゼストは空をぐるりと見る。
「中央は突撃の機会までこのまま待つ。陣形を組み直しておけ」
「はっ!」
 ライロスが馬の腹を蹴って、隊へと駆け出す。
「さて、どうでると思う?」
 レンゼストは訊ねる。
「右翼の攻撃は兵糧を狙ったものだと、敵も気付くはず。左翼はハオスの将が多くいますので、思惑通りになるのでは、と考えます」
「上手く餌に食いついてくれるかのお」
「仕掛けが上手いので、心配はいらないのではないですか」
 レンゼストは不敵に笑う。
「海育ちの我にとっての狩りは、やはり釣りだ。仕掛けに獲物が食いつく瞬間が、一番心踊る瞬間だからな。この魚は見る限り、引きが強くて楽しめそうだ」
「ハオス兵も、自分が餌にされて将が釣りに興じているとは思いもしないでしょうね」
 ファトストはつられて笑う。
「何を言うか、これぐらいは楽しませてもらう。何より、好き勝手に攻めて良いなら、直ぐにでも敵の本拠地を狙いに行く。ハオスの将校が戦で我を忘れ、武人たる心意気を失くしたから、渋々、灸を据えるのだ」
「その通りです。しっかりと、レンゼスト様を侮ったハオス兵には、きつい灸を据えてやりましょう」
 レンゼストはそれを聞いて笑う。
「お主が怒るのを聞く度に、我は本当に灸を据えたかったのかと疑問に思ってしまうな」
「ファトスト様が言わなければ我々が」
 騎兵の一人が声を上げる。
「分かった、分かった」
 レンゼストは手首を振る。
「ハオスを守るのはハオスの兵であるのが当然だ、やつらの気持ちも分かる。しかし、戦は段取りが重要だ、焦ったところで勝利は手にできん。それを学んでもらおうではないか」
 レンゼストの思惑通りに、裏の防衛が必要となったため中央から敵が出てくるのが止み、後方の敵遊軍の大半がこちらの目を掻い潜る様に静かに左翼に向かって進軍する。
 その様子は、山から戦場に向けて放たれる偵察の矢が、逐一音で知らせる。

 中央はハオス兵が良く守り、敵の動きを制した。
 レンゼストは、その後で突撃の陣形を組んだまま時を重ねる。あくまで敵陣地への攻撃はハオス軍の仕事だと態度で示している。それでも中央の敵への牽制にはなっただろう。

 右翼は、こちらの狙いが兵糧だと敵が気付くと、直ぐに対策を講じてきた。そこから無理強いはせず、いつでも退ける位置で色々と仕事に励む。投降兵は正しく扱い、憎たらしい妨害を仕掛けてくるこちらに、敵は手を焼いている。

 左翼の状況はあまり良くない。敵の対応に追われて、陣地内の攻撃は鳴りを潜めてきた。
 陣地を壊すことは出来たが、敵軍には有効な攻撃が出来ていない。戦果として誇れるものではない。それが分かっているため苛烈に攻めたが、上手く返されてしまった。
 それどころか、敵遊軍により出口に蓋がされそうなのを、左翼は必死に堪えている。ここにきてやっと冷静になり、自分たちの仕掛けた無理な攻撃を悔やんでいるだろう。
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