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一章;動きはじめた日常

4話

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 「やっぱりおっちゃんは炎の魔法がうまいんやなぁ」

 サツキの言葉に我に返る。
 目の前にいつの間にか置かれていた木皿の上にはアドレ特製のクラケットが山盛りに盛られていた。

 「へへっ、まぁパン屋だけにな。けど、これしきで上手いなんて思っちゃならねぇよ。やっぱり宮廷とか、アカデミー出身のヤツらは桁違いだかんな」
「アカデミー?……ああ、学生街にある魔法学校の事かぁ」
 サクサクと音を立てながら、サツキがクラケットを頬張っている。

 ジルファリアは、学生街の奥に広がる大きな森を思い浮かべた。
 そのまた奥に煉瓦造りの大きな学舎が建っているのを何度か見に行った事がある。

 あれが王立の魔法学校__通称【アカデミー】であった。


 「まぁ、あたしら庶民は大体が寺子屋で魔法を習うけど、やっぱりアカデミーで勉強したほうが本格的に魔法を使えるからねぇ」

 生活の支えとなる程度の魔法であれば、町に点在する寺子屋と呼ばれる小さな学舎で学ぶことができるのだ。
 王都に住む子ども達の大体が寺子屋に通い、簡単な魔法の使い方を学ぶ。
 ジルファリアもサツキも相応の年齢になれば通うことになるだろうが、ジルファリアの頭の中にはいつもあの赤煉瓦の学舎がちらついて離れなかった。

 「アカデミーに通うには、難しい試験が必要やっておやじから聞いた事があるわ」
 そんなサツキの言葉に肩を落とす。
「ま、ちっちゃい時から英才教育を受けてるような貴族の坊っちゃまとか、由緒ある魔法使い一族の御息女とかが通うんだろうな」
 パドも相槌を打ちながら腕組みをした。
「結局のところ、選ばれし人間なんてのはこの職人街に居ないってこたぁな」

 「……そんなの、分かんねぇじゃん」
 そんな父の言葉に反発するかのように、思わずぽつりと呟く。
「ジル?」
「職人街にだって魔法の上手いやつがいるかもしれねぇだろ?魔法の力はみんな平等に持ってるんだからさ」
 ジルファリアの思惑を汲んだサツキは慰めるような表情で苦笑した。
「まぁ、否定はせんけどな」
「だろ?試験だってアカデミーだって、誰にでもチャンスはあると思うんだよ」

 「……まさかジル。あんた、アカデミーに通いたいなんて思ってやしないだろうね?」
 しばらく黙っていたアドレがジロリとジルファリアを一瞥する。
 その視線にたじろいだジルファリアだったが、負けじと睨み返した。
「行きたいって思ってたら悪いのかよ」
「あぁ、駄目だね。あたしらは普通のパン屋だ。魔法の才能もないような庶民が仮に試験に合格してアカデミーに入れたとしても、後で恥をかくだけだよ」
「でも母ちゃん!」
「いいかいジル。あんたはここでパドの跡を継ぐんだよ。毎日来てくれるお客さんが喜んでくれるようなパンを焼き続ける事があんたの幸せなんだ」

 「そんな……、なんで決めつけるんだよ」
 思わず言葉尻が小さくなるジルファリアの横で、サツキが思い出したように切り出した。
「けど確か……、リアーナさまも庶民出身やったような気がするんやけど」

 「リアーナさま?」
 どこかで聞いたような名前だとジルファリアは首を傾げた。
「ウルファスさまの奥さんや」
「ウルファスさまの、ってことは王妃さまってことか」

 現代の聖王国を守護している聖王ウルファス。
 その奥方であるリアーナは、出自がごくごく普通の町民であり、実家もごくごく普通の飲食店を営んでいたはずだとサツキが話した。


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