宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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二章;OPENNESS

57話;萌芽のとき(2)

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 一同が辿り着いたのは、アカデミーの裏手にある森の中の開けた場所だった。
 目の前には低木や植え込みが並んだ庭園が見える。
 これが“意思を持つ不思議な植物たち”なのかとマリスディアは興味津々に眺めた。

 「今朝ちょうど迷路の構造が変わったところだから、今日はもう変化することはないと思うわ」
 ミスティが先頭に立ち朗らかに言い放つ。
「さぁ、それじゃあみんな封筒を開けて、中のリボンを取り出してみて」

 マリスディアは逸る気持ちで封筒の封を切った。
 心臓がどくどくと鼓動しているのが自分でも分かる。
 恐る恐る取り出したリボンは、朝焼けの空のような色をしていた。

 「みんな、開けたわね?それじゃあ今から同じ色のリボンを持った人を探してください」
 そんなミスティの言葉を合図に、生徒たちがそれぞれの相方を探しだす。 

 「マリア、何色だった?」
 隣にいたジルファリアがすかさず手元を覗き込む。
「ふぅん、オレのとは違うな。お互い頑張ろうぜ」
 にかりと笑いマリスディアの肩を叩くと、彼はぴかぴかと光る黄金色のリボンを手に早々と相棒を見つけに行ってしまった。
 方や黒い革紐のようなリボンを手にしたサツキも「ほんなら姫さんも頑張ってな」と言い残し、人ごみに消えて行った。

 残されたマリスディアは手の中に握られた朝焼け色のリボンを見つめた。
 ふわふわと頼りなく風に揺れるほど柔らかな素材のリボンは、どこか不安な彼女の心を表しているかのようだった。

 (これと同じ色のリボンを持った人……)
 早く探さなくてはと、リボンを頭上に掲げて声を出そうとしたその時だった。

 「あっ、いた!朝焼け色のリボン!」

 という、張りがあり聞き覚えのある声がしたのだ。
 その声の方に目を向けると、サリがこちらに笑みを向けて立っていた。
「マリスディアさまだったのね!」
 少々気の強そうな瞳がにっこりと笑う。
 マリスディアは自分がどこかほっとしているのを感じた。
「よろしくね、王女さま!」
 そして立て続けに手を差し出され、マリスディアは握り返した。
「よろしくお願いします、サリさん」
 その言葉にサリは吹き出した。
「サリでいいよ。それに丁寧な言葉もいらないわ」
 はきはきと答えるサリに圧倒されたが、ジルファリアのように分け隔てなく接してくれるその対応にマリスディアは嬉しくなったのだった。


 「そうだ。言い忘れていたけれど、この行事は毎年恒例の一年生歓迎会という別名もついているの」
 一同を見回しながらミスティが意味深に笑った。
「一年生歓迎会?」
 生徒たちが顔を見合わせる。ミスティは悪戯っぽく片目を瞑った。
「要するに、上級生たちからの“歓迎”という名の罠が仕掛けられているってこと」
「えっ……!」
 思わず大きな声を出してしまい、すぐに口を塞ぐ。
「大丈夫!命を奪われるような危ないものはないから、安心して挑戦してね!それじゃあいってらっしゃ~い!」



+++

 「安心してって言われても、安心できないわよねぇ」
 苦笑しながらサリが先を行く。
 頷き返しながらマリスディアも後に続いた。

 迷路に足を踏み入れると、不思議と先行していたはずの生徒たちの声がまったく聞こえなくなった。
 それどころか、先ほどまでいた森の木々のざわめきや鳥のさえずりさえも聞こえてこなかった。
 まるで外界と切り離されたかのようなひっそりとした場所だった。
 ただそこに植物たちの群生が広がり、迷宮のように続いているだけだった。

 (空間が別のところにあるみたい……)
 そんな印象を覚えた。

 わさわさと低木の木々が風に揺れる。
 風は吹いているのかと妙なところで感心した。

 「それにしても、珍しい植物だわ……」
 迷宮の様子に見入っていたマリスディアがぽつりと呟いた。
 図書館にある図鑑にも載っていないものばかりだ。

 (何という種類なのだろう)
 後でミスティに訊ねてみようかと観察を続けていると、サリが隣までやって来て一緒に覗き込んだ。
「マリスディアは、植物に興味があるの?」
「あ、ええ。土いじりが好きで……」
「お庭を作ったり?」
 反応が気になりつつこくりと頷くと、サリはぱっと笑顔になった。
「素敵ね!……他には?」
「ほか?」
「そう、好きなこと」
 興味津々という表情でサリがこちらを覗き込む。
 興味を抱いてくれたことが嬉しくなり、マリスディアは顔が紅潮した。
「他は……本を読んだり、高いところに登ったり……」
「高いところ?!どこに?どうやって?」
 俄然好奇心が刺激されたのか、矢継ぎ早に繰り出す彼女の様子に、マリスディアは急いで言葉を探した。
「その、庭の木とかに……登って」
「登るの?!あなたが?!」
 サリはすっかり仰天してしまったらしい。
 目を丸くしてこちらを凝視する様が可愛らしくて、マリスディアは小さく笑んだ。
 しばらくこちらを見つめていたサリが突然豪快に笑い出す。
「あなたって想像以上に王族っぽくないのね!見た目はとってもふわふわしているのに」
「ふ、ふわふわ?」
 今度はマリスディアが驚いた。
「そう。王女さまっていうくらいだからきっとふわふわしていて、どうせなんにもできない女の子なんだろうなって思っていたの」
「わ、わたしふわふわなんてしていないわ!」
 どこか揶揄われているのだと感じ、マリスディアは思わず大きく言い返してしまった。
 サリはしばらくきょとんとしていたが、やがて肩をすくめる。
「言い方が気に障ったなら謝るわ。ごめんなさい。でも、あたしたち普通の国民からしたら、あなたたち王族への印象なんてこんなものなのよ」

 きっと彼女に悪意などは無いのだろう。
 言っていることは尤もなのだから。
 先ほどのミスティとの会話を思い出し、やはり自分は他の子どもたちとは“異なる”のだと思い知らされた。

 「わたしだって、本当は“普通”になりたいのよ」

 思わずそんな本音が口からこぼれ落ちたが、聞こえなかったのかサリは首を傾げた。
「ねぇ、いま何て……」

 __その時。

 今まで何の音もしなかった迷宮に、聞き覚えのない音が響いた。
 まるで植物たちが会話をしているかのような、葉を擦り合わせたような音だ。

 

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