宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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一章;NEW BEGINNINGS

19話;昼下がりの侵入者(4)

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 「おいっ!お前ら、コイツをどうするつもりだよ!」
 乱暴にマリスディアの隣に投げ飛ばされたジルファリアが負けじと声を張り上げた。

 「これって誘拐っていうんだろ!」
 その時荷台が激しく揺れ、ジルファリアは舌を噛みそうになった。どうやら舗装された貴族街を抜けたらしい。
 馬車の後方を見遣ると、郊外の田園地帯に出たようだ。
 道の状態が悪いのか、そのまま馬車は乱暴な揺れと共に疾走していた。

 「役人に見つかったらタダじゃすまねぇぞっ!」
「よくもそうキャンキャン喚けるな、お前」
 耳を両手で塞ぎながら目の前に座る男が顔を顰めた。
「お前だって誘拐されてんだよ、怖くねぇのか」
「怖くねーよ!」
 と鼻で笑ってやったが、ジルファリアは内心怖気付いていた。
 だが、隣で怯えた顔をしているマリスディアを見ていると、自分が踏ん張らなければという気になったのだ。


 「静かにしろ」
 御者の声が短く飛んでくる。
「役人どもだ」
 気がつけば馬車は畦道脇に停まっていた。
「お前ら、ここで大声出したらこのオジョウサマに傷が付くぞ」
 目の前に座っていた男がいつの間にか二人の脇に近寄り、マリスディアの顔にナイフを当てた。ヒヤリとしたジルファリアは黙って頷く。

 幌の外で何人かの大人が歩く音が近づいてきた。
 御者の言う通り、見回りをしている衛兵たちだろう。
 ジルファリアはこちらの存在に気がついてくれと心の中で願ったが、そんな願いも虚しく彼らは特に変わった動きも見せず立ち去ってしまった。

 無理もない、町人がいつも使っているような馬車だ。田園地帯に停車していても特に異質ではないだろう。
 ジルファリアはがっかりしたが、それでも男たちの様子を見逃すまいと視線を馬車に張り巡らせていた。

 「行ったか」
「もう少しここで様子を見る。どのみち俺たちの役目ももう終わるからな」
 様子を見てくると言い、台から降りた御者はどこかへと去った。

 「しばらく大人しくしてろよ」
 マリスディアに突き出していたナイフは下ろしたが、目の前の男はそのまま二人を見張るようにどっかりと座り込んだ。



 「どうして……」

 男を睨みつけるように威嚇していたジルファリアだが、ふと聞こえてきたマリスディアの小さな声に我に返る。
「どうして馬車を追いかけて来たんですか?危険なのは分かっていたのに」
 隣を見ると、こちらを見つめるマリスディアの顔があった。
「どうしてって……」
 そんなこと言われてもなぁとジルファリアは考え込む。気がついたら走り出していたとしか言えなかった。

 しばらく黙っていると、マリスディアは申し訳なさそうな表情になり目線を落とした。
「あなたのことまで巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「お前があやまることじゃねぇだろ?悪いのはコイツらじゃん」
 じろりと男の方へ目線を移すと、彼もこちらを睨みつけてきた。
「でも、たった一度しか会ってないわたしを助ける必要なんてあなたには」
「それは違うぞ、マリスディア」
 彼女の言葉を遮ると、ジルファリアは首を横に振った。
「お前を助けに来た理由はさ」
 一旦目線を落とすと、ジルファリアは愉快そうに笑って見せた。

 「お前が友だちだからだよ」

 しばらくジルファリアの顔をぽかんと見つめていたマリスディアは、ふいに瞳を歪ませ俯いた。
 すると、ぽたりぽたりと彼女のドレスに水滴が落ちていくではないか。
「えっ!おま、な、泣いてんのか?!」
 突然のことに仰天したジルファリアが慌てて彼女の顔を覗き込む。
 ぽろぽろと琥珀色の瞳から涙がこぼれていく様に更に慌てふためいた。なんとか拭ってやりたいが、手足を縛られた状態ではどうすることもできない。
「そっか、そうだよな。誘拐なんてされたらふつう怖いよな……」
 ジルファリアが力なく項垂れると、違うのとマリスディアがかぶりを振った。
「うれしくて」
「うれしい?」
 意外な言葉にジルファリアが首を傾げると、彼女はこくりと頷いた。
「わたし、今まで同じ歳くらいのお友だちがいなくて。だから、わたしのことを友だちって言ってくれてうれしいんです」
 鼻を啜りながら彼女は顔を上げた。

 「ありがとう、ジルファリア」
 涙を頬に濡らしたまま、マリスディアがにっこりと微笑んだ。

 今度はジルファリアがぽかんと相手の顔を見つめた。
 どうにも彼女に笑顔を向けられると、気恥ずかしさが勝ってしまう。ジルファリアは照れ臭そうに目線を逸らした。
「だーから、オレのことはジルでいいって」
「はい、ジル」
「あと、喋りかたもな。ふつうでいいよ」
「ふつう?」
 マリスディアが首を傾げると、そうだったと思い出す。
「そっか。お前、お嬢さまだから今の言葉がふつうなんだよな。うーん……」

 だがこのままの言葉遣いで話されると、どうにもジルファリアが照れ臭くてむず痒いのだ。
 彼女と仲良くなるのには、もう少し親しげな話し方が必要な気がしていた。

 「そーだ、お前の父ちゃんと話すときみたいな喋りかたはどうだ?」
「お父さま?」
 するとマリスディアは困ったような顔をした。
「わたし、お父さまとお話しするときもこんな感じなので……」
「えっ、そうなのか?」

 このように丁寧な話し方をしなければならない父親とはどういう人物なのだと、ジルファリアは想像もつかなかった。

 今まで黙ってこちらを見張っていた男が突然吹き出す。
「おいボウズ、この娘の父親がどこの誰なのか分かって言ってんのか?」
 その馬鹿にしたような言い方にむっとする。
「しらねぇ」
「だろうな」
「けど、そんなことどうだっていい。マリスディアの父ちゃんがだれだってオレには関係ねぇよ」
「ジル……」
 そんな様子にマリスディアが嬉しそうに微笑んだ。
「同い年のかたと話をしたことがあまりないので急には難しいですが、できるだけ頑張ってみ……るね」
 言葉が尻すぼみになっていったが、彼女なりに頑張ったようだ。
 俯いてしまったマリスディアの様子に、ジルファリアは吹き出す。
「いいよ、ちょっとずつで」
「はい!……あ、りょ、了解」
「ははっ、逆に言葉おかしくなってるって」
「そうかな……」

 照れ臭そうな表情のマリスディアを見ていると、ジルファリアも嬉しくなって自然と笑みが浮かんだ。


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