夏の思い出

遠野 時松

文字の大きさ
上 下
18 / 33

どっちが早いか競走だ

しおりを挟む
「記念すべき第一歩」

 僕は勢いをつけて列車に飛び乗る。

「どこでそんな言葉覚えたのよ」
「へへへ、内緒」
「あら、言ってくれるじゃない」

 お母さんは笑う。それを見て僕は小さく顎を上げる。
 お母さんの知らないところで、僕はどんどんと成長しているんだよ。そう心の中で答える。

 車内は少し混んでいたけれど、運良くボックス席が空いていたのでみんな一緒になって座れた。

「何だか新幹線に乗る時より嬉しそうじゃない。そんなにキョロキョロするなら、車内を見てまわれば?」
「いいの?うん、そうする」

 前に来た時は水沢江刺駅におじちゃんが迎えに来てくれたから、この列車に乗るのは今回が初めてだ。
 ワクワクしながら人の隙間を縫って、車内を動き回る。車両にキハと書いてあったから、大体の作りは他の電車と似ている。ワンマンだと分かる料金箱が、車内に設置してあった。

 これといって話のネタになる所は無いなと思っていたら、ビィーッ!とブザーがなる。
 それを合図にヴゥーーーと少し低い音を出しながら列車はゆっくりと発進する。そこにグワグワグワグワという音に、クゥワンクゥワンと少し高い音が重なっていく。

 ゾワゾワって感覚がして、胸の辺りが騒ついた。

「おー」

 知らない人が近くにいるのもあるから新幹線の時よりは小さいけれど、自然と声が漏れてしまう。

 僕は、一瞬でこの列車を気に入った。

 駆動音がモーターの音しかしない電車とは全然違う。もちろん、線路の上を滑る様に走る新幹線とも全然違う。
 スタイリッシュで地球に優しいエコカーもいいけれど、エンジン音を上げながら重たい物を持ち上げたり、大きな建物を作ったりする働く車の方が好きだ。

 人に対してもそうかもしれない。

 黙々と完壁に仕事をこなす職人さんより、頭が良くて優しく夏休みの宿題を教えてくれる人より、気は優しくて力持ちな人よりも、何をするにもうるさいからどこに誰がいるかすぐに分かって、一緒になって遊んでくれて、いつも近くで僕を笑わせてくれる人。
 やっぱり僕は、そういう人が大好きだ。

 席に戻りながら、澄まし顔で「なんて耳ごこちがいいんだ」と言い、チラりとお母さんを見る。二人は別の話をしていて、僕の言葉を聞いていない。慌てて僕は、舌の上まできていた次の言葉を飲み込んだ。咳払いみたいな息を鼻から出して、素知らぬ顔で窓の外に体を向ける。
 気を取り直して、たっつんが自慢していた菜の花畑に匹敵する自慢話を僕も手に入れるため、窓から見える景色に意識を集中させる。

 平地の奥に山が見えたり、線路が一本しかなかったりするのは、僕の住む館山周辺の景色と似ている。でも、似ているけれど、やっぱり違う。
 海が近くに無いっていうのも違うけれど、一番の違いは山の大きさだ。山の後ろにそれよりも大きな山がある。その大きな山達が途切れることなく重なり合って、僕たちの周りをぐるっと取り囲んでいる。木の雰囲気、線路脇に生えている草もちょっと違う。植物博士のひー君がここにいれば、色々と教えてもらえたのにと残念に思う。

 線路の近くにある田んぼの水は澄んでいて、とても綺麗。
 その横を列車はガタンゴトンと気持ちよさそうに走る。田んぼのすぐ近くを通るから、ピンと伸びた稲が列車の風で波打つ。
 こんなにも近くを通る列車が見られるなんて、田んぼの妖精が羨ましい。

 まっすぐな線路から少し左に膨らんでから右カーブになる。
 その途中で僕の体はビクッとなる。
 窓から手を出せば触れるんじゃ無いかと思うくらい、すぐ近くを木の枝が横切る。

 電線が無いから線路の横に電柱を置くスペースが必要なくて、ここまで木と近付けるんじゃ無いかと思う。釜石線が何で気動車なのかは知らないけれど、列車の音を聞きながら景色を楽しみたい僕にとってはもの凄くありがたい。

 窓から見える長閑な風景と同じように、車内にはゆったりとした時間が流れる。

「頑張れ、頑張れ」

 髭のおじちゃん、家族連れ、おじいちゃん。
 ダンプカー、ワンボックス、軽トラック。
 線路の真横を走る車を列車は追い抜いていく。

 僕と日和は車に負けないように、列車を一緒になって応援する。

 次に、スポーツカータイプの車に追いつく。
 乗っていたカップルが僕達に気が付くと、車はスピードを上げて並走してくる。

「おねーさーん、こんにちわー」

 両方の窓が閉まっているから声が届くはずはないけれど、助手席のお姉さんに日和が手を振る。お姉さんは恥ずかしそうに笑って、何やら運転手の男の人に話しかけている。

「こんにちわー」

 僕も一緒になって手を振ると、女の人はもう一方の手で口を押さえながら手を振り返してくる。するとひょこっと男の人が顔を出した。

「いえーい」

 僕は元気よく男の人に向かって両手でピースをすると、男の人はピースを返してくれた。
 その後も女の人に手を振ったりピースをしたりして遊んでいると、ピーと警笛が鳴る。道路と線路は離れていき、列車はトンネルに入ってしまいそれでお終いになってしまった。

「あーあ」

 日和は残念そうに座り直す。

 再び道路と線路は並びあったけれど、窓から車の姿は何も見えない。
 ひょうきんそうなお兄ちゃんだったから、もう少しだけ遊びたかったな。

「あ!」

 僕の声で気がついた日和は再び窓に体を向ける。

 二人の視線の先には、見覚えのあるスポーツカー。さっき遠回りをしたはずの車が追いついきた。

「やるー」

 運転席の男の人は力強くガッツポーズをしている。僕は満遍の笑顔で両手を振ってそれに答える。
 助手席の女の人は恥ずかしそうに笑っていた。
 列車と車の距離が離れてしまうまで、僕達はジャンケンをしたりピースをし合って遊んだ。

「女の人って朱音ちゃんみたいだった」
「俺も男の人があっちゃんみたいって思った」

 新幹線だけじゃ無い。釜石線も思い出深い出会いがあった。たっつんに話すためのネタは袋の中にたんまりと用意ができた。たっつん以外にも話すネタができた。

 ウキウキ、ワクワクの列車旅に満足した。
しおりを挟む

処理中です...