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本編前のエピソード
雲の行き先 51 実り 上
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「やい小僧、お前は良い目をしているな」
チェンザードは握った手を勢い良く引くと、目一杯の力で胸をぶつけ合う。あまりの衝撃にリュゼーはむせ込んでしまう。
ロシリオの『それ』は力が湧いてくるような感覚であったが、チェンザードとの挨拶もそれに近いものがあった。しかしながらあまりの衝撃に、考えや思いなど何もかもが吹き飛んでしまった。
もうどうなってもいい、なるようになれ、だ。
咳で話ができないリュゼーを他所に、チェンザードは話を続ける。
「領主のお気に入りかもしれんが、わしはそう簡単に懐柔されんぞ」
チェンザードは「ほれ」と杯を差し出す。リュゼーは眉根に深い皺を刻みながら咳を我慢し、使用人より酒瓶を受け取って丁寧に酌をする。
それを見てチェンザードは、ふふん、と鼻を鳴らす。
「なんだその顔は?」
チェンザードは笑いながらリュゼーの背中を、バンと叩く。背中から胸へと抜ける衝撃に、リュゼーはさらに激しく咳き込む。危うく酒瓶を落としそうになったがどうにか堪え、無理矢理に笑顔を作って応える。その顔があまりにも滑稽だったのか、周りにいる者たちは声を出して笑う。
「そうだぞ坊主。いくら領主が人を見る目があるとはいっても、俺たちが気に入るとは限らないからな」
チェンザードの隣にいた、髭に白いものが混じり始めた男が手を差し出す。
チェンザードもそうであったが、あまりにも口調が下品だ。リュートのいるホロイ家の人間もそうだが、自分の命を懸けて生きている人はどこもそうだ。言葉に気を使うより、自分の身を守る方に頭を使いたいのだろうか。
リュゼーがその手を握ると同時に、勢い良く自分の方へと引く。リュゼーも負けじと引いてみたが、簡単に引き寄せられてしまう。
チェンザードとの挨拶を経験して心の準備ができていたからこそ、この衝撃には耐えられたが、胸の圧迫が続いたためにリュゼーは呼吸を整えられない。
その男は、何かを言おうとしているが、咳き込んで何を言っているのか分からないリュゼーから、酒を注いでもらう。
「ほお、面白いやつだ」
「イローネ、お前もそう思うか?」
チェンザードはその男に話しかける。
「ですな」
チェンザードとイローネは杯を合わせる。
これで二人との縁を結べた。リュゼーがそう思っていると、「次は俺だ」と、この中で一番若手であろう男が挨拶を申し出る。
その男は、挨拶に言葉は必要ない、と言わんばかりにリュゼーと握手をしながら、力強く胸を合わせる。
「なぜに他国の者を可愛がるのかと疑問に思ったが、これなら納得だな」
それを見ていたチェンザードがイローネに話を振る。
「同じく。これほどまでに、この場にふさわしいやつは他にはいませんな」
二人が笑いながら見る視線の先には、リュゼーが若い男に揶揄われながら酒を注いでいる。
もしかしたら力比べの意味があるのかもしれない、などとリュゼーが思っていると、いかにも力がありそうな者がリュゼーに向かって、手を出せと催促する。
リュゼーは深く息を吐いて、腹に力を入れ「お願いします」と、その手を握る。
その後も余興じみた挨拶でそれぞれと胸をぶつけ合い、杯へと酒を注いでいく。
散々に遊ばれた後、最後にリサードと挨拶をする。
「へー、領主が面白がる理由が分かるよ」
「そう言っていただいて、ありがとうございます」
リュゼーは礼を述べながら酒を注ぐ。
先ほどからこの方たちは挨拶が済んだ後、皆一様に感想なりを話す。
「お前の所属する隊はどんなことをするんだ?」
所属? 隊? エルメウス家での生業を聞いているのか?
「エルメウス家では、荷を運んでいます」
「荷を運ぶ? ああ、兵站か。護衛か何かをしているのか?」
「家としては護衛業もしているのですが、まだ正式に召し抱えられてはいなく、見習いという立場です」
「そうなのだな。まあ、その歳では前線へは駆り出されぬか」
「はい、正式な家人となれるように精進しています」
「そうか、励めよ」
「はい、頑張ります」
リサードと話し終えると、イローネから「坊主」と、杯を向けられる。
「このまま成長すると、面白くなりそうだな」
「ありがとうございます」
イローネと話をしながら、リュゼーは酒を注ぐ。
「ウィーリーに教えを乞うているのか?」
「はい」
「あいつは特殊だからな。得るべきものは多いだろう」
「はい、勉強になります」
「己の特性が分かっているようだから、大いに学べよ」
チェンザードと似ているのか、イローネもリュゼーの背中を叩く。
強く背中を叩かれた為、胸を出すように体を反らしながら「特性ですか?」と、リュゼーは尋ねる。
「気付いていないのか?」
「はい」
「そうか。それならこれから学べるだろう。だから気にするな」
イローネは注がれた酒に口を付け、「流石だな」と笑う。
「小僧」
チェンザードがリュゼーを呼ぶ。
「はい」
「若が戻ってこいとお呼びだ」
「承知しました」
リュゼーは使用人へ酒瓶を手渡す。チェンザードの横を通る際に「上出来だ」と、リュゼーは肩を叩かれる。
リュゼーは何について言っているのか分からぬまま、ロシリオの元へと向かう
「それでどうであった?」
「皆さん素敵な人たちでした。有意義な時間を過ごせました」
「そうか」
ロシリオはそれ以上、何も言わない。
「君は何をしに行ったのかな?」
「何と言われましても、皆さまにお酒を注ぎに……」
話の途中でウィーリーが悲しそうな顔をした為、リュゼーは言葉を失う。
「申し訳ありません。あの男への注意を怠っていました」
「厳しいことを言えば、自分に課された役目を放棄したってことだよね」
ウィーリーは声を変える。
「——しかも、誰が聞いているかも分からない状況で、策の一部を平気で言ったな」
いつもと違うウィーリーの厳しい口調に、リュゼーは咄嗟に目を逸す。
「お前がどう思っているか知らんが、ウィーリーは俺に付き従う者の中で一番気性が荒いやつだ。怒らせると厄介だぞ」
ロシリオの言葉だというのに、ウィーリーは何の反応も示さない。只々、冷たくリュゼーを見つめる。
「——見張っていろとのことでしたので、策だと理解していませんでした」
「おい」
ウィーリーの言葉がリュゼーを殴り付ける。
ロシリオが片手を横に上げる。
チェンザードは握った手を勢い良く引くと、目一杯の力で胸をぶつけ合う。あまりの衝撃にリュゼーはむせ込んでしまう。
ロシリオの『それ』は力が湧いてくるような感覚であったが、チェンザードとの挨拶もそれに近いものがあった。しかしながらあまりの衝撃に、考えや思いなど何もかもが吹き飛んでしまった。
もうどうなってもいい、なるようになれ、だ。
咳で話ができないリュゼーを他所に、チェンザードは話を続ける。
「領主のお気に入りかもしれんが、わしはそう簡単に懐柔されんぞ」
チェンザードは「ほれ」と杯を差し出す。リュゼーは眉根に深い皺を刻みながら咳を我慢し、使用人より酒瓶を受け取って丁寧に酌をする。
それを見てチェンザードは、ふふん、と鼻を鳴らす。
「なんだその顔は?」
チェンザードは笑いながらリュゼーの背中を、バンと叩く。背中から胸へと抜ける衝撃に、リュゼーはさらに激しく咳き込む。危うく酒瓶を落としそうになったがどうにか堪え、無理矢理に笑顔を作って応える。その顔があまりにも滑稽だったのか、周りにいる者たちは声を出して笑う。
「そうだぞ坊主。いくら領主が人を見る目があるとはいっても、俺たちが気に入るとは限らないからな」
チェンザードの隣にいた、髭に白いものが混じり始めた男が手を差し出す。
チェンザードもそうであったが、あまりにも口調が下品だ。リュートのいるホロイ家の人間もそうだが、自分の命を懸けて生きている人はどこもそうだ。言葉に気を使うより、自分の身を守る方に頭を使いたいのだろうか。
リュゼーがその手を握ると同時に、勢い良く自分の方へと引く。リュゼーも負けじと引いてみたが、簡単に引き寄せられてしまう。
チェンザードとの挨拶を経験して心の準備ができていたからこそ、この衝撃には耐えられたが、胸の圧迫が続いたためにリュゼーは呼吸を整えられない。
その男は、何かを言おうとしているが、咳き込んで何を言っているのか分からないリュゼーから、酒を注いでもらう。
「ほお、面白いやつだ」
「イローネ、お前もそう思うか?」
チェンザードはその男に話しかける。
「ですな」
チェンザードとイローネは杯を合わせる。
これで二人との縁を結べた。リュゼーがそう思っていると、「次は俺だ」と、この中で一番若手であろう男が挨拶を申し出る。
その男は、挨拶に言葉は必要ない、と言わんばかりにリュゼーと握手をしながら、力強く胸を合わせる。
「なぜに他国の者を可愛がるのかと疑問に思ったが、これなら納得だな」
それを見ていたチェンザードがイローネに話を振る。
「同じく。これほどまでに、この場にふさわしいやつは他にはいませんな」
二人が笑いながら見る視線の先には、リュゼーが若い男に揶揄われながら酒を注いでいる。
もしかしたら力比べの意味があるのかもしれない、などとリュゼーが思っていると、いかにも力がありそうな者がリュゼーに向かって、手を出せと催促する。
リュゼーは深く息を吐いて、腹に力を入れ「お願いします」と、その手を握る。
その後も余興じみた挨拶でそれぞれと胸をぶつけ合い、杯へと酒を注いでいく。
散々に遊ばれた後、最後にリサードと挨拶をする。
「へー、領主が面白がる理由が分かるよ」
「そう言っていただいて、ありがとうございます」
リュゼーは礼を述べながら酒を注ぐ。
先ほどからこの方たちは挨拶が済んだ後、皆一様に感想なりを話す。
「お前の所属する隊はどんなことをするんだ?」
所属? 隊? エルメウス家での生業を聞いているのか?
「エルメウス家では、荷を運んでいます」
「荷を運ぶ? ああ、兵站か。護衛か何かをしているのか?」
「家としては護衛業もしているのですが、まだ正式に召し抱えられてはいなく、見習いという立場です」
「そうなのだな。まあ、その歳では前線へは駆り出されぬか」
「はい、正式な家人となれるように精進しています」
「そうか、励めよ」
「はい、頑張ります」
リサードと話し終えると、イローネから「坊主」と、杯を向けられる。
「このまま成長すると、面白くなりそうだな」
「ありがとうございます」
イローネと話をしながら、リュゼーは酒を注ぐ。
「ウィーリーに教えを乞うているのか?」
「はい」
「あいつは特殊だからな。得るべきものは多いだろう」
「はい、勉強になります」
「己の特性が分かっているようだから、大いに学べよ」
チェンザードと似ているのか、イローネもリュゼーの背中を叩く。
強く背中を叩かれた為、胸を出すように体を反らしながら「特性ですか?」と、リュゼーは尋ねる。
「気付いていないのか?」
「はい」
「そうか。それならこれから学べるだろう。だから気にするな」
イローネは注がれた酒に口を付け、「流石だな」と笑う。
「小僧」
チェンザードがリュゼーを呼ぶ。
「はい」
「若が戻ってこいとお呼びだ」
「承知しました」
リュゼーは使用人へ酒瓶を手渡す。チェンザードの横を通る際に「上出来だ」と、リュゼーは肩を叩かれる。
リュゼーは何について言っているのか分からぬまま、ロシリオの元へと向かう
「それでどうであった?」
「皆さん素敵な人たちでした。有意義な時間を過ごせました」
「そうか」
ロシリオはそれ以上、何も言わない。
「君は何をしに行ったのかな?」
「何と言われましても、皆さまにお酒を注ぎに……」
話の途中でウィーリーが悲しそうな顔をした為、リュゼーは言葉を失う。
「申し訳ありません。あの男への注意を怠っていました」
「厳しいことを言えば、自分に課された役目を放棄したってことだよね」
ウィーリーは声を変える。
「——しかも、誰が聞いているかも分からない状況で、策の一部を平気で言ったな」
いつもと違うウィーリーの厳しい口調に、リュゼーは咄嗟に目を逸す。
「お前がどう思っているか知らんが、ウィーリーは俺に付き従う者の中で一番気性が荒いやつだ。怒らせると厄介だぞ」
ロシリオの言葉だというのに、ウィーリーは何の反応も示さない。只々、冷たくリュゼーを見つめる。
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