視点

Nagi

文字の大きさ
上 下
2 / 3
第2章

見えないもの

しおりを挟む

この作品は、カクヨム、小説家になろう、noteに掲載中です。

第2章  

見えないもの


鈴は、梨花の言葉を待っている。膝の上に、組んだ手を置いて聞いている。

「まず、すごいなと思ったのは、グラスを片付けて私たちを案内した時よ」
「え?普通に案内してくれただけですよね」
「そう、案内は私たちの右側を歩いて案内する、という、マナーに沿った案内だった。
でも、すごいと思ったのは座る時に気付いたのよ」
 鈴は、眉間に皺を寄せて、ますますわからないという顔をしている。
「今、私たち向かい合って座ってるよね。でも座ってから私たち一度も自分たちの
椅子を動かしたり、テーブルを動かしてないよね?」
「ああ、確かに」
「ということは、私たちの身長も考えて、この椅子の位置がベストだって、
判断してセッテイングしたんだよ。グラス片付ける時に、椅子の位置を変えていたから」
「え?そこまでやります?」
「普通はやらないよね。でもあの人はやってたの」
「いや、それに気付いた先輩もすごいですけど」
「だから、勉強に来てるんだって」
 梨花はニヤッと笑って言う。
「あなたはお客として、私はサービスの勉強としてここに来てるってこと」
「あー、それが違うんですね」
「まだあるよ」
「え、次はなんですか?」
「気づかなかった?彼女、私たちのドリンクを持ってくる時に、
ちょうど私たちの話が途切れた時に持ってきたのよ。声かけたの」
「えー、全然気づかなかった・・・」
と、鈴はだんだんと不安げになっていく。

 「私たち、ひとしきり喋ったでしょ?オーダーした後。でもそのちょうど
間が空いた時に声をかけてきたのよ。あれは絶対にそのタイミングを見てたと
思うわ。よくあるんだよねー、私たちの話の途中で「失礼します」って言う人。
商談とかしている人だったら、きっと嫌だと思うよ。だから、こういうホテルで
商談するんだよね。少し値段が高くても、邪魔されないし、心地いいから。
それがサービス」

 梨花は、カップを手にして少し傾ける。
「まだあるわよ」
「えー、もう無理ですー」
鈴はギブアップ気味だ。
「全然、全く気づかない?何か良かったところない?」
梨花は、鈴に考えるチャンスを与えた。
「えー・・・」
「なんでもいいのよ。普段私たちが気をつけていることでも、先輩から
教えてもらったことでも」
「あ」
「うん、何か気付いた?」
「はい!」

とわざわざ手をあげる。表情も明るさを取り戻している。
これは、自信あるな、と梨花は思った。

「言葉遣いです。ロイヤルミルクテイでございます。カフェ・オ・レでございます、
って言っていて、「ロイヤルミルクテイになります」って言わなかった!!」

「正解」

「ですよね?先輩方に何度も注意されましたもん。
「~になります、は、間違った言葉遣いです」って」
「そうだよね。「なる」っていうのは、何か変化した際に使うよね。
100円と50円で150円になります、っていうのはいいし、
絵の具の赤と青を混ぜると、紫になります、もいいんだけど、コーヒーになります、
はバイト語って言われてるよね。これを禁止しているところもあるんだけど、間違って使ってる人、今多いから」

「先輩から、弊社のお客様にはそのような言葉遣いはしないでください、って言われました」

 鈴は、てへっという感じで自分の頭を軽く叩いだ。

「教えてもらって良かったわね」
「はい、学生時代のアルバイトでは、みんなその間違った言葉を使ってましたから、
誰も教えてくれませんでした」

 梨花は黙ってうなづく。

「よくできました」
「ありがとうございます!なんか楽しい」
「だよね。やっぱり接客好きな人は、楽しいはず。でもまだあるのよ」
「えー、まだですか?」
「うん、あと二つかな」
「ちょっと考えてみますね」

鈴は、カフェ・オ・レを口にして、腕組みをして考え始めた。

思い出しているのだろう。今までの彼女の接客を。
梨花は、一面に見える海を見ながら鈴の答えを待っていた。

続く
しおりを挟む

処理中です...