宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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一章;NEW BEGINNINGS

27話;夕刻の追走劇(7)

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 振り返ると、その枯れ木のように不気味な影がこちらへ向かって伸びたところだった。
 ジルファリアは思わずぎゅっと目を閉じる。



 __手を叩け……



 「……え?」

 その時、聞いたことのない声が届いた。
 すぐに目を開くが、そこには黒頭巾以外誰もいない。


 __手を、思い切り叩け。


 「……手?」

 もう一度、今度ははっきりと聞こえたそれに、ジルファリアは自分の両手を見る。
 ヴン、と羽音のような音が聞こえ、仰ぎ見れば黒頭巾の放った炎がもうそこまで迫っていた。

 ジルファリアは夢中で両の手を叩いた。

 「なっ……!」


 パァン、と乾いた音が鳴り響く。


 すると、その音に弾かれるように黒い炎は雲散した。

 「ナンだと……マホウか?」
 黒頭巾が初めて狼狽えたような声を上げた。

 ジルファリアは信じられない思いでもう一度自分の両手の平を見つめた。

 __さぁ、もう一度。

 その声が勇気づけてくれるようにしっかりと聞こえる。

 今度はこの声がどこから聞こえて来るのか、ジルファリアははっきりと確信した。
 自分の胸元に手を当てると、ジルファリアはすくと立ち上がる。
 不思議と恐怖はいつの間にか消えていた。

 そして相手を見据え、内側から湧き起こるその声と同時に手を叩いた。


 「「爆ぜろ」」


 するとバチン!と音が弾け、黒頭巾の頭部が小さく爆発した。

 「グゥ……っ!」
 彼の手の平から散った火花がぷすぷすと音を立てている。

 「オレが、やったのか……?」
 煌々と燃え上がる炎がローブを包み燃やし始めるのを確認すると、ジルファリアは蹲ったままのマリスディアに駆け寄った。
「マリア!」
「じ、ジル……」
 こちらを見上げる彼女の顔色は幾分か良くなっていた。
「さっきの黒いやつは、……消えたみてぇだな」
 良かった、と息を吐くジルファリアに、マリスディアもほっと息を吐く。
「さっきジルが手を叩いた時、首がとても楽になったの」
「そうなのか?」
「すごいわ、ジル。魔法を使ったの?」
 そう訊ねるマリスディアに、ジルファリアは首を捻った。
「それが……、オレにもよく分かんねぇんだよな」
 そう言いながら、胸元に手を当てる。
「さっき、ここから声が聞こえたんだ、手を叩けって。それで言う通りにしたらあいつが爆発して……ってうわ!」
 黒頭巾の方へと視線を向けたと同時に、ジルファリアはマリスディア抱き抱えて飛び退いた。
 すぐさま今いた場所を確認すると、黒い炎がそこで燻っている。

 「もうヨウシャはしない」
 いつの間にかジルファリアの起こした炎は消えてしまったようだ。
 既にこちらへじりじりと詰め寄って来た黒頭巾が手の平をこちらへ向ける。

 ジルファリアは彼女を背に押しやると、グッと顎を引いて立ち上がった。
「だったらオレも、何回だってお前と戦ってやるよ!」

 そして庇うように両手を広げると、勇んで声を張り上げた。


 「マリアはっ!オレが守ってやる!」


 「よく言ったアァぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 その時、何かを破壊する轟音と共に、黒い影が突如部屋に飛び込んで来たのだ。

 バラバラと目の前を飛び散るそれが、この時計塔三階の外壁であると気がついた時には、黒頭巾は既にその何かに一瞬で蹴り飛ばされていたのである。
 大きな体躯の割に黒豹のように俊敏に動くそれは、反対側の壁に叩きつけられた黒頭巾の姿を捕らえ羽交い締めにしていた。

 「惚れた女の一人や二人、テメェで守れんでどーするっ!」

 そう豪快に笑いながら、彼は黒頭巾を瞬く間に縛り上げてしまった。
 そうして、いつもの朗らかな笑顔をこちらに見せたのである。

 「なぁっ、ジル!」

 「お、おっちゃん?!」
 ガッハッハと高らかに笑い「おう!」と二本指を立てた男は、よく見知った洗濯屋店主ラバード=キリングであった。


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