113 / 148
本編前のエピソード
雲の行き先 51 実り 上
しおりを挟む
「やい小僧、お前は良い目をしているな」
チェンザードは握った手を勢い良く引くと、目一杯の力で胸をぶつけ合う。あまりの衝撃にリュゼーはむせ込んでしまう。
ロシリオの『それ』は力が湧いてくるような感覚であったが、チェンザードとの挨拶もそれに近いものがあった。しかしながらあまりの衝撃に、考えや思いなど何もかもが吹き飛んでしまった。
もうどうなってもいい、なるようになれ、だ。
咳で話ができないリュゼーを他所に、チェンザードは話を続ける。
「領主のお気に入りかもしれんが、わしはそう簡単に懐柔されんぞ」
チェンザードは「ほれ」と杯を差し出す。リュゼーは眉根に深い皺を刻みながら咳を我慢し、使用人より酒瓶を受け取って丁寧に酌をする。
それを見てチェンザードは、ふふん、と鼻を鳴らす。
「なんだその顔は?」
チェンザードは笑いながらリュゼーの背中を、バンと叩く。背中から胸へと抜ける衝撃に、リュゼーはさらに激しく咳き込む。危うく酒瓶を落としそうになったがどうにか堪え、無理矢理に笑顔を作って応える。その顔があまりにも滑稽だったのか、周りにいる者たちは声を出して笑う。
「そうだぞ坊主。いくら領主が人を見る目があるとはいっても、俺たちが気に入るとは限らないからな」
チェンザードの隣にいた、髭に白いものが混じり始めた男が手を差し出す。
チェンザードもそうであったが、あまりにも口調が下品だ。リュートのいるホロイ家の人間もそうだが、自分の命を懸けて生きている人はどこもそうだ。言葉に気を使うより、自分の身を守る方に頭を使いたいのだろうか。
リュゼーがその手を握ると同時に、勢い良く自分の方へと引く。リュゼーも負けじと引いてみたが、簡単に引き寄せられてしまう。
チェンザードとの挨拶を経験して心の準備ができていたからこそ、この衝撃には耐えられたが、胸の圧迫が続いたためにリュゼーは呼吸を整えられない。
その男は、何かを言おうとしているが、咳き込んで何を言っているのか分からないリュゼーから、酒を注いでもらう。
「ほお、面白いやつだ」
「イローネ、お前もそう思うか?」
チェンザードはその男に話しかける。
「ですな」
チェンザードとイローネは杯を合わせる。
これで二人との縁を結べた。リュゼーがそう思っていると、「次は俺だ」と、この中で一番若手であろう男が挨拶を申し出る。
その男は、挨拶に言葉は必要ない、と言わんばかりにリュゼーと握手をしながら、力強く胸を合わせる。
「なぜに他国の者を可愛がるのかと疑問に思ったが、これなら納得だな」
それを見ていたチェンザードがイローネに話を振る。
「同じく。これほどまでに、この場にふさわしいやつは他にはいませんな」
二人が笑いながら見る視線の先には、リュゼーが若い男に揶揄われながら酒を注いでいる。
もしかしたら力比べの意味があるのかもしれない、などとリュゼーが思っていると、いかにも力がありそうな者がリュゼーに向かって、手を出せと催促する。
リュゼーは深く息を吐いて、腹に力を入れ「お願いします」と、その手を握る。
その後も余興じみた挨拶でそれぞれと胸をぶつけ合い、杯へと酒を注いでいく。
散々に遊ばれた後、最後にリサードと挨拶をする。
「へー、領主が面白がる理由が分かるよ」
「そう言っていただいて、ありがとうございます」
リュゼーは礼を述べながら酒を注ぐ。
先ほどからこの方たちは挨拶が済んだ後、皆一様に感想なりを話す。
「お前の所属する隊はどんなことをするんだ?」
所属? 隊? エルメウス家での生業を聞いているのか?
「エルメウス家では、荷を運んでいます」
「荷を運ぶ? ああ、兵站か。護衛か何かをしているのか?」
「家としては護衛業もしているのですが、まだ正式に召し抱えられてはいなく、見習いという立場です」
「そうなのだな。まあ、その歳では前線へは駆り出されぬか」
「はい、正式な家人となれるように精進しています」
「そうか、励めよ」
「はい、頑張ります」
リサードと話し終えると、イローネから「坊主」と、杯を向けられる。
「このまま成長すると、面白くなりそうだな」
「ありがとうございます」
イローネと話をしながら、リュゼーは酒を注ぐ。
「ウィーリーに教えを乞うているのか?」
「はい」
「あいつは特殊だからな。得るべきものは多いだろう」
「はい、勉強になります」
「己の特性が分かっているようだから、大いに学べよ」
チェンザードと似ているのか、イローネもリュゼーの背中を叩く。
強く背中を叩かれた為、胸を出すように体を反らしながら「特性ですか?」と、リュゼーは尋ねる。
「気付いていないのか?」
「はい」
「そうか。それならこれから学べるだろう。だから気にするな」
イローネは注がれた酒に口を付け、「流石だな」と笑う。
「小僧」
チェンザードがリュゼーを呼ぶ。
「はい」
「若が戻ってこいとお呼びだ」
「承知しました」
リュゼーは使用人へ酒瓶を手渡す。チェンザードの横を通る際に「上出来だ」と、リュゼーは肩を叩かれる。
リュゼーは何について言っているのか分からぬまま、ロシリオの元へと向かう
「それでどうであった?」
「皆さん素敵な人たちでした。有意義な時間を過ごせました」
「そうか」
ロシリオはそれ以上、何も言わない。
「君は何をしに行ったのかな?」
「何と言われましても、皆さまにお酒を注ぎに……」
話の途中でウィーリーが悲しそうな顔をした為、リュゼーは言葉を失う。
「申し訳ありません。あの男への注意を怠っていました」
「厳しいことを言えば、自分に課された役目を放棄したってことだよね」
ウィーリーは声を変える。
「——しかも、誰が聞いているかも分からない状況で、策の一部を平気で言ったな」
いつもと違うウィーリーの厳しい口調に、リュゼーは咄嗟に目を逸す。
「お前がどう思っているか知らんが、ウィーリーは俺に付き従う者の中で一番気性が荒いやつだ。怒らせると厄介だぞ」
ロシリオの言葉だというのに、ウィーリーは何の反応も示さない。只々、冷たくリュゼーを見つめる。
「——見張っていろとのことでしたので、策だと理解していませんでした」
「おい」
ウィーリーの言葉がリュゼーを殴り付ける。
ロシリオが片手を横に上げる。
チェンザードは握った手を勢い良く引くと、目一杯の力で胸をぶつけ合う。あまりの衝撃にリュゼーはむせ込んでしまう。
ロシリオの『それ』は力が湧いてくるような感覚であったが、チェンザードとの挨拶もそれに近いものがあった。しかしながらあまりの衝撃に、考えや思いなど何もかもが吹き飛んでしまった。
もうどうなってもいい、なるようになれ、だ。
咳で話ができないリュゼーを他所に、チェンザードは話を続ける。
「領主のお気に入りかもしれんが、わしはそう簡単に懐柔されんぞ」
チェンザードは「ほれ」と杯を差し出す。リュゼーは眉根に深い皺を刻みながら咳を我慢し、使用人より酒瓶を受け取って丁寧に酌をする。
それを見てチェンザードは、ふふん、と鼻を鳴らす。
「なんだその顔は?」
チェンザードは笑いながらリュゼーの背中を、バンと叩く。背中から胸へと抜ける衝撃に、リュゼーはさらに激しく咳き込む。危うく酒瓶を落としそうになったがどうにか堪え、無理矢理に笑顔を作って応える。その顔があまりにも滑稽だったのか、周りにいる者たちは声を出して笑う。
「そうだぞ坊主。いくら領主が人を見る目があるとはいっても、俺たちが気に入るとは限らないからな」
チェンザードの隣にいた、髭に白いものが混じり始めた男が手を差し出す。
チェンザードもそうであったが、あまりにも口調が下品だ。リュートのいるホロイ家の人間もそうだが、自分の命を懸けて生きている人はどこもそうだ。言葉に気を使うより、自分の身を守る方に頭を使いたいのだろうか。
リュゼーがその手を握ると同時に、勢い良く自分の方へと引く。リュゼーも負けじと引いてみたが、簡単に引き寄せられてしまう。
チェンザードとの挨拶を経験して心の準備ができていたからこそ、この衝撃には耐えられたが、胸の圧迫が続いたためにリュゼーは呼吸を整えられない。
その男は、何かを言おうとしているが、咳き込んで何を言っているのか分からないリュゼーから、酒を注いでもらう。
「ほお、面白いやつだ」
「イローネ、お前もそう思うか?」
チェンザードはその男に話しかける。
「ですな」
チェンザードとイローネは杯を合わせる。
これで二人との縁を結べた。リュゼーがそう思っていると、「次は俺だ」と、この中で一番若手であろう男が挨拶を申し出る。
その男は、挨拶に言葉は必要ない、と言わんばかりにリュゼーと握手をしながら、力強く胸を合わせる。
「なぜに他国の者を可愛がるのかと疑問に思ったが、これなら納得だな」
それを見ていたチェンザードがイローネに話を振る。
「同じく。これほどまでに、この場にふさわしいやつは他にはいませんな」
二人が笑いながら見る視線の先には、リュゼーが若い男に揶揄われながら酒を注いでいる。
もしかしたら力比べの意味があるのかもしれない、などとリュゼーが思っていると、いかにも力がありそうな者がリュゼーに向かって、手を出せと催促する。
リュゼーは深く息を吐いて、腹に力を入れ「お願いします」と、その手を握る。
その後も余興じみた挨拶でそれぞれと胸をぶつけ合い、杯へと酒を注いでいく。
散々に遊ばれた後、最後にリサードと挨拶をする。
「へー、領主が面白がる理由が分かるよ」
「そう言っていただいて、ありがとうございます」
リュゼーは礼を述べながら酒を注ぐ。
先ほどからこの方たちは挨拶が済んだ後、皆一様に感想なりを話す。
「お前の所属する隊はどんなことをするんだ?」
所属? 隊? エルメウス家での生業を聞いているのか?
「エルメウス家では、荷を運んでいます」
「荷を運ぶ? ああ、兵站か。護衛か何かをしているのか?」
「家としては護衛業もしているのですが、まだ正式に召し抱えられてはいなく、見習いという立場です」
「そうなのだな。まあ、その歳では前線へは駆り出されぬか」
「はい、正式な家人となれるように精進しています」
「そうか、励めよ」
「はい、頑張ります」
リサードと話し終えると、イローネから「坊主」と、杯を向けられる。
「このまま成長すると、面白くなりそうだな」
「ありがとうございます」
イローネと話をしながら、リュゼーは酒を注ぐ。
「ウィーリーに教えを乞うているのか?」
「はい」
「あいつは特殊だからな。得るべきものは多いだろう」
「はい、勉強になります」
「己の特性が分かっているようだから、大いに学べよ」
チェンザードと似ているのか、イローネもリュゼーの背中を叩く。
強く背中を叩かれた為、胸を出すように体を反らしながら「特性ですか?」と、リュゼーは尋ねる。
「気付いていないのか?」
「はい」
「そうか。それならこれから学べるだろう。だから気にするな」
イローネは注がれた酒に口を付け、「流石だな」と笑う。
「小僧」
チェンザードがリュゼーを呼ぶ。
「はい」
「若が戻ってこいとお呼びだ」
「承知しました」
リュゼーは使用人へ酒瓶を手渡す。チェンザードの横を通る際に「上出来だ」と、リュゼーは肩を叩かれる。
リュゼーは何について言っているのか分からぬまま、ロシリオの元へと向かう
「それでどうであった?」
「皆さん素敵な人たちでした。有意義な時間を過ごせました」
「そうか」
ロシリオはそれ以上、何も言わない。
「君は何をしに行ったのかな?」
「何と言われましても、皆さまにお酒を注ぎに……」
話の途中でウィーリーが悲しそうな顔をした為、リュゼーは言葉を失う。
「申し訳ありません。あの男への注意を怠っていました」
「厳しいことを言えば、自分に課された役目を放棄したってことだよね」
ウィーリーは声を変える。
「——しかも、誰が聞いているかも分からない状況で、策の一部を平気で言ったな」
いつもと違うウィーリーの厳しい口調に、リュゼーは咄嗟に目を逸す。
「お前がどう思っているか知らんが、ウィーリーは俺に付き従う者の中で一番気性が荒いやつだ。怒らせると厄介だぞ」
ロシリオの言葉だというのに、ウィーリーは何の反応も示さない。只々、冷たくリュゼーを見つめる。
「——見張っていろとのことでしたので、策だと理解していませんでした」
「おい」
ウィーリーの言葉がリュゼーを殴り付ける。
ロシリオが片手を横に上げる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる