明るい浮気問題

pusuga

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三つのアイコンタクト

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 「探偵さんの声、可愛いですね♪」

 「ありがとうございます。しかし、この仕事には不向きな声と言われてばかりなので、とても嬉しく思います。奥様、ありがとうございます」

 「…………」

 「初めまして」からの「あ、はい。よろしくお願いします」と言う定例の挨拶を済ませた二人だったが、妻からの挨拶代わりのアホ可愛いビーム発言を、太宰探偵はまともに顔面に受けながらも、まるで蚊でもさしたかな?と冷静沈着に対応していた。

 俺と妻と太宰探偵の三人は、前回とは違い、事務所の中枢部と思わしきソファ、3つの机が設置してある、高級な応接室の様な部屋で対峙している。

 太宰探偵に困惑した様子はない。
 しかも、入室した際に『太宰さん、本当に申し訳ない』と言う俺の渾身のアイコンタクトを太宰さんは華麗にスルー。


 「改めまして奥様。この度は当事務所にご依頼頂き、誠にありがとうございます」

 「はい。お手数をかけてすみませんでした」

 妻にしては、まともに返答をしてるじゃないか?対外的な言葉使いの対応は出来るんだな。これなら、自宅に上司を呼んでも問題ないな。

 「でも、女性なのに探偵の国家資格持ってるなんて凄いと思います!尊敬しちゃいます!」

 「…………」

 無理だな。
 上司を自宅に呼ぶなんて夢のまた夢だ。俺も結論が早すぎた。反省しなければ。

 「国家資格はともかく、尊敬と言うお言葉を頂戴した事は嬉しく思います」

 太宰探偵は「奥様に国家資格ではない事を、事務所から出たら教えてあげて下さい」と言う、アイコンタクトを俺に送っていた。

 「それでは早速、先日奥様が宿泊したと言う――――いや、起床したらいたとされる、家と住人に関して、現時点で判明している事実をお伝えします」

 妻はしっかりと身を乗り出して、真剣な表情で聞く体制を整えていた。若干不安気な表情だな。やはり、妻も妻なりに気にはなっていたんだな。

 「まず、こちらのマンションで間違いないでしょうか?」

 「そうです。私と妻が確認しに行ったマンションの写真で間違いありません」

 なるほど。
 こちらからしたら、当たり前の事実でさえもしっかりと確認するんだな。

 「奥様はいかがでしょうか?」

 「はい。このマンションです」

 これで全員の共通認識が固まったな。

 「部屋番号は102、お名前は熊浩二、もちろん先日の中学校同窓会に参加していたメンバーの男性です」

「あ!そう言えば、エレベーター使わなかったかも」

 「なるほど。【くま】ですか。珍しい名字ですね」

 「南九州に実在している熊家の豪族の子孫、もちろん動物の熊、もしくは熊が頻繁に通る道筋に住んでいたから熊と言う名字を名乗った――など、長崎県愛媛県そして、東京にも存在する名字で、日本には約1000人の方がいます」

 「太宰さん、もしかして今の豆知識的な話は、熊と言う名字が珍しいと反応がある事を想定して、事前に調べたんでしょうか?」

 「はい。何か?」

 「いいえ。申し訳ありません。続けて下さい」

 当然だが?何か?と言わんばかりの太宰探偵の表情に、俺は何故か失礼極まりない発言をしてしまったと言う錯覚に陥り、謝罪した。

 「熊くん――なんて名字の人いたかな~?」

 「失礼致しました。旧姓は鈴木、高校ニ年生の時に、遺産相続問題の関係で両親が離婚。母方の旧姓に改姓しています」

 「鈴木くん?全然覚えてないよ?」

 熊よ。お前、もっと早く改姓していれば、人から忘れられないと言う、華やかで違う人生を歩んでいたんじゃないか?
 
 「続けさせて頂きます。彼は現在W大学在籍、水泳部に所属、先日の六大学対抗戦では、チームを優勝に導く大活躍、更に学業では【進化論の相対的信憑性により実過程の検証】と言う論文を作成中、教授からの信頼も厚く、まさに文武両道系男子と言っても過言ではありません。ちなみにお姉さんと暮らしており、借主名義はお姉さんになっています」

 「…………」
 
 熊さんよ。
 あんたは完璧超人か?
 だが、論文は頂けないな。
 何を研究してるのかさっぱりわからん。

 「女性関係ですが、高校時代からお付き合いしている、幼なじみの女性がいます。両親同士公認、ちなみに先日渋谷で見かけたベストカップル賞の大賞を受賞。浮気癖、お酒を飲んでの粗相など、女性関係に関する悪いデータや噂は一切なく、先日奥様が連れて来られた時は、お姉様に対応を任せて、自身は彼女の家に泊まった。これが全貌です。ですから、奥様の不貞行為は確認出来ませんでした。どうかご安心下さい」

 「良かった!私、何もしなかったね!」

 「…………」

 拝啓 熊様。
 この度は本当にウチの妻がご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした。

 妻よ。
 お前は記憶が無くなる位まで飲んで、他人に迷惑をかけた。その事はもっと反省すべきじゃないか?

 「太宰さん。この度は本当にありがとうございました。ご尽力、感謝致します」

 俺のビジネス用の正式かつ真顔での挨拶に妻も空気を読み、俺が頭を下げた後、自らしっかりと頭を下げた。

 「でも、本当に探偵さんって凄いですね。隠し事出来ないですね!」

 「とんでもありません。奥様、お褒めの言葉ありがとうございます」

 「じゃあ大ちゃんが何か隠し事してるなって思ったら、太宰さんに依頼しちゃってもいいですか?」

 「もちろん構いませんよ。報酬は頂きますが」

 「やった~!ありがとうございます!」

 まあ、この程度の会話なら構わないだろ。どんな爆弾発言が飛び出すかヒヤヒヤしたが、国家資格程度なら問題ないな。

 「ところで奥様は何か隠し事されていますか?」

 はい?
 おいおい、どうしたんだ太宰さん?
 ちょっとブッコミ過ぎじゃないか?
 ここで終わらせておけば、後は俺達がデパ地下デートをするだけなんだが?

 「大ちゃんに隠し事?う~ん。えっとね~~ないよ!」

 「そうか。ならば俺達夫婦は問題ないな。あとはナマリンが待つ地元に帰るとするか。長居しても申し訳ないからな。太宰さん、本当にありが……」

 太宰さんは俺の言葉を被せると同時に、二人の本日通算三度目のアイコンタクトを俺に送って来た。だが、そのアイコンタクトが何を合図しているのか俺にはわからない。

 「川柳俳句教室は楽しんでいらっしゃいますか?」

 ちょっ!!
 守秘義務はどうした?

 「楽しいですよ――――って、あれ?」

 どう言うつもりだ太宰さん?

 俺は喉元まで「川柳俳句教室?聞いてないぞ?」と出かかったが、押し殺して様子を見る事を選択した。

 「私は短歌ですが、歌集をよく読みます」

 「えっと――――短歌も好きですけど……」

 駄目だ。訳がわからない。
 なぜ太宰さんが妻に川柳俳句教室と言うワードを問いかけたのか?

 そして、若干妻の動揺が見えたのもまた、事実だった。

 
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