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一章;NEW BEGINNINGS
32話;響き渡る少女のanthem(1)
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「え!オレたちが……」
「王宮に?」
マリスディア救出の日から数日経ったある日の事だった。
サツキを伴ったラバードが朝早くにジルファリアの家を訪れ、そこで王宮から招待された事を告げたのだ。
驚いたのは二人だけではない。
カウンターのところで拭き掃除をしていたアドレも仰天したはずみでくしゃみをした。
確かに今日は冷え込むなとジルファリアは袖をさする。
「ちょ、ちょっとどういう事なの、ラバード。どうしてジル達が王宮に?」
思考が追いついていないのか、アドレが目を白黒させている。
「こないだ話したやろ?ジルとサツキが、誘拐されかけたマリスディア様を助けたって」
「ええ!あれ、本当の話だったのかい?」
素っ頓狂な声でアドレが叫んだ。
彼女は記憶を辿るように困惑したまま目を閉じた。
「あのときはジルまで真面目な顔してたから、ラバードと一緒になってあたし達をからかってんだとばかり……」
「そんなわけないだろ」
頬を膨らませながらジルファリアが不貞腐れた。
「ホントだって言ったのに」
「アドレ、嘘みたいな話やけどホンマなんや。現に昨日王宮から仕えの者が来て、俺たち三人に礼がしたいて呼び出しがあった」
「そうなのかい」
さすがに申し訳ないと思ったのか、アドレはジルファリアに目配せした。
「けど、王宮に行けるような立派な服なんて、うちにはないわよ」
「安心しろ、うちも無い。向こうかてそんな事は百も承知や」
「そうかい……。ジル、くれぐれも失礼のないようにするんだよ。お城は遊び場じゃないんだからね。マリスディア様にお会いすることになっても、馴れ馴れしくするんじゃないよ。それから……」
「あー!もうわかってるって!」
納得した途端、小言を始めるアドレと渋い顔で耳を塞ぐジルファリアに、サツキが吹き出した。
「おばちゃん、ジルの事はおれが見張ってるから」
「サッちゃんがそう言ってくれるなら、安心だけど」
未だ困惑したような表情で、アドレは息子を見つめた。
「あ、だからさ母ちゃん。王宮行くとき、クラケット焼いてくれよ。こないだマリアにクラケットあげたらスッゲー喜んでたんだぞ」
「え!まさか、あんたが前に言ってたクラケットをあげたい友だちって……」
「うん、マリアのことだ」
「何だって!あぁ、こんな庶民の味を食べていただくなんて、失礼な事だったんじゃ……」
青ざめた表情でアドレが頭を抱えだす。
まぁ、これが普通の反応よなぁとサツキが呟いた。
「母ちゃん、それは違うぞ。マリアは母ちゃんのクラケットを食べて、こんな美味しいクラケットは初めてだって言ってたんだからな」
「いや、けどね」
「いいから。マリアに作ってやってくれよ」
「っていうか、王女様のことをそんな風に気安く呼ぶんじゃないよ!」
悲鳴に近い声でアドレが叫んだ。どうやら相当混乱しているようだ。
宥めるように微笑みながらパドが工房から出てくる。
「いいじゃねぇか、アドレ。せっかく王女様が美味しいって言ってくださったんだろ?
それに、クラケットは聖王国が誇る伝統菓子だ。王宮の菓子職人が作るものもアドレが作るものも、どっちも同じように食べてくれる人のことを思いながら作られたクラケットなんだ。だったら喜んで召し上がっていただこうじゃねぇか」
「そんなの社交辞令なんじゃないのかい」
「マリアはそういう事は言わねぇぞ」
パドとジルファリアに挟まれ、アドレは諦めたように頷いた。
「分かったわ。……ラバード、招かれている日はいつだい?」
「五日後だ」
「じゃあ腕によりをかけて、最高傑作のクラケットを焼こうかね」
決心がついたのかアドレは腕まくりをして工房へと戻っていった。
その様子を嬉しそうな表情で見守っていたパドが、ジルファリアの髪を撫でる。
「外ではいろいろやらかしてると思ったが、王女様を助けるなんてすげぇじゃねぇか。俺は鼻が高いぞ、ジル」
「父ちゃん」
「喧嘩もいいが、今回みたいに困ってる人がいたら、助けてやるんだぞ」
ジルファリアが外で喧嘩や悪戯をしていても、父はいつも自分を認めてくれる。
勿論、人の心や大切な物を傷つけた時は決して許してくれず、一緒に謝りに行ってくれた事もあった。
厳しいところもあるが、とても優しい父をジルファリアは大好きだった。
「わかったぞ、父ちゃん」
大きく頷くと、パドも嬉しそうに頷いたのだった。
「ラバード、面倒かけるが、ジルをよろしく頼む」
「任せとけ!つっても俺もあんな煌びやかな場所に行くんは初めてやからな。こう見えてキンチョーしてるわ」
ガハハ、と大きな口を開けて豪快に笑うラバードを見ながら、ジルファリアとサツキは苦笑いした。
「おっちゃん、相変わらずだな」
「おれ達を助けに来てくれたときは別人みたいやったけど、結局あれからいつもどおりに戻ってもうたわ」
「そっか」
それでこそ洗濯屋の酔いどれおやじだと、ジルファリアも納得した。
「なぁ、ところでジル、今日はどっか遊びに行くんか?」
ラバードがパドと酒の話で盛り上がり始めたので、サツキがジルファリアに耳打ちした。
そのいつになく前のめりな様子に、はてと首を傾げる。
「とくに決めてねぇけど……」
「せやったら、おれ行きたいとこがあるんやけど、一緒に行かへん?」
「べつにいいけど……」
いつも物事に対して無関心な事が多いサツキにしては珍しい。
ジルファリアはその行き先に興味を抱いた。
「おい、サツキ」
「分かってるっておやじ。貴族街とか王城のほうには行かへんから」
すかさず疑わしげな視線を寄越してくるラバードを軽くかわして、サツキはこちらに目配せをした。
「ほな行こか」
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