王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
110 / 148
本編前のエピソード

雲の行き先 48 任せる策を立てたのは、とある人物

しおりを挟む
 何をすれば良い、今すべきことは何だ、何を任されている。それを直ぐにでも把握しろ、先ずは考えるんだ。
 この段階で二人がこの場から離れるということは、ロシリオとの情報交換が主な目的だったのだろう。ヘヒュニとのやり取りは、ボウエーンで行われた会か、晩餐会と呼ばれる会食で済んでいると考えるのが妥当だと思われる。
 ヘヒュニとロシリオ、両方からこの場へ誘われるという異常事態は、エルメウス家の者を呼び付けるのに適した人物だったに過ぎないだけだ。愚者を演じろとはよく言ったものだ。
 リュゼーはドロフに目配せをするが、相手からの返答はない。
 この任務をあんなにも嫌がっていたのは、これが理由だったのだ。師は面倒くさがりだから、気が進まなかったのだろう。だが、自分だけ残される理由が分からない。
 この状況では、これからどうすればいいか確認するのは不可能だろう。馬車での訓練や、部屋を移動しながら話せたことが懐かしい。教えを受けることのありがたみと、己自身で考えて動くことの難しさを思い知った。指示された通りに動くことで満足していた自分が可愛くもあり、馬鹿らしくも思える。この役に選ばれて当然だ。力の差があまりにも違いすぎる。悔しい。
 そんなリュゼーの姿を見たイルミルズは笑みを浮かべ、周りに気付かれないようにドロフの腰の辺りを小突く。わざとリュゼーと視線を合わせないようにしていたドロフだが、小さく顎を振り、『気付いている』とイルミルズに合図を送る。
 そんな遣り取りさえ気付かないほどに考え込むリュゼーは、平静を装って顔を作っているが眉根に僅かに皺を寄せる。
「どうしたの?」
 ウィーリーはリュゼーに優しく語りかける。
「そんなに怖い顔しなくても、誰も君を傷付けたりしないよ」ウィーリーはラギリの方を向く。「そうですよね?」
「そ、そうですとも」
 先ほどから自分に向けられているウィーリーを含めた皆の態度に違和感を感じていたのか、ラギリは慌てて答える。
「特別な格を持たなければこの場に立つことができません。当然ながらそのような輩はここには居ませんぞ」
「ラギリ様もこう仰っているんだし、肩の力を抜けばいいんじゃないかな。それの方が領主としても嬉しいはずだよ」
 ウィーリーの言う通りだ。
「ありがとうございます」
 リュゼーは頭を下げる。
 当初から予定されていたことなのかどうかは別として、この場に選ばれたということを光栄に思うべきだ。一丁前を気取っていた世間知らずに、こうして新たな役割を与えてくれたのだ。その期待には応えるためにも、エルメウス家から求められている仕事を単独で読み取り、それを満足する基準でこなさればならない。それをこなせてこそ、エルメウス家に相応しい人物だと認められる。肝に銘じろ。
 イルミルズは、再び思い耽っているリュゼーのことを横目で確認すると、片眉を上げて小さく顎をしゃくる。だが、ドロフは何も言わずに宙を見つめる。イルミルズはくすりと笑うと、表情を変える。
「そうですかな?」
 イルミルズが口を開く。
「どう言う意味ですか?」
 ウィーリーが問い返す。
「先ほど順番を待っていた際に、ラギリ殿はロシリオ様とリュゼーとの関係に興味がおありのご様子でした」
 ラギリは目だけを素早く動かし、動揺を瞳の奥に隠しつつドロフに向ける。
「多分ですが、お二人の関係を羨ましく考えておられるのではないですか? 男の嫉妬ほど怖いものはありません」
「イルミルズ様、酒の席とはいえ、それについてはいかがなものでしょうか?」
「そうですぞ、イルミルズ殿。そのようなことが、あるはずはありません」
 不躾な言葉にラギリは謙るも、語気は強い。
「そうですか、それは失礼した」
 言葉ではそう言うが反省している態度が見えないイルミルズの肩を、ドロフは手を置くように叩く。
「リュゼーにもそうでしたが、そうやって酒を飲まない相手に対して難癖を付けるのは、些かならず感心しませんな」
 明らかに冗談だと分かる物言いであったがイルミルズの表情は険しくなり、険悪な雰囲気が二人から広がっていく。
 ここでロシリオが手を二度ほど叩く。
 それを受けてウィーリーは杯に酒を注ぐと、二人に手渡す。イルミルズとドロフは杯を合わせてから、一気に飲み干す。
「これで手打ちだな」
 ロシリオは領主の威厳を示しつつ笑う。
「イルミルズ様」
 ウィーリーが先ほど注いだ酒が入った瓶を手に持ちながら、慮って話し掛ける。
「こちらをお持ち下さい」
「これほどの品をよろしのですか?」
 険しい雰囲気は一変し、イルミルズに笑顔が戻る。
「喜んでいただいて光栄です。これは、いただいた挨拶のお返しです」
 ウィーリーは和かに笑うと、ロシリオへと視線を送る。
「酒好きのチャントール翁へのお返しとなれば、これが一番であろう?」
「ロシリオ様の言う通り、これが一番に喜ばれるでしょう」
「途中で飲んでしまわないように気を付けなければいけませんな」
 ドロフが先ほど同様に話しかけても、イルミルズは笑顔を絶やさない。
「ドロフ殿、お互い様ですぞ。こちらとしては、あなたが飲んでしまわないか心配ですぞ」
「それはないので安心して下さい」
「おいおい、しっかりこちらの挨拶と共に届けてくれよ」
「心得ています」
 三人は声を出して笑い合う。
「それでは、失礼します」
 ドロフは皆に挨拶をする。
「この品が飲めないとは、残念ですね。代わりに私どもが飲み尽くしてしまいますね」
 イルミルズはラギリに向かって不敵な笑みを浮かべる。ラギリは少し引き攣った笑顔で応える。
「イルミルズ様、少々、酔いが回っておいでですか?」
 ウィーリーの問い掛けに、イルミルズは「おっと」と、体を少し仰け反る。
「口を滑らせてウィーリー様に叱られる前に、この場を離れますかな」
 イルミルズは、その場から離れる間際にリュゼーの肩に手を置く。
「酒が飲めない者同士ならその気持ちが分かるのではないか。せいぜい友好を深めるんだな」
 ラギリからはその顔が見えない角度でイルミルズはリュゼーに笑いかけ、ドロフに視線を移す。ドロフは明らかに不服そうな顔をして応えると、リュゼーからの言葉を待たずにイルミルズに肩を抱かれたままその場を離れる。
 リュゼーは二人の後ろ姿を見送りながら考える。
 せいぜいという言葉は皮肉として使われることがあるが、あの笑顔からするとそうではない。ラギリに意味を履き違えさせるためにわざと使ったものだ。ということは、お前一人でラギリをどうにかしろ、と言われたのではないか。皆の実力を勘案すれば、話の流れでラギリから情報を抜くことなど容易いだろう。そうなると、得られるものが無いということなのか。それを踏まえると、ラギリという人物はそれほど危険視されていないのではないか。
 いや、待てよ。急遽、二人が離れる必要ができたと考えたらどうだ。ロシリオは、イルミルズにチャントールへ挨拶を届けてくれと言っていた。隠された会話の中に、早急に伝えなければいけないことがあったというのだろうか。
 ラギリに関してというか、敵情の報知が少なすぎるため分析が上手くできない。手にした情報が少なく、これ以上は考えても分からない。改めてその重要性というものが分かる。
「そんなに怖い顔をしないでよ」
 リュゼーはウィーリーの言葉により、自分の顔がどうなっているか気付かされる。
「この様な場のために緊張してしまい、申し訳ありません」
「多分だけれど、ラギリ様も君と仲良くしたいと考えていると思うよ」
「全くその通りです」
 ラギリはイルミルズがいなくなったせいか、心に余裕ができたのが分かる。それにより普段の調子が戻ったのか、ラギリが醸し出す海千山千の雰囲気に自分ひとりでは太刀打ちできないことをリュゼーは悟る。
 ここは無理をせずに、当たり障りの無い会話をして煙に巻くだけで良いのではないか。
「きっと君とラギリ様が仲良くなったら、エルメウス家としては嬉しいだろうね」
「それは良い」ラギリは笑う。「先ほど話したディレク様も素晴らしいお人でした。こちらとしてもお願いしたいですな」 
「よろしくお願いします」
 そう答えるリュゼーだが、己が品定めを受けているのをラギリからの視線からひしひしと感じる。
「ありがとうございます」
 どうすれば良いか教えてくれたウィーリーに対し、ドロフは頭を深々と下げる。一番深く頭を下げた位置で目を瞑り、顔を上げる前にリュゼーは顔を作り直す。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...