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失格暴走探偵
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妻が川柳俳句教室に通っている――――。
俺は『そんな習い事通ってるなんて聞いてないぞ?』と言う言葉を押し殺す事を継続。二人の話を聞いていた。
「えっと……探偵さん?どうして……」
「奥様、申し訳ありません。今回の件のシチュエーションを聞いた時、私は一個人として、不貞行為……つまり、熊……鈴木さんと体の関係があったのではないかとあなたを疑っておりました」
「そうですよね。私もお持ち帰りされた?!って思ったもん…………」
やめなさい。お持ち帰りなんてはしたないぞ。
それにしてもさすが太宰さんだ。
アホの子属性を所持する妻の為に、不貞行為と言う言葉をわかり易くかつ、ストレート、事務的に説明したな?
いやいやいや――――そんな呑気に感心などしてる場合じゃないだろ。
「だから、奥様の日常も覗かさせて頂いたのです。もちろん、その疑いがなくても奥様は当事者でもありますので、調査対象人物であることに代わりはないのですが」
「え?じゃあ私、尾行されてたの?全然気がつかなかったよ?」
当たり前だ。
それが尾行と言う物だからな……。
「そして、川柳俳句教室が行われている喫茶店に辿り着きました」
「そうなんだ……」
「もちろん、その教室の先生もお見掛けしました」
「えっ?探偵さん!ちょっと待って、それは……」
「なんですか?奥様、脅されているならご主人様にお伝えしたらどうでしょうか?」
それまで太宰探偵に視線を集中させていた妻は、パッと隣の俺を見た。そして目を見開いたまま、ボロボロと涙を流し始めた。
何が起こってるかわからないが、俺の心は動揺してうろたえる事を拒否していた。
あくまで冷静に対応だ。
冷静に。
そして、責める様な言い方にならないようにかつ、子供相手の言い方にならないように。感情を揺さぶるのを、最小限に食い止めるんだ。
「ミュウちゃん、何の話だ?どう言う事なんだ?俺には二人の話がわからないぞ?もし良かったら教えてくれないかな?」
妻は慌ててカバンからハンカチを取り出し、三角に折り込んだ角の頂点で、涙を吸わせる様に拭った。
「幸田様、奥様は高校時代からお辛い思いをして来ました。ですから、それは私が説明させて頂いても宜しいでしょうか?調査結果報告として。奥様、宜しいですか?」
妻は「ヴン」と、本来濁点が付く事が極めて稀な発声と共にうなづいていた。
「幸田様、ではご報告させて頂きます。奥様が通う、川柳俳句教室の元高校教師、勅使河原健一――――実は奥様がお付き合いしていた男性です。そしてもちろん、流産の相手も」
「…………はい。なるほど。禁断の恋と言うやつですね」
驚いた。
本当に正直、驚いた。
しかし、表面上は冷静を装おった。
教師に憧れる……ありがちだな。
「その勅使河原は、教師と言う立場にありながら奥様に好意を示し、言い寄った。ここは私の推測ですが、半ばなし崩し的にお付き合いされてしまったのではないでしょうか?そして妊娠させる様な行為もした」
「…………」
妻は、一度は堰き止めた涙の土嚢を解放。涙は一滴、一滴が大粒に変わっていたのを俺は感じていた。
「奥様はその時、どうするの?と、勅使河原に詰め寄った。しかし、そこで初めて男性の逆上と豹変を経験する――――髪を鷲掴みにされ、怒鳴られた…………『うるせぇ。黙って降ろせ。お前だってバレたくないだろ?』そんな様な発言をされ、かなり脅されたのではないでしょうか?」
太宰探偵。どこをどう調べたら、そんな具体的に判明するんだ?
驚愕の事実とは別に、調査の根本に対しての疑問も同時に、俺が以前怒鳴った際に異様に駄々をこねた根本的理由を感じていた。恐らく、男性からの怒鳴りに対して、トラウマの様な物だったんだろう。
「話は前後しますが、先日奥様が熊さんの家に連れて来られた時、ご一緒だったのは奥様の友人の女性です。熊さんなら、お姉さんも顔見知りだから、安心して奥様をお願い出来るからと仰ってました」
「ギラリぢゃんが?」
濁点付のひらがなは限界がある。
だが、妻の発言は涙声で全てに濁点が付いていた。
「そして、キラリさんは奥様の高校時代の事情を唯一全て知っている……奥様が相談されていた方です。全てお話ししてくれました」
「大ちゃん。キラリちゃんとっても優しくて可愛いんだよ……でも、偶然なの。先生に会ったのは……そしたら、若い子がいないから教室に来いって……昔の話を大ちゃんに話……すぞって……」
「わかった。ミュウちゃん、もういい。大丈夫。全面的に安心してくれ――――太宰さん、私はその勅使なんとかと言う男に接触します。調査外の感情的な質問で大変申し訳ありませんが、どう思いますか?」
「これを拝見してください」
???
太宰探偵が一枚の紙を差し出した。
「勅使河原の現在の職業は、別の高校の非常勤の講師、住んでる所は――――」
太宰さん。あんたはどこまで段取りがいいんだ。
あんたのアニメ声、最高だ。
「わかりました。ありがとうございます。これを自分にお知らせしてくれたと言う事は、先程の問いに対しての返答ですね」
「幸田様ならきっと大丈夫かと思います。だが、念の為…………接触の際は十分お気をつけ下さい」
「はい。ありがとうございます」
あの時の太宰さんのアイコンタクト。
『幸田様、後はお願いします』
きっとそんな言葉が瞳の中に秘められていたんだろう。そう言う事にしよう。
だが、太宰さんよ。あんたは探偵としては優秀だが、暴走し過ぎな面もあるから、失格でもあるな。まあ、そんな事は彼女もわかっていると思うがな。
俺と妻は探偵事務所を後にした。
キラリちゃん?だっけか?
ふざけた……いや、光輝く一等星の様な名前だ。
「ミュウちゃん。今度キラリちゃん、家に招待しないか?」
「え?本当にいいの?キラリちゃん食いしん坊ハンパないよ?」
「…………そうか。食いしん坊なら、キラリちゃんのイメージカラーは黄色だな」
「え?なんで?」
俺と妻はデパ地下のプランを変更。手を繋ぎながら、無慈悲にナマズ料理店に入店していた。
俺は『そんな習い事通ってるなんて聞いてないぞ?』と言う言葉を押し殺す事を継続。二人の話を聞いていた。
「えっと……探偵さん?どうして……」
「奥様、申し訳ありません。今回の件のシチュエーションを聞いた時、私は一個人として、不貞行為……つまり、熊……鈴木さんと体の関係があったのではないかとあなたを疑っておりました」
「そうですよね。私もお持ち帰りされた?!って思ったもん…………」
やめなさい。お持ち帰りなんてはしたないぞ。
それにしてもさすが太宰さんだ。
アホの子属性を所持する妻の為に、不貞行為と言う言葉をわかり易くかつ、ストレート、事務的に説明したな?
いやいやいや――――そんな呑気に感心などしてる場合じゃないだろ。
「だから、奥様の日常も覗かさせて頂いたのです。もちろん、その疑いがなくても奥様は当事者でもありますので、調査対象人物であることに代わりはないのですが」
「え?じゃあ私、尾行されてたの?全然気がつかなかったよ?」
当たり前だ。
それが尾行と言う物だからな……。
「そして、川柳俳句教室が行われている喫茶店に辿り着きました」
「そうなんだ……」
「もちろん、その教室の先生もお見掛けしました」
「えっ?探偵さん!ちょっと待って、それは……」
「なんですか?奥様、脅されているならご主人様にお伝えしたらどうでしょうか?」
それまで太宰探偵に視線を集中させていた妻は、パッと隣の俺を見た。そして目を見開いたまま、ボロボロと涙を流し始めた。
何が起こってるかわからないが、俺の心は動揺してうろたえる事を拒否していた。
あくまで冷静に対応だ。
冷静に。
そして、責める様な言い方にならないようにかつ、子供相手の言い方にならないように。感情を揺さぶるのを、最小限に食い止めるんだ。
「ミュウちゃん、何の話だ?どう言う事なんだ?俺には二人の話がわからないぞ?もし良かったら教えてくれないかな?」
妻は慌ててカバンからハンカチを取り出し、三角に折り込んだ角の頂点で、涙を吸わせる様に拭った。
「幸田様、奥様は高校時代からお辛い思いをして来ました。ですから、それは私が説明させて頂いても宜しいでしょうか?調査結果報告として。奥様、宜しいですか?」
妻は「ヴン」と、本来濁点が付く事が極めて稀な発声と共にうなづいていた。
「幸田様、ではご報告させて頂きます。奥様が通う、川柳俳句教室の元高校教師、勅使河原健一――――実は奥様がお付き合いしていた男性です。そしてもちろん、流産の相手も」
「…………はい。なるほど。禁断の恋と言うやつですね」
驚いた。
本当に正直、驚いた。
しかし、表面上は冷静を装おった。
教師に憧れる……ありがちだな。
「その勅使河原は、教師と言う立場にありながら奥様に好意を示し、言い寄った。ここは私の推測ですが、半ばなし崩し的にお付き合いされてしまったのではないでしょうか?そして妊娠させる様な行為もした」
「…………」
妻は、一度は堰き止めた涙の土嚢を解放。涙は一滴、一滴が大粒に変わっていたのを俺は感じていた。
「奥様はその時、どうするの?と、勅使河原に詰め寄った。しかし、そこで初めて男性の逆上と豹変を経験する――――髪を鷲掴みにされ、怒鳴られた…………『うるせぇ。黙って降ろせ。お前だってバレたくないだろ?』そんな様な発言をされ、かなり脅されたのではないでしょうか?」
太宰探偵。どこをどう調べたら、そんな具体的に判明するんだ?
驚愕の事実とは別に、調査の根本に対しての疑問も同時に、俺が以前怒鳴った際に異様に駄々をこねた根本的理由を感じていた。恐らく、男性からの怒鳴りに対して、トラウマの様な物だったんだろう。
「話は前後しますが、先日奥様が熊さんの家に連れて来られた時、ご一緒だったのは奥様の友人の女性です。熊さんなら、お姉さんも顔見知りだから、安心して奥様をお願い出来るからと仰ってました」
「ギラリぢゃんが?」
濁点付のひらがなは限界がある。
だが、妻の発言は涙声で全てに濁点が付いていた。
「そして、キラリさんは奥様の高校時代の事情を唯一全て知っている……奥様が相談されていた方です。全てお話ししてくれました」
「大ちゃん。キラリちゃんとっても優しくて可愛いんだよ……でも、偶然なの。先生に会ったのは……そしたら、若い子がいないから教室に来いって……昔の話を大ちゃんに話……すぞって……」
「わかった。ミュウちゃん、もういい。大丈夫。全面的に安心してくれ――――太宰さん、私はその勅使なんとかと言う男に接触します。調査外の感情的な質問で大変申し訳ありませんが、どう思いますか?」
「これを拝見してください」
???
太宰探偵が一枚の紙を差し出した。
「勅使河原の現在の職業は、別の高校の非常勤の講師、住んでる所は――――」
太宰さん。あんたはどこまで段取りがいいんだ。
あんたのアニメ声、最高だ。
「わかりました。ありがとうございます。これを自分にお知らせしてくれたと言う事は、先程の問いに対しての返答ですね」
「幸田様ならきっと大丈夫かと思います。だが、念の為…………接触の際は十分お気をつけ下さい」
「はい。ありがとうございます」
あの時の太宰さんのアイコンタクト。
『幸田様、後はお願いします』
きっとそんな言葉が瞳の中に秘められていたんだろう。そう言う事にしよう。
だが、太宰さんよ。あんたは探偵としては優秀だが、暴走し過ぎな面もあるから、失格でもあるな。まあ、そんな事は彼女もわかっていると思うがな。
俺と妻は探偵事務所を後にした。
キラリちゃん?だっけか?
ふざけた……いや、光輝く一等星の様な名前だ。
「ミュウちゃん。今度キラリちゃん、家に招待しないか?」
「え?本当にいいの?キラリちゃん食いしん坊ハンパないよ?」
「…………そうか。食いしん坊なら、キラリちゃんのイメージカラーは黄色だな」
「え?なんで?」
俺と妻はデパ地下のプランを変更。手を繋ぎながら、無慈悲にナマズ料理店に入店していた。
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