王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の エピソード

とあるエピソード 野戦 下

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 未だ太陽は高く昇り、戦場を照らす。
 序盤から戦況は大きく動いた。リモーネを討ち取ったことはエルドレ王国にとって朗報であり、敵にとっては凶報である。
 そんな中でも指揮官は顔色ひとつ変えず、兵からの報告を受ける。
「ランドロールという奴を討ち取るのは難しそうだな」
 戦場全体を見渡した後、左翼の状況を見つつ、傍らに立つドロフに声を掛ける。
「私も同じ考えです。無理にいけば、こちらの被害も大きくなりそうです」
「負け知らずとは、よく言ったものだ」
 リュゼーによって敗走する兵をランドロールの部隊に送り込み生じた混乱に乗じて討ち取ろうとしたが、ランドロールはリモーネの残兵を上手く吸収し、再び『戦える兵』へと変えた。
「その様です。ああいった戦い方をする奴を討ち取るのは至難の業です。ここは兵を削り取ることに専念した方が良いかと思います」
「そうだな」
 指揮官は再び戦場を見渡す。
 サクラスの精鋭部隊にはランドロール自ら率いて押さえ込み、コロネスの鬱憤を晴らす猛攻には中央と連携して人の壁を築き、敵の攻め疲れによる攻勢限界を早めて膠着させている。
 ランドロールは攻めも巧だがこういった用兵に長けており、この戦では盾の役割をし、剣をリモーネが担うはずだったのだろう。ところが、その剣が折れてしまった。敵側中央の動きが慌ただしくなっているのは当然の理由だ。
「言葉遊びとは面白いものですね。盤上遊戯でも引き分けは負けに数えませんから、負け知らずなのでしょう」
「確かにな」
 指揮官は中央と右翼の状況を見てから、左翼に目を移す。
 とはいっても見ての通り、左翼の優位は揺るぎない。指揮官は余裕を持って次の攻め手を考える。
「私は、コロネスのことが心配です」
 予想外の一言に、指揮官はドロフに顔を向ける。
「言葉遊びか? 全くお前というやつは」指揮官は笑う。「あいつは、ああいった戦い方が一番嫌いだからな」
「はい、指揮官が別の方でしたら、言うことを聞かなかったでしょう。感謝しております」
「それを分かって、策を指示したのだろう?」
 ドロフは意味あり気に笑い返す。
「それなので何かあったらお願いします」
「しょうがないやつだ。あいつがお前に戯言を言わぬようにしといてやる」
「ありがとうございます。お願いついでにもうひとつよろしいですか?」
「何だ?」
「リュゼーを戻したいのですが」
 リュゼーは与えられた兵を駆使して色々なところに顔を出し、コロネスの攻めを助けている。
「お前のお気に入りだけあって良い動きをする。このまま左に置いておいた方が良さそうだが、その物言いだと親心で休ませようとしている訳ではなさそうだな」
 指揮官は戦場に目を移す。
 負けずの名が付くランドロールといえども、王国の名将であるサクラスとコロネス、両者を相手にし続けるのは分が悪すぎる。
「お考えの通り、リュゼーがいなくとも左翼はこのままでも問題ないでしょう」
 ランドロールとすれば、負けぬためには多くの犠牲を払わなければならないが、自分が負けた場合は敵の敗北が決定する。しかし攻め返すほどの戦力を持ち合わせていない。
 ランドロールに残された道は、ニ将からの攻撃をひたすら耐え続けるだけである。
「待て、待て」
 指揮官は、ドロフが次策を述べるのを制する。
「使い所とするならば、中央か……」
 指揮官は中央に目を向ける。
 中央は正に、力と力のぶつかり合い。互いに陣を横に伸ばして、真正面から斬り合っている。気持ちの折れた方の負け、殴り合って悲鳴を漏らした方が相手に屈する展開となっている。
 後ろに控える敵兵の多さからどこかを抜くのは難しく、均衡を崩すなら左右からの挟撃しかない。中央で何かをしようにも、時間的な問題も出てくる。
「いや、右」
 右翼は、敵左翼からの度重なる突撃を防ぎ切り、いよいよ反撃に転じようとしている。わざわざリュゼーをそこに向かわせる利がない。それなら、今のまま用いた方が良い。
「まさか、本当に温存か?」
 指揮官はドロフに顔を向ける。
「それが望みとならばそのように致しますが、いかが致します?」
 ドロフが笑い返すと、指揮官は鼻を鳴らす。
「違うと申すか?」
「敵はリモーネという将を失ったというのにも関わらず、攻め手を変えてきていません。おかしいと思いませんか?」
「確かにな」
 指揮官は戦場を見渡す。
 中央に骨のありそうな隊があるがリモーネよりは見劣りする。その隊がこちらの屈強な兵を抜くとは、到底思えない。
「して、相手はどうしようと言うのだ?」
「至って簡単です。浅はかな考えをする者が思い付きそうなことです」
 指揮官は再び戦場を見渡す。
 敵陣の違和感を感じ取り、戦の始まりでリュゼーが言っていた言葉を思い出す。
「ほう、強襲か?」
 右にいたはずの、敵の遊軍が戦場からいなくなっているのに指揮官は気が付く。
「浅はかでしょう?」ドロフはニヤリと笑う。「遊軍をこの場に連れてきてしまっては、手札を晒しているようなものです。遊軍がいなくなったのに気が付いたとして、散歩に出かけたのかと考える者などおりません。敵の参謀は賭け事などやったことのない、お坊ちゃんなのでしょう」
 それを聞いた指揮官は、声を出して笑う。
「確かにそうだ。しかしながら、それほどまでにリモーネという者に絶対の自信があったのかもな」
「あなた様はそれを見越して、左翼をどうにかしろと私に言われたのでしょう?」
「そこまで考えてはおらん。ただ単に気に入らなかっただけだ」
「それこそが、私が持ち合わせていない感覚です。気になったところを私が取り除いていけば、勝ちは揺るぎないものになっていく。これほど楽なことはありません」
「強襲には気が付かなかったぞ?」
 指揮官は片眉を上げて答える。
「ですが、何かしらの違和感を覚えたから、しきりに戦場を確認していらっしゃったのでしょう? 答えが見つかってからは、何かを探すように戦場を見なくなっておいでです」
「おお、確かに。お前は本当に面白いやつだ」
 指揮官は、ポンと腿を手で打つ。
「それではリュゼーを戻してもよろしいですか?」
「それについては、少しも嫌な気がしない。直ぐにでも呼び戻せ」
「ありがとうございます」
 ドロフは深々と頭を下げる。
「本当にお気に入りだな」
「はい」
「兵の増員など、お前の好きにしろ」
「ありがとうございます」
「それでどうする」
「日も高いことですし、散歩でも致しますか?」
「こんな晴れた日は、気持ちが良さそうだな」
 丘の上から旗が振られ、リュゼー隊は後方へと戻される。



 敵左翼同様に、敵中央も突撃が無くなる。
 それはあたかも、時間を稼ぐように、何かを待つように。
 日が西に大きく傾き始めた頃、丘の上にある王国軍の本陣から煙が上がり、旗が大きく揺らぐ。それを狼煙代わりに、敵は全軍をもって攻撃を開始する。
 自軍の本陣に火の手が上がったのにも関わらず、王国軍は動揺を見せずに敵を迎え撃つ。
 敵からすれば、本陣が襲われたとしても崩れるわけにはいかないと、最後の力を振り絞っていると思ったであろう。
 無論、そんなことはない。
 その証拠として、日を背にしたリュゼー隊が敵の遊軍が消えた古道から躍り出る。そのまま敵左翼の後方へと襲いかかり、敵の動きを封じる。その後、指揮官が率いた騎馬隊が大軍をなして別の場所から現れ、敵本陣へと突き進む。
 戦の幕切れは呆気ないものだった。
 本陣が強襲されたことを目にした、負け知らずのランドロールがコロネスの猛攻に耐えきれなくなり、撤退を始めたことにより敵は総崩れとなる。
 敵の参謀は悔しがったであろう。動きを王国側に悟られまいと、迂回路に偵察部隊を置かなかったことを。それを逆手にとって大軍を差し向けたドロフの策に気が付かなかったことを。
 そして、重要なことを知らなかったのであろう。遊軍をうまく引き付け、戦場に伝わらぬように討ち取ったリュゼーの才を。



 水と油。
 その夜に酌み交わされた酒の席で、皆が笑う中、コロネスの「剣を持て!」との声が響く。
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