宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

文字の大きさ
15 / 81
一章;NEW BEGINNINGS

14話;ひだまりの少女と黄昏の星(4)

しおりを挟む
+++

 「いたか?」
「いや、こっちには居なかった!」「あちらを探せ!」

 物々しい雰囲気で衛兵たちが目の前を横切っていく。
 屋敷の見張り兵だろうか、高級な作りの兵服に身を包んだ数人が足早に駆けていた。手には長い槍を持っている。

 あんなもので一突きにされたらと考えるだけで恐ろしい。物陰に潜みながらジルファリアは身震いした。
 しばらくすると彼らはジルファリアが来た方向と逆の方へ去って行った。

 「衛兵っていっても意外と気づかねぇもんなんだなー」
 ひょこりと首だけ出し、辺りを窺う。
 先ほどまでの静寂が戻ってきたようだった。

 帰るなら今のうちだ。
 早く貴族街を離れようとジルファリアは駆け出した。なるべく人通りの少ない細道を選び、ただひたすら駆けていく。

 見つかればタダではすまないであろう事態なのに、ジルファリアの口元には笑みが浮かんでいた。
 勿論この状況を楽しんでいるのに違いはなかったが、何よりも自分と同じ年頃のあの少女と話せたことが嬉しかったのだ。
 サツキとも職人街の友人たちとも違う、自分とは全く別の世界で生きている彼女と出会えたのは、未知の感覚だった。

 (母ちゃんのことは、可哀想だったけど……)
 彼女の悲しそうな表情が脳裏を過ぎった。


 「……元気出せよ、マリスディア」



 「誰が元気出せって?」

 「うわ!」
 突然背後から声が聞こえ、ジルファリアは仰天した。
 立ち止まり振り返ると外壁にもたれ掛かったサツキが立っていた。
 半ば怒っているような呆れたような顔でこちらを見つめている。
 どうやら彼の前を気づかずに通り過ぎていたようだ。

 「サツキ……」

 気づけばジルファリアは中央広場まで戻ってきていた。
 サツキの立つ傍には広場のシンボルになっている教会があったし、目の前では大道芸人が曲芸を披露し、子ども達が喜んで取り囲んでいる。
 静寂から賑やかな世界に一転し、ジルファリアはほっと息を吐き出した。

 「今までどこ行ってたん?」
 咎めるような視線でサツキがこちらに近寄ってくる。
「その、ま、迷子になってて、えーどこだったかなー……」
 サツキへの言い訳を全く考えていなかったジルファリアは適当な言葉を探し始めた。
 同時に不審なくらいに目が泳ぐ。

 「誤魔化しは効かんで、ジル。野菜屋のばあちゃんに聞いてる」
 さぁ聞かせてもらおうかと言わんばかりにサツキが腕を組んだ。その圧にジルファリアはたじろぐ。
「う……」
「入ったんか、貴族街に」
 端的な問いかけに観念し、ジルファリアはこくりと頷いた。
 はぁ、と呆れたように長いため息を吐くと、サツキは頭を抱え込んだ。
「さっきあれ程アカンって言われたやろ、なんで入るかなー」
「だって、ばあちゃん困ってたし、貴族街行ってみたかったんだ」
 頬を膨らませるジルファリアにサツキがびっと指を突きつける。
「おやじに知られたらめっちゃしばかれんで、お前」
「むー、けどさぁ……、あ!そうか、いいこと考えついたぞ、サツキ」
 ぽんとジルファリアが手を打つ。
「なんや?」
「おっちゃんには内緒にしとけばいいんだ。な?」
「な?……やないわアホー!」
 とうとうサツキの鉄拳がジルファリアの頭に振り下ろされた。
「痛ぇ……」
「当たり前や。ええか、お前ももう知ってると思うけど、おやじはこういう隠しごとをすぐに見抜く。バレんのも時間の問題や」
「そうだよなー、なんでかおっちゃんは鼻が利くんだよな」

 今までバレてきた数々の悪戯へのお仕置きを思い出し、ジルファリアは青ざめた。
 そんな様子を見てサツキは肩をすくめた。

 「まぁ止めれんかったおれも共犯や、なるべく知られんようには頑張る」
「サツキー、ありがとう!」
「あといっこだけ聞いとくけど、誰にも会わんかったやろうな?誰かに顔でも見られてたら衛兵が探しにくる可能性だって……」
「会ったぞ?」
「会ったんかい……」
 流石に呆れ果てたのだろう。怒る気力もないといった具合で、サツキは肩を落とした。

 「でもマリスディアは誰かに言いつけたりしないと思うぜ?」
「は?だれ?……え、マリスディア?」
 怪訝な顔で問いかけるサツキに、ジルファリアは嬉しそうに頷いた。
「めずらしい金色の髪しててさ、なんか木登りが上手くておもしろ……」
「ちょ待て待て待て!金色の髪ってお前それ……」

 その時、王宮の方から鐘の音が鳴り響いた。
 夕刻を告げる音だ。


 陽が落ち、王城の向こう側……西側には美しい茜色の空が広がっていた。

 「黄昏時や」
「もうそんな時間か」


 たそがれ時には帰りましょう
 もうじきお空がかがやくよ
 たそがれ落ちて
 よいやみ来るの

 よいやみ来たら
 お化けの時間のはじまりだ

 みんなのことを守るのは
 きらきらかがやくお星さま
 聖王さまのたそがれぼし


 そんな歌声がどこからか聞こえてきた。
 ジルファリアにも聴き覚えがある、セレインストラの童歌だ。
 ジルファリア達の横を小さな子どもが母に手を引かれて歩いて行った。どうやら親子で歌っていたらしい。

 「ほらほら、早よ帰らんとお化けが来るで、ジル」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべてサツキがジルファリアを小突いた。
「ば、バカ!もうお化けなんて怖くないぞ」
「お前は暗いとこが苦手やったもんなぁ」
「な、何だよ、もうガキじゃねぇんだから怖くないって!」
「えぇ?そうなん?まだ夜中の厠には一人で行かれへんっておばちゃん言うてはったけど……」
「なっ!母ちゃん……」
 勝手に自分の隠し事をばらされ、面子を潰された気分だ。
 ジルファリアは誤魔化すように走り出した。
「あっ、怒んなやジル。悪かったって。誰にもこの事は言わへんからぁ」
 慌てて追いついて来るも未だニヤけている彼の表情が腹立たしく、ジルファリアは鼻を膨らませた。

 中央通りの川沿いを走ると、夕刻時の涼やかな風が頬を撫でる。
 同時に、街路沿いの家々からは夕餉の支度をしているのだろう、とても食欲をそそる匂いが漂ってきた。


 「そういうオメーはオレがいない間どこ行ってたんだよ、サツキ」
「ん?おれか?」
「そーだよ」
「うーん……、ま、どこでもええやん」
 しばらく考えるフリをした後、サツキがニヤリと笑った。
「なんだよ、内緒なのかよ」
「そういうわけちゃうけど、……まぁ、エラいべっぴんさんに会ってたってことにしとこか」
 丸い瞳を気怠げに伏せ、サツキはぽつりと呟いた。
 ジルファリアはその様子をまじまじと見つめた後で首を傾げた。
「なぁ、サツキ。お前ほんとは幾つなんだ?」
「失礼なやっちゃな!お前と同じや!」

 並走しながら叫び合うので、中央通りには二人の声が響き渡っていた。

 「だって、たまに大人みたいな時があるんだぞ」
「おやじの影響ちゃう?」
「おっちゃん、むずかしい事とか知ってるもんなー」
「意外やろ。普段は飲んだくれてるのに、いろんな事教えてくれるわ」

 なるほど、だからサツキは同世代の子どもよりも大人びており、難しい言葉を使っているのかとジルファリアは納得した。

 「ま、ほとんどは女の人口説くような無駄な知識ばっかりやけど」
「ははっ!おっちゃんらしいな」


 「だーれが無駄な知識ばっかり持ってるて?」


 そろそろ職人街の入り口に差し掛かる頃だと思っていたところだった。
「うわ!おっちゃん!」
 中央通りから職人通りに入るところに、仁王立ちになっている大柄な男が立っていた。
「おう、お帰り、おめーら」
 途端に陽気な顔でラバードは片手を掲げた。

 「おやじ、どないしたん?」
「サツキ達の帰りが遅いから迎えに来たんや」
「そんな事いつもはせーへんのに」
 きょとんとしているサツキの髪をわしゃわしゃと撫で回しながらラバードが笑う。
「ええやろ、たまには。かわいい息子どもを心配せーへん親がどこにおる」
「わわっ!ちょ、おやじー」
 元々伸びっぱなしの髪が更に揉みくちゃになりサツキは悲鳴を上げる。

 「へっへっへ、喜べ。今夜の飯は俺様特製地獄スープや!」
「えー!あれだけは嫌や!」
 ラバードの腕から逃れられずサツキは更に悲鳴を上げているが、ジルファリアは彼がとても楽しそうにしている事に気がついていた。

 大人びているだとか普段は冷静だとは思っていたが、父と一緒にいる時のサツキは年相応の幼い部分を見せる。
 その様子にほっとしたジルファリアは思わず微笑んだ。

 「おいジル、パドに呼ばれたから晩飯を一緒に食うことになったで」
 サツキとじゃれていたラバードがこちらに手を振る。
「え、そうなのか?……ん?ってことは」
「喜べ!地獄スープをお前にも振る舞ったる!」
「えーー!いらないぞ!」

 ジルファリアの悲鳴とラバードの豪快な笑い声が職人通りに響き渡り、側の靴屋からうるせーぞと怒鳴られたのは言うまでも無い。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...