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モーニング
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冒険者の宿の朝は早い。雄鶏が鳴きだす頃にロイドは目を覚ます。店の裏手にある井戸で顔を洗えば、その水の冷たさで半分寝ぼけた頭もすぐに覚醒した。
「おはようございます」
そこに同じく今しがた起きたのであろうミェンもやってくる。まだ眠いのか目をこすっている。
「おはよう。まだ寝てても大丈夫だぞ」
朝の仕込みはほとんどない。泊っている客ももうしばらくは起きないだろう。
「いえ。朝の掃除もしときたいですし」
そう言ってミェンも井戸水で顔を洗う。バシャバシャと水を顔に打ちつけ、滴る水をタオルで拭うと、スッキリとした顔を上げた。
「それに、店主の朝ごはんも食べたいです」
「それが本音だな」
ミェンはバレたかと舌を出してと笑う。ロイドはその可愛い仕草に苦笑い。ともすれ、朝食の為に早起きした唯一の従業員を無下にするわけにもいかない。
「じゃあ朝飯にするか。その後はしっかりと働いてもらうからな」
「了解です!」
ビシッと敬礼するミェンに再び苦笑しつつ、ロイドは店に戻った。
「ごっはん~ごっはん~」
上機嫌で鼻歌を歌いながらミェンがテーブルを拭く。どうせ客はまだ起きてこないのだから座っていればいいとロイドは言うが、じっとしているのがしのびないそうだ。
「それに、少しでも動いてお腹をすかればご飯が美味しく食べれます!」
なる程なと納得したくなるが、それでは普段の賄いが美味くないみたいではないかと文句も言いたくなる。そんな店主の気も知らず、ミェンはいそいそと拭き掃除を続ける。
「そろそろ出来るからそれくらいにしとけよ」
「はーい」
ミェンは拭き終わったテーブルを一目見渡すと、満足そうに頷いた。
「よし! 今日もキレイ!」
少ししたらまた拭かなければならなくなるのだが、今はお構い無し。それよりも朝ごはんだとばかりにカウンターに座る。
「今日のメニューはなんですか?」
期待に目を輝かせるミェンに、ロイドは「いつもと大して変わらないよ」と素っ気なく答えた。四方山亭のモーニングメニューはパンとスープ、メインにサラダ、副菜が一つとシンプルなものだ。
「そう言って、いつも違うじゃないですか」
「そうかあ」
客は旅行客ではなく冒険者。一泊して直ぐに旅立つ者が大半だが、ギルドの仕事で路銀を稼ぐために何泊もする者もいる。そんな冒険者の為に、せめて食事だけでも楽しんでもらいたい。そんなロイドの心遣いがモーニングにも込められている。
「そうですよ。まあお零れを貰ってる私からすればありがたいんですけどね」
「お零れってな……」
四方山亭のモーニングは客も賄いも同じものを食べる。これは手抜きとか客を蔑ろにしているわけでなくロイドの信条によるものだ。曰く、『自分が食えないモノを客に出すわけにはいかない』。他の賄いにしろ店に出す程ではないにしろそれなりにのモノを出しているつもりだった。
「冗談ですよ。でもベーコンエッグだったり、蒸し鶏だったり、この前は煮魚じゃなかったですか」
「どれも大したことないだろ。蒸し鶏や魚なんて前の日のを温め直しただけだ」
「そうかも知れませんが、やっぱり毎日違う料理を出すのは凄いですよ」
メインは日毎に変える。サラダにしても使う野菜やドレッシングが違う時もある。これに副菜も加われば組み合わせは万別。共通するのはパンくらいだ。
「それで、今日のメニューはなんですか」
再び最初の質問に戻る。ミェンの頭の中は、朝ごはんの献立で一杯のようだ。
「今日はこれだよ」
ロイドは出来上がった料理を皿に盛り、ミェンの前に差し出した。
「オムレツだー!」
皿に乗っているのは薄き色した楕円の塊。裏漉ししたトマトソースの赤に散らされたパセリの緑との対比でよく映える。添えられているのは葉野菜とキュウリのサラダに塩ゆでしたレンズ豆。冒険者の宿のモーニングとしては上等の品数だ。
「いただきます!」
早速とばかりにミェンはオムレツにナイフを入れる。そこから出てきたものにミェンは更に歓声を上げることになった。
「チーズだ! それにベーコンも!」
中から出てきたのはトロりととろけたチーズ。断面にはベーコンのピンク色も存在を主張する。四方山亭でも具入りのオムレツを出したことは何度もあるが、その時は卵と具を一緒に混ぜるので表面から具が見える。けどこれは卵が固まりだしてから具を入れ、巻き込むようにして焼いているので見た目からは普通のオムレツにしか見えなかった。
ミェンは糸を引くチーズを取り零さないように口に入れる。卵の甘味にチーズのコク、ベーコンの脂と塩気が加わり何とも言えない味わいが広がっていく。ソースをつけて食べれば、トマトの酸味も加わり次の一口が欲しくなる。
「そんなに慌てなくても逃げないだろ」
美味しそうに食べる姿は見ていて飽きないが、年頃の娘ががっつきながら食べるのもどうだろうかと疑問に思う。当の本人は何も気にしていないようだが。
「だって温かいうちに食べたいですもん」
ミェンは黒猫の亜人であるが猫舌ではない。というか猫の特徴はあるが基本は普通の人間と変わりない。猫がタブーなネギ類も平気だし、マタタビで酔ったりもしない。強いて言えば嗅覚や聴覚が人間より少し優れている程度のものである。ミェンに限らず、亜人に分類される人々も大体一緒だった。
「ごちそうさまでした!」
残ったソースもパンで拭い、文字通り欠片も残さずキレイに食べ尽くした。胃袋の容量的にはまだ入るが、仕事のことを考えると満腹で眠くなるわけにもいかない。けれど満足感は十分に得られている。
「お粗末様。それ飲んだら片付けを頼むな」
ミェンにカップを渡すと、既に食べ終わって食後のお茶も済ませたロイドは自分の皿を流しに置いた。
「分かりました。お客様たちは起こされますか?」
「いや、疲れてるだろうからそのままにしておこう。食事は保温箱に入れてあるから、起きてきたらだしてくれ」
ロイドはそう指示を出すと市場に行くため軽く身支度を始める。時間が経ってから小売店で買っても良いのだが、やはり新鮮なうちに自分の目で見たいという気持ちが強いからだ。
「いってらっしゃいませ!」
ミェンの声に軽く手で返し、ロイドは市場へ向かう。
四方山亭の一日が始まっていく。
「おはようございます」
そこに同じく今しがた起きたのであろうミェンもやってくる。まだ眠いのか目をこすっている。
「おはよう。まだ寝てても大丈夫だぞ」
朝の仕込みはほとんどない。泊っている客ももうしばらくは起きないだろう。
「いえ。朝の掃除もしときたいですし」
そう言ってミェンも井戸水で顔を洗う。バシャバシャと水を顔に打ちつけ、滴る水をタオルで拭うと、スッキリとした顔を上げた。
「それに、店主の朝ごはんも食べたいです」
「それが本音だな」
ミェンはバレたかと舌を出してと笑う。ロイドはその可愛い仕草に苦笑い。ともすれ、朝食の為に早起きした唯一の従業員を無下にするわけにもいかない。
「じゃあ朝飯にするか。その後はしっかりと働いてもらうからな」
「了解です!」
ビシッと敬礼するミェンに再び苦笑しつつ、ロイドは店に戻った。
「ごっはん~ごっはん~」
上機嫌で鼻歌を歌いながらミェンがテーブルを拭く。どうせ客はまだ起きてこないのだから座っていればいいとロイドは言うが、じっとしているのがしのびないそうだ。
「それに、少しでも動いてお腹をすかればご飯が美味しく食べれます!」
なる程なと納得したくなるが、それでは普段の賄いが美味くないみたいではないかと文句も言いたくなる。そんな店主の気も知らず、ミェンはいそいそと拭き掃除を続ける。
「そろそろ出来るからそれくらいにしとけよ」
「はーい」
ミェンは拭き終わったテーブルを一目見渡すと、満足そうに頷いた。
「よし! 今日もキレイ!」
少ししたらまた拭かなければならなくなるのだが、今はお構い無し。それよりも朝ごはんだとばかりにカウンターに座る。
「今日のメニューはなんですか?」
期待に目を輝かせるミェンに、ロイドは「いつもと大して変わらないよ」と素っ気なく答えた。四方山亭のモーニングメニューはパンとスープ、メインにサラダ、副菜が一つとシンプルなものだ。
「そう言って、いつも違うじゃないですか」
「そうかあ」
客は旅行客ではなく冒険者。一泊して直ぐに旅立つ者が大半だが、ギルドの仕事で路銀を稼ぐために何泊もする者もいる。そんな冒険者の為に、せめて食事だけでも楽しんでもらいたい。そんなロイドの心遣いがモーニングにも込められている。
「そうですよ。まあお零れを貰ってる私からすればありがたいんですけどね」
「お零れってな……」
四方山亭のモーニングは客も賄いも同じものを食べる。これは手抜きとか客を蔑ろにしているわけでなくロイドの信条によるものだ。曰く、『自分が食えないモノを客に出すわけにはいかない』。他の賄いにしろ店に出す程ではないにしろそれなりにのモノを出しているつもりだった。
「冗談ですよ。でもベーコンエッグだったり、蒸し鶏だったり、この前は煮魚じゃなかったですか」
「どれも大したことないだろ。蒸し鶏や魚なんて前の日のを温め直しただけだ」
「そうかも知れませんが、やっぱり毎日違う料理を出すのは凄いですよ」
メインは日毎に変える。サラダにしても使う野菜やドレッシングが違う時もある。これに副菜も加われば組み合わせは万別。共通するのはパンくらいだ。
「それで、今日のメニューはなんですか」
再び最初の質問に戻る。ミェンの頭の中は、朝ごはんの献立で一杯のようだ。
「今日はこれだよ」
ロイドは出来上がった料理を皿に盛り、ミェンの前に差し出した。
「オムレツだー!」
皿に乗っているのは薄き色した楕円の塊。裏漉ししたトマトソースの赤に散らされたパセリの緑との対比でよく映える。添えられているのは葉野菜とキュウリのサラダに塩ゆでしたレンズ豆。冒険者の宿のモーニングとしては上等の品数だ。
「いただきます!」
早速とばかりにミェンはオムレツにナイフを入れる。そこから出てきたものにミェンは更に歓声を上げることになった。
「チーズだ! それにベーコンも!」
中から出てきたのはトロりととろけたチーズ。断面にはベーコンのピンク色も存在を主張する。四方山亭でも具入りのオムレツを出したことは何度もあるが、その時は卵と具を一緒に混ぜるので表面から具が見える。けどこれは卵が固まりだしてから具を入れ、巻き込むようにして焼いているので見た目からは普通のオムレツにしか見えなかった。
ミェンは糸を引くチーズを取り零さないように口に入れる。卵の甘味にチーズのコク、ベーコンの脂と塩気が加わり何とも言えない味わいが広がっていく。ソースをつけて食べれば、トマトの酸味も加わり次の一口が欲しくなる。
「そんなに慌てなくても逃げないだろ」
美味しそうに食べる姿は見ていて飽きないが、年頃の娘ががっつきながら食べるのもどうだろうかと疑問に思う。当の本人は何も気にしていないようだが。
「だって温かいうちに食べたいですもん」
ミェンは黒猫の亜人であるが猫舌ではない。というか猫の特徴はあるが基本は普通の人間と変わりない。猫がタブーなネギ類も平気だし、マタタビで酔ったりもしない。強いて言えば嗅覚や聴覚が人間より少し優れている程度のものである。ミェンに限らず、亜人に分類される人々も大体一緒だった。
「ごちそうさまでした!」
残ったソースもパンで拭い、文字通り欠片も残さずキレイに食べ尽くした。胃袋の容量的にはまだ入るが、仕事のことを考えると満腹で眠くなるわけにもいかない。けれど満足感は十分に得られている。
「お粗末様。それ飲んだら片付けを頼むな」
ミェンにカップを渡すと、既に食べ終わって食後のお茶も済ませたロイドは自分の皿を流しに置いた。
「分かりました。お客様たちは起こされますか?」
「いや、疲れてるだろうからそのままにしておこう。食事は保温箱に入れてあるから、起きてきたらだしてくれ」
ロイドはそう指示を出すと市場に行くため軽く身支度を始める。時間が経ってから小売店で買っても良いのだが、やはり新鮮なうちに自分の目で見たいという気持ちが強いからだ。
「いってらっしゃいませ!」
ミェンの声に軽く手で返し、ロイドは市場へ向かう。
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