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本編前のエピソード
雲の行き先 58 武と商いと駆け引きと 下
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これは決して、責めるためのものではない。機を逃したこの状況でこれをしたところで無意味なことは分かっている。だが、何かをやらずにはいられない。気持ちを押しとどめながら見詰めていると、ふと、リュゼーの頭の中でディレクとドロフの顔が重なる。
師ならこんな時にどうするだろう。
そんな考えに至っていると、「簡単ではありませんか」と、ウィーリーが声を上げる。
「先ほどヘヒュニ様は、ディレク様の品物に関する知識をお褒めになりました。リュゼーにどれほどの知識があるか、興味はございませんか?」
ウィーリーは恭しく、だが挑戦的な顔を向ける。それに対してヘヒュニは、「ほう」と、顎を摩る。
「そんな無駄なことをして何の足しになるというのだ」
ヘヒュニの気持ちを読み取った上で、それが面白くないウタニュは、ウィーリーに向かって言葉を投げつける。ウィーリーは「その様に申されますか」と、不服そうに両手を小さく広げる。
「おっと、ウィーリー様はやる気だ。さてどうなることやら」
ラギリは、喧嘩を見に来た野次馬の様な顔をする。
「やる気とは、どういうことですか?」
その顔が気になり、リュゼーは尋ねる。
「他にもやり方は色々あるのだがな、相手の発言が気に入らなかったり、意見したかったら両手を小さく広げる動作をするのだのだ。昔は、『武器を持ってないから殴り合おうぜ』みたいな使われ方だったらしいが、今では『その意見は気に入らない』との意思表示に使われるな」
「ヘヒュニ様が行っていた、大きく手を広げる動作とは違うのですか?」
「それとは別物だ。あれは歓迎の意を示している」
「そうなのですね」
「ほら、ウタニュ様も返しただろ。あれで勝負成立だ」
二人の顔付きが変わったので、ラギリの言ったことは事実なのだろう。
「……ということは?」
リュゼーは途中で自分がしたことを思い出す。
「そうだな。お前がさっき変な事をした時は、手の位置が低すぎて肝を冷やしたぞ。そういった勘違いをしないために、右手を胸に当て始めたとも言われているな」
「それであの時、皆が変な顔をしたのですね」
「それもあっただろうな。いつでもどこでもあれをしていいわけではない。特にこの様な場では滅多にしない。だが、あえてこの場ですることの意味は分かっているな」
ラギリはリュゼーに顔を向け、「ウィーリー様はお前のためにしたのだから、応援して差し上げろ」と、心配する様子もなく笑い掛ける。
リュゼーは頷き返し、ことの顛末を見届けるために顔を向ける。
「ウタニュ様は無駄と仰りましたが、決して無駄ではないでしょう。お話を聞く限り、物を知らないと言っても作法や決まり事に関してのものばかり。歳の若さと国が違うことを考えれば、許せる範囲ではありませんか。それとも成長著しい若者であっても、一つの失敗すら許さないと申されるのですか?」
「そこまで言うつもりはない。ただ、必要の無いことをすることが、無駄なことだと言っているのだ」
「そうですか、必要の無いこととお考えですか。それでは別の考えを述べますに、この場にいる者たちが国に帰ってこの出来事を話した時、聞いた者はどう思うでしょうか。良き関係を築いているはずの隣国からの扱いに、不満を覚える者も出てくるかもしれません。何をするわけではありません、話を聞くだけです。たかだかこの程度のことで、我がリチレーヌの評判を落とすなど私には耐えられません。それさえも無駄なことだと言えるのですか?」
「その様に考える者も出てくるだろう。だが、この程度のこと、のために時間を費やすことが無駄だと言っているのだ」
「そもそもこの会は、エルメウス家と友好を深めるために開かれた会です。その会において関係を悪化させることほど、愚かなことはありません。それこそ時間の無駄です。裏を返せば、良き関係を築くために労する時間に無駄なことことなどありません」
「そういう考え方もできるな」
「それならば挽回する機会を与えてもよいではありませんか。それで駄目であったのならば、ただの実力不足です。いくらこちらを悪く言おうが、馬鹿にされるのはリュゼー自身です。その上、こちらとしては何とでも言い返せます。今一度お考え直し下さい」
ウタニュは返す言葉が見つからないのか、次が出てこない。
ヘヒュニは、パン! と力強く手を叩き、「決したな」と二人に言い渡す。
「致し方ありません。流石はロシリオ様の頭脳と呼ばれるだけはあります」
「ありがとうございます」
笑顔で答えるウィーリーとは対照的に、ウタニュの顔は曇る。
「何について話してもらおうかのう」
「それではこういうのはどうでしょう?」
デゴジがヘヒュニに提言する。
「申せ」
「今回の婚姻と絡めまして、それに似合う品物というのはいかがですか?」
「無難なところだな。理由は?」
「はい、難しくし過ぎるとそれを言い訳に使いかねませんので、この辺りが適切だと思われます」
「その様なことはしないと思うが、まあいいだろう。で、何がある?」
ヘヒュニはリュゼーに問う。
「その前に、この様な機会をいただきまして、ありがとうございます」
「ほう、先ずは礼を述べるか」
ヘヒュニは顎に手をやり、興味深そうな目をして軽く摩る。
「物を知らない割に、礼儀だけは心得ている様ですな。ですが、商いを生業としていれば、その辺りはしっかりと教え込むのは当然でしょう」
その言葉に、ディレクの後ろに控えていたインテリジが反応する。
「ウタニュ様のお言葉通り、エルメウス家では何よりも人と人との関係を大切にするので、当然のごとく教えます。ご安心ください」
インテリジがそう付け加えるとウタニュはちらりと目を遣り、「言われたことぐらいは、きちんとこなせるみたいだな」と言葉を漏らす。
インテリジの顔をデゴジが見る。
「ご心配でしょうが、ここは見守る方がよろしいのでは?」
デゴジからの提案にインテリジは「失礼しました」と答える。
それぞれの思いが交差する中、リュゼーは大きく息を吐き、気を整える。
師ならこんな時にどうするだろう。
そんな考えに至っていると、「簡単ではありませんか」と、ウィーリーが声を上げる。
「先ほどヘヒュニ様は、ディレク様の品物に関する知識をお褒めになりました。リュゼーにどれほどの知識があるか、興味はございませんか?」
ウィーリーは恭しく、だが挑戦的な顔を向ける。それに対してヘヒュニは、「ほう」と、顎を摩る。
「そんな無駄なことをして何の足しになるというのだ」
ヘヒュニの気持ちを読み取った上で、それが面白くないウタニュは、ウィーリーに向かって言葉を投げつける。ウィーリーは「その様に申されますか」と、不服そうに両手を小さく広げる。
「おっと、ウィーリー様はやる気だ。さてどうなることやら」
ラギリは、喧嘩を見に来た野次馬の様な顔をする。
「やる気とは、どういうことですか?」
その顔が気になり、リュゼーは尋ねる。
「他にもやり方は色々あるのだがな、相手の発言が気に入らなかったり、意見したかったら両手を小さく広げる動作をするのだのだ。昔は、『武器を持ってないから殴り合おうぜ』みたいな使われ方だったらしいが、今では『その意見は気に入らない』との意思表示に使われるな」
「ヘヒュニ様が行っていた、大きく手を広げる動作とは違うのですか?」
「それとは別物だ。あれは歓迎の意を示している」
「そうなのですね」
「ほら、ウタニュ様も返しただろ。あれで勝負成立だ」
二人の顔付きが変わったので、ラギリの言ったことは事実なのだろう。
「……ということは?」
リュゼーは途中で自分がしたことを思い出す。
「そうだな。お前がさっき変な事をした時は、手の位置が低すぎて肝を冷やしたぞ。そういった勘違いをしないために、右手を胸に当て始めたとも言われているな」
「それであの時、皆が変な顔をしたのですね」
「それもあっただろうな。いつでもどこでもあれをしていいわけではない。特にこの様な場では滅多にしない。だが、あえてこの場ですることの意味は分かっているな」
ラギリはリュゼーに顔を向け、「ウィーリー様はお前のためにしたのだから、応援して差し上げろ」と、心配する様子もなく笑い掛ける。
リュゼーは頷き返し、ことの顛末を見届けるために顔を向ける。
「ウタニュ様は無駄と仰りましたが、決して無駄ではないでしょう。お話を聞く限り、物を知らないと言っても作法や決まり事に関してのものばかり。歳の若さと国が違うことを考えれば、許せる範囲ではありませんか。それとも成長著しい若者であっても、一つの失敗すら許さないと申されるのですか?」
「そこまで言うつもりはない。ただ、必要の無いことをすることが、無駄なことだと言っているのだ」
「そうですか、必要の無いこととお考えですか。それでは別の考えを述べますに、この場にいる者たちが国に帰ってこの出来事を話した時、聞いた者はどう思うでしょうか。良き関係を築いているはずの隣国からの扱いに、不満を覚える者も出てくるかもしれません。何をするわけではありません、話を聞くだけです。たかだかこの程度のことで、我がリチレーヌの評判を落とすなど私には耐えられません。それさえも無駄なことだと言えるのですか?」
「その様に考える者も出てくるだろう。だが、この程度のこと、のために時間を費やすことが無駄だと言っているのだ」
「そもそもこの会は、エルメウス家と友好を深めるために開かれた会です。その会において関係を悪化させることほど、愚かなことはありません。それこそ時間の無駄です。裏を返せば、良き関係を築くために労する時間に無駄なことことなどありません」
「そういう考え方もできるな」
「それならば挽回する機会を与えてもよいではありませんか。それで駄目であったのならば、ただの実力不足です。いくらこちらを悪く言おうが、馬鹿にされるのはリュゼー自身です。その上、こちらとしては何とでも言い返せます。今一度お考え直し下さい」
ウタニュは返す言葉が見つからないのか、次が出てこない。
ヘヒュニは、パン! と力強く手を叩き、「決したな」と二人に言い渡す。
「致し方ありません。流石はロシリオ様の頭脳と呼ばれるだけはあります」
「ありがとうございます」
笑顔で答えるウィーリーとは対照的に、ウタニュの顔は曇る。
「何について話してもらおうかのう」
「それではこういうのはどうでしょう?」
デゴジがヘヒュニに提言する。
「申せ」
「今回の婚姻と絡めまして、それに似合う品物というのはいかがですか?」
「無難なところだな。理由は?」
「はい、難しくし過ぎるとそれを言い訳に使いかねませんので、この辺りが適切だと思われます」
「その様なことはしないと思うが、まあいいだろう。で、何がある?」
ヘヒュニはリュゼーに問う。
「その前に、この様な機会をいただきまして、ありがとうございます」
「ほう、先ずは礼を述べるか」
ヘヒュニは顎に手をやり、興味深そうな目をして軽く摩る。
「物を知らない割に、礼儀だけは心得ている様ですな。ですが、商いを生業としていれば、その辺りはしっかりと教え込むのは当然でしょう」
その言葉に、ディレクの後ろに控えていたインテリジが反応する。
「ウタニュ様のお言葉通り、エルメウス家では何よりも人と人との関係を大切にするので、当然のごとく教えます。ご安心ください」
インテリジがそう付け加えるとウタニュはちらりと目を遣り、「言われたことぐらいは、きちんとこなせるみたいだな」と言葉を漏らす。
インテリジの顔をデゴジが見る。
「ご心配でしょうが、ここは見守る方がよろしいのでは?」
デゴジからの提案にインテリジは「失礼しました」と答える。
それぞれの思いが交差する中、リュゼーは大きく息を吐き、気を整える。
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