宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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二章;OPENNESS

63話;徒花(1)

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 「あーぁ、ニコラスさま、素敵だったなぁ」

 迷宮の課題から数日経ったある日のこと。
 サリが机に突っ伏しながら呟いた。

 「サリったら、最近ずっとそればかりね」
 呆れたような表情でマリスディアが返す。
 今しがた終わった歴史の教科書を机の中にしまい込んでいるところだった。
 今はちょうど授業と授業の合間の休憩時間で、がやがやと級友たちの声が賑やかである。

 「だって、あのお姿ももちろん素敵だったけど、未熟なあたし達を導くようなお言葉をくださったのよ。ああ見えてお優しいんだなって」
「ああ見えて……」
 そこまで言うと、マリスディアはくすりと笑いをこぼした。
 普段からあの仏頂面を見慣れている身としては、庇うこともできない。

 「マリアはいいなぁ、あんなかっこいい人が親戚で」
「サリはいつもそう言うけれど、親族というだけなのよ」
「もー贅沢ねぇ」
 くすくすと笑いながら、サリは「次の授業はなんだった?」と訊ねた。
 机の中を探り、マリスディアが一冊の本を取り出した時だった。

 「なぁマリア、次はいよいよ魔法学の時間だぞ」

 突然頭上から非常にウキウキとした声が降ってくる。
「あんたに聞いてないわよ、ジルファリア」
「はぁ?お前に言ってねぇし。オレはマリアに言ってんだよ」
 この睨み合いもいつもの風景になってきたなとマリスディアは微笑んだ。
「ジルは今日を楽しみにしていたものね」

 そうなのだ。今日はとうとう魔法学という授業が始まる日なのだった。
 ジルファリアは数日前から今日のことを指折り数えていたようで、なんと昨夜は一睡もできなかったらしい。

 「とりあえず今日は座学だけどさ、楽しみだなぁ」
 そう言いながらにこにこしている彼を見ているとこちらまで嬉しくなる。
 この様子だと実技の授業になったらどれだけ高揚した調子になるのだろうか。
 マリスディアも負けないように頑張ろうと改めて思った。


 開始のベルが鳴り、各々がいそいそと自分の席につく。
 一体どんな先生が魔法を教えてくれるのだろう。そんな気持ちでマリスディアも胸が高鳴った。
(確か、実技はミスティ先生が教えてくださるって聞いたんだけど)
 彼女の高揚感と同じように、級友たちもどこかそわそわとした落ち着かない雰囲気だ。
 皆も魔法の授業を楽しみにしているのだと感じるほどだった。

 そしてそんな喧騒を止ませるように突然扉が開いた。

 「あっ」
 音もなく教室へ入って来たのは、見知った人物だった。
 彼は教壇までつかつかと歩いて来ると、部屋中を見渡した。
 そしてふわりとした前髪から覗く瞳が弧を描く。

 「やぁ、こんにちは。今日から魔法学を担当するヒオ=アイオライトです。よろしく」

 そんな柔和な笑みと柔らかな声で、女生徒たちから色めき立った囁きが起こるが、マリスディアはあの笑顔が対外的なものであると知っていた。
 いつ化けの皮が剥がれるのだろうと冷や冷やしてしまう。
 それはジルファリアも同じだったようで、彼が苦々しい表情をしているのがこちらからも見えた。

 「ねぇマリア。ヒオ先生ってとても素敵ね」
 案の定、面食いなサリが予想どおりの反応を見せていたので、マリスディアは耳打ちをした。
「あれはよそゆきなのよ、サリ」
「へ?よそゆき……って、マリアは先生のこと知ってるの?」
「まぁ……そうね」
「えぇ!いいなぁ、ニコラスさまだけじゃなくて、ヒオ先生までお知り合いなの?」
 頬を膨らませていいないいなと連呼するサリに、しーっと指を口に当てる。

 「さぁ、それじゃあ可愛らしい一年生たちに魔法とは何たるかをお話しさせてもらおうか」
 貼り付いたような笑みを浮かべてヒオが教科書を開く。
 一斉にページをめくる音が聞こえるのを満足げにヒオが頷いた。
「うん、みんな良い子たちだね」
 じゃあまずは基本から、と続ける。

 「このセレインストラでは、魔法の力というものが他の国より少しばかり発達しているんだ。
 セレインストラ人は、昔から天候や自然から助けを借りて、普通人間にはできないようなことを可能にしてきたんだよ。
 例えば風を起こして物を浮かせてみたり、火の力で料理したりね」

 教室はしんと静まりかえっていた。
 皆、ヒオの言葉に耳を傾けている。

 「自然の力っていうのは、例えば燃えさかる炎の力や、生命の源である水の力。
 いつも僕らを照らしてくれる光の力や、夜に眠りの時間をくれる闇の力……」
 まぁ他にもあるんだけれど、とヒオは続け、教室を見渡した。

 「我々に力を貸してくれるこういった存在……自然に対して感謝の気持ちを持つこと、これが魔法だよ」

 「え、それだけ?」

 ヒオの言葉にぽつりと呟いたのはジルファリアだった。
「うん?どういう意味かな、君の名はえぇと……ジルファリア=フォークス?」
 知らんぷりで名簿を見ながらヒオが彼の方を見遣る。ジルファリアはうーんと唸りながら返事する。
「感謝の気持ちを持つだけで、魔法って使えるのかなって」
「ふむ、そうだね、勿論それだけでは魔法は使えない。
 使いたい魔法によっては呪文を使ったり、印を結んだり、魔法陣を描いたり……それぞれ必要な工程があるよ」
「そうなんだ」
「でも、そういうことができるのも力を貸してくれる存在あってのことでしょう?」
「それでありがとう、なのか……」

 ジルファリアはウルファスの言葉を思い出しているに違いないとマリスディアは感じた。

 「そう。自然だけでなく、人に対しても感謝の気持ちは忘れないようにしなければね」
「ヒオは聖職者みたいなこと言うんだな。礼拝の説教みたいだ」
 ジルファリアの指摘にひくっと頬を引き攣らせたヒオがすぐさま返す。
「一応アカデミーでは“先生”とつけてくれるかな。それと、確かに僕はこう見えて聖職者だよ」

 「そうなんだ……」
 サリが呟いた。同業者とあってか声色がやや高くなった気がする。
 頷きながらヒオがこちらへ目配せをする。
「僕は普段王城内にある教会に仕えている身なんだ。だからほら、今着ている服装も法衣と呼ばれるものなんだよ」
 彼が自分の胸に手を当て、腰を折った。

 その優美な動きに白い衣服がさらりと軽やかに揺れる。
 縁取られた金糸の刺繍との色合いがとても綺麗だとマリスディアはいつも思っていた。

 わずかに光沢のある絹の白い色とヒオの白い肌が同化して見え、まるで神様みたいに光って見えるとサリがこちらに耳打ちした。
 彼は美しい容貌も相まってかその浮世離れした様が神々しいと、参拝者の中に信者を作り続けているのだとマリスディアも返した。

 「魔法にもいろいろ種類があって、僕らのような聖職者が使うものは治療魔法、白魔法などと呼ばれたりするんだ。傷の回復を早めたり、解毒や呪いの解除とかね。
 あとは、やっぱり魔導士と呼ばれたりする魔法使いが使うものは、黒魔法……一般的に火を吹いたり雷雲を呼び寄せたりする」
 教科書のページをめくりながらヒオが話を続けた。

 「勿論それだけじゃない。国の至る所で日常的に魔法は使われている。
 もっと身近な例を挙げれば、風の力を借りて乗合絨毯なんかも運営しているし、武器を作ったりするのには鉱物の力を借りることもある。飲料用の水を蒸留するのに水の精霊を呼び出したりすることもあるね」
「オレの父ちゃんは火の力でパンを焼いたりするぞ」
 ジルファリアが頬を紅潮させて手を上げた。
「そうだね、中でも料理に関しては日常茶飯事というくらい、火の力を借りることがほとんどだ」
 こくりとヒオが頷く。
「それくらい、みんな自然の力を借りて生活しているんだよ。だから感謝の気持ちは持っていようね?」
 目を細めて優しげに問いかけるヒオに、一年生たちははーいと元気に返すのだった。

 (ヒオ、いつもはとっても厳しいけれど、先生の時は優しいんだわ)
 初めはあまりに普段と違う様子だったものだから何かあるのではと訝しんでいたが、級友たちのにこにことした表情を見ているとマリスディアもそんな疑問を持たなくなった。
「ヒオ先生、とっても面白いお話しをしてくださるのね」
 隣のサリも楽しそうに肩を揺すっていた。

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